気がつけば、私がこの世に生を受けて、


約半分の時を奈良で過ごしている。。。






ご祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)がお山に鎮まるために、古来本殿は設けずに拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社⛩️


とされてる 『大神神社』


「大神」と書いて「おおみわ」と読むように

古くから神様の中の大神様として尊ばれ

現在も国造りの神様、生活全般の守護神として全国からの参拝があり、信仰厚い人々に支えられている。




結婚して奈良に住み、

子どもが生まれて、巣立つまで、二十数年の間


若かった⁉︎⁉︎


ということもあってか、


何も気に留めずに過ごしてきた年月。。。



大神神社


橿原神宮


数々の神さまに守られてきたんだろうな。





私自身、ようやくここにきて


神さまの存在を意識する、、、


というか、


この世の不思議


自分が今あることの不思議感


大いなるものの存在


ほんの一部分のわたし



そんな感覚を少し体感することができるようになってきた。。。



そんな感じの今です。




『大神神社』には、何度か参拝、、、させてもらっていた、、、けど、、、


その時、あの時の私の、、、あれが、できる限りの参拝だったのかな、、、と、、、


今思えば、テーゲーな参拝だったと思うけれど


足を運んだ ということだけでも、、、



きっと、大神様は、すべてを受け容れてくださるのだと、


それをもって、わたしに指し示されているような

そんな気がする。(ということに、、、しておきたい)




ご神体といわれる『三輪山』に、是非とも登らせていただきたい と、思って、


月に一度は登拝しているという友人Tチャンにお願いして、いっしょに登らせてもらったのは、4月28日。


曇りや雨の日が続いていた中の晴天☀️だった。



狭井神社で登拝の受付をして

ご神水をいただきしめ縄のかかった登拝口へ。

お祓いをして、神聖な領域へ入らせてもらう。



登りはじめは、急坂な山道が続いてキツかった💦


山を登り慣れていない私には、

結構、息切れしながらの登拝だった。


時間は、わからない、、、

どれぐらい経ったのだろう、、、



登拝の案内書には、往復約2〜3時間とある。



前を見て、登るだけの時間、、、

それだけ、、、

足を前へ、、、



ハァハァと息が切れる、、、

でも、清々しい、、、

汗が流れる、、、



Tチャンは、私を気遣いながらもスイスイとリズミカルに登って行った。



新緑の緑が綺麗で🌿

木漏れ日がキラキラと降り注ぐ✨


山頂に近づくほどに

その木漏れ日が、まん丸になっていく と

Tチャンが言った。



丸い木漏れ日の中、裸足で土を踏みしめる。


Tチャンは、最初から裸足。

私は、八号目付近から裸足になった。


Tチャン曰く

「八号目がきたら、天国になる」って笑


キツかった山道が楽になって、もうすぐっ!って、ことらしい。。。まわりの景色も然り。。。


けど。。。


もしかしたら、天国は、こんな感じなのかな。。。


と、思わせるようなところだった。。。


そんな感覚を覚えた。。。


素晴らしい。。。



撮影やスケッチは禁止されているので写真は無し。


心の中に残させていただく。。。





また登りたい。

と、思わせる三輪山だった。



何なんだろう。

山 って、そういう癒しの力みたいなのあるよね。

二上山に登った時も、あーまた来たい!と思ったし。



それは、大いなるものの力や

人工的につくりあげたものではない何か


古来から守り続けられた神聖な土地や自然


圧倒されそうな感じもあるけど

抱かれる感じもある。。。



なるべく、自分だけの時間に没頭したいということもあり

Tチャンは、山頂に人が少なくなる時間を選んで

いつもは登拝するそう、、、


この日は、GWの狭間でもあり、

私のペースもあって、いつもより人は多かったみたい。

それぞれ、磐座のまわりで、


自分と向きあう

自分だけの

時間を過ごす。






ただただ


「ありがとうございます」


感謝の気持ちが湧きあがる時間だった。






裸足で下山した。


少し前に雨が降ったあとので、ほどよく土が湿って

その冷たい感覚が、足の裏に気持ち良かった。


裸足で歩くといろんなことに気づく。


もちろん、ごつごつ石ころの上は痛かったりする。

木がこんなにも暖かかったのか、と、丸木橋を渡って感じる。

木のぬくもり といわれる所以だな。。。

左足の小指ばかりが、歩いてると何かにぶつかった。

たぶん、歩き方か何か、、、あるんだろうな〜

足先にまで、普段から意識をもっていっていないことを再確認する。

そこに、小指があったんだな〜って笑



何より、子どものころの感覚や思い出が蘇ってきた。

土の上に足の裏をつけることで、

からだに刻まれてたものが、

騒ぎだしたのかも。。。^ ^


そういう、子どものころの感覚を呼びおこしたいなと、思った。

頭では忘れてるけど

からだは覚えてるはず^ ^。


大人になって、しなくなったけど

子どものころ、してたこと。



裸足で遊ぶ

水遊びする


たぶん

「そんなことしちゃダメ!」って、いわれたこと



そういうことの中に

忘れてしまっている 私の本質みたいなものが

あるのかもしれない。



歯磨きしないで、服のまま

そのまま寝る笑 とか、そんなことも

そうなのかもしれない。



ちゃんとする

きちんと、、、

教えられたことを守り続けた

後側に隠れてるもの

抑えられてきた気持ち


大神さまが、

みんな子どもになっていいですよ。


と、言っているような。。。


だって、みんな神の子だから。。。





しめ縄のかかる登拝口を出ると


タイムスリップしてきたような感覚になった。



時間もわからない

どこに行ってきたんだろう、、、



ここは、、、?



みたいな感覚になった。




神さまの体の中にいたんだ。。。

ご神体。。。



ホント、そんな感じ。




足を洗って、靴下と靴を履く。


感じたことのない、靴下と靴の気持ち良さを感じる。



これも、神さまからの贈りもののような気がした。




お天気も良く あたたかく迎えてもらえて良かったな。

と、思った。




Tチャンが、人があまり行かない磐座を案内してくれて、


5月7日に、友人に誘われていく「滝行」のきよめの滝を見に行った。




行程を終えて昼下がり


山辺の道の「花もり」で、にゅうめんとぜんざいをいただいた😋








5月7日に「滝行」に行くこともあって、

その前に、是非とも登拝したかった。


良き1日。。。





そして、迎えた5月7日のきよめの滝の「滝行」



何も知らないからこそできたのかもしれない。


いやいや


誰でも、自由に、24時間無料で使うことができる


みんなの行場 きよめの滝


そういう行場だからこそ、大丈夫だったのか、、、





みんな初めての体験という4人が、、、


どうしたらいいの?

こんなんでいいの?

ほんまに??


見るかぎりでは、細くて小さな滝✨

という印象だったけれど


頭の上 頭頂部に当たると、かなりの衝撃!!


1分も当たったかな、、、

息ができなくなってくる、、、感じ、、、


落ち着いて、ゆっくり息をしようと思ってもできない!!




曇り空の寒さを感じる午前中だったこともあって、「滝行」は、あっという間に終わりとなった。。。




そして、


きよめの滝を管理されてるおじさん?おじいさんが、珈琲とゆでたまごをご馳走してくださり

よもやま話をお聞きする。。。


とっても良いおじいちゃん。。。



来るもの拒まず

去るもの追わず



なんの縛りもなくて

自由に来たい時にきて

滝行したければ、いつでもどうぞ。。。と。


こうしないといけない とかは、何もなく。。。


自分の気持ちだけ。。。




滝にあたった衝撃から

修行されてる方は、すごいなぁ。。と思った。


「滝行」を体験して得たもの、、、

「修行」の入り口を垣間見た、、、

というぐらいで、、、


「滝行」を体験したと言えるのかどうかも定かではなく、、、







とにかく、おっきい


おおいなるものを感じる


包容力半端ない 三輪明神 大神神社⛩️



物理的な大きさではなくて

一重にその大きさに感動✨✨✨



素晴らしかった✨✨✨




   ※※※※※※※




本当に、自然の一部分であるという感覚が

少し腑に落ちた気がする



種子が落ちて、芽を出す、花を咲かせて、散る。

そして、また種子が落ちる。。。



そういう自然の営みとなんら変わりのない

私たちの日々。。。



というような感覚。。。



神さまがつくられたものの ひとつ。。。




言葉にするのは難しいけど



そのまま生きたらいいんやね。




   ※※※※※※※




2026年5月初めのできごとだった。