今日もサランが庭で歌を歌っていると、後ろからジュンスがやってきた。

 

「オンマ…」

「サラン、少し話をしようか」

 

サランは心のどこかで期待していた。

オンマとユンジェオンマとの3人で、よく歌を歌っていて、その度オンマは褒めてくれた。

自分が歌を好きな気持ちを、きっとオンマは分かってくれると思ったから。

オンマからアッパを説得してもらおうと思っていた。

 

「サラン、本気で芸能界に入りたいの?」

「たくさんの人に私の歌を聞いて欲しいの。オンマ、アッパを説得してくれない?」

「僕は反対だ」

「どうしてっ?いつもオンマ褒めてくれたじゃん‼サランの歌が好きって言ってくれたじゃん!」

 

まさか真っ向から反対されると思わなかったサランが、珍しく声を荒げた。

 

「お前は自分の歌に商品価値があると思ってるの?」

「商品価値?」

「芸能界って所は、お前の歌が上手いかどうかなんて関係ない。お前に商品価値があるかどうかしか見ない。太腿や胸の谷間を見せて踊れと言われたらどうするの?そんな事サランにさせられない」

「そ…それは…」

「芸能界はビジネスだよ。あれは嫌、これは嫌ではやっていられない。自分の好きな事だけ出来るわけじゃない。数少ない椅子をみんなで奪い合う世界だ。大好きな歌が好きじゃなくなるかもしれないよ」

 

サランは何も言えなかった。

どこかで、家族のようにみんなからチヤホヤされる、甘い世界を想像していた。

それでもサランは諦められなかった。

だがうまく言葉で伝えることが出来ない。

 

「…諦めない。絶対あきらめないんだからっ!オンマのばかっ!大っ嫌い!」

 

アッパに「大嫌い!」と言えば、たちまち眉を八の字にして、多少譲歩される事をサランは知っていた。

だがオンマにそれは通用しない、決して声を荒げないが、オンマが許さない事は、決して許されない。

庭を走って、大きな楡の木に辿り着いた。

子供の頃から、この木の下がサランの大好きな場所だった。

ぐずぐずと泣いていると、後ろから声をかけられた。

 

「おやおや~お姫様が泣いてるぞ~」

 

ロリポップを咥えたユンジェが、悪戯っぽい笑顔で近づいて来た。

サランは顔を伏せて、「あっちへ行って!」と怒鳴った。

高校生になり背が急激に伸びたユンジェは大人の様で、優しく笑いながらサランの隣に座った。

 

「ほら。お前が好きなキャンディーだよ」

 

綺麗なオレンジ色のロリポップを口に放り込まれると、甘いオレンジ味が口の中に広がった。

泣きつかれたサランは大人しくなり、風がサランの長い髪を揺らした。

 

「オンマに反対されたの。オンマなら分かってくれると思ってたのに。オッパも反対する?」

「そうだな。俺も反対だ」

「…オッパも嫌い!」

「お前はいつもそうやって思い通りにならないと泣いて嫌い!って言うよな。そういう我儘なガキだから皆が反対するんだ。いいか?問題をごちゃまぜにするな。親が反対しているのは心配だからだ。お前の歌を否定した訳じゃない。芸能界に入りたいなら、親を説得するぐらい自分でしてみろ」

 

悔しいが何も言い返せない。

涙目で唇を噛んでいると、ユンジェがポンポンと頭を撫でた。

 

「そろそろお姫様も卒業だ。がんばれ」

 

立ち上がったユンジェが歩き出し、ふと振り返って言った。

 

「でも…俺もお前の歌は好きだよ」

 

ニカッと笑って去って行ったユンジェは、ユノ伯父さんにとても良く似てきた。

皆を照らす太陽のような笑顔と長い脚。

最近はオンマともケンカせず、オンマを支えているユンジェオッパ。

…何よ…最近までオンマとケンカばかりして、心配かけてたくせに…。

兄のようにいつも傍にいてくれたユンジェが「お前の歌は好きだ」と背中を押してくれた。

楡の木が優しくざわめいて、甘いロリポップが、何だか力を分けてくれるよう。

 

よし…!やってやろうじゃない。私の本気、皆に見せてやるわっ!

 

その日から、サランは自分で動画配信を始めた。

楡の木の下で大好きな歌を歌い、毎日配信し続けた。

楡の木のざわめき、うららかな木漏れ日、それに乗せたサランの優しい歌声が、まるで異世界の様で聴く人の心を癒した。

最初はチラホラだった視聴者が、次第に増え始め、コメントも入るようになってきた。

素敵な歌声、まるで木の妖精みたい、可愛い~!大好き!応援してます!

 

その日から一年間、雨の日も風の日も歌い続けるサランに、とうとうフォロワーが100万人を超えた。

やった…!目標だった100万人、とうとう達成したわ!

 

満を持して、サランはユチョンに自分の動画ページを見せた。

 

「アッパ。100万人の人が応援してくれてるの。幾つか事務所からもオファーが来てる。私、歌手になりたいの!」

 

ユチョンはジロッとサランを見て、小さく咳払いしてから言った。

 

「ゴホン。事務所のオファーは断りなさい」

「なんで?!ちゃんとした所よ?調べたもん!」

「違う。芸能事務所を買い取った。そこで活動しなさい」

「え?…買い取った?事務所を?なんで?」

「お前を、他の人間に任せられる訳ないだろう?ハラボジが会長だ。挨拶してきなさい」

 

なんとユチョンは最初からサランの動画配信を見ており、祖父ウンソクと結託し事務所・レコード会社を買い取っていたのだ。

そんなユチョンを見て、ユノは「親バカもここまで来ると怖ェな~」と笑っていた。

 

まさかそんなに応援してもらえていると思わなかったサランは、目にいっぱい涙をためていた。

そしてそのまま、ユチョン抱きついた。

 

「アッパ!大好き…!」

「俺も。愛してるよサラン」

 

サランは、女性アイドルではなく、歌手として芸能界にデビューした。

サラサラの黒髪、長いスカート、首元まで詰まった襟。

決して露出をせず、肌を極力見せないサラン。

「セクシー」という免罪符で、性を売り物にする女性アイドル達とは一線を画した。

それがサランの天使のような歌声の魅力と相まって、時間はかかったが、だんだん人気が出てきた。

ひらりと翻るスカートの一瞬に、チラリズムを感じた男性ファンも多くいた。

 

デビュー後から必死に活動し続け、サランはあまりジュンスとは会わなくなっていた。

メールで「おめでとう」と言われたきり、何も言ってくれなかった。

オンマ…やっぱり今でも反対なのかな…。でもいつかオンマが認めてくれるまで、私頑張るっ!

サランはいつか、ジュンスから「よくやった」と褒めてもらえることを目標に、日々の活動を頑張って行った。

 

 

「ジュンス兄、サラン頑張ってるね。今週も一位だったよ。まだサランがチビの時、僕とジュンス兄とサランの3人でよく歌ったよね。懐かしいなぁ~」

「…そうだね」

「まだ認めてあげられないの?サラン、頑張ってるよ?」

「まだまだだよ。歌に魂を込めるって、そんなに簡単じゃない」

「アドバイスしてあげればいいのに」

「それはサランが自分で掴む事だから。ジェジュンだってユンジェに自分で分かって欲しかっただろ?」

 

楡の木がザワザワと優しくざわめいて、木漏れ日がキラキラしている。

 

「親って大変だよね。子育ては忍耐だってつくづく思うよ。我慢比べしてるみたい」

「ジェジュンは偉いよ。スーパーαのユンジェを、上手に育ててる」

「みんな同じだと思う。子供の分だけ子育ての仕方は違うし、悩みも尽きない。親は辛いよね」

「先が見えない不安もあるし、悩みも多い。だけど、子供を育てられる幸せは、何物にも代えられないよ」

 

ジュンスはふふふと笑い、ジェジュンの背中を優しく摩った。

スーパーαであるユンジェを、オメガのジェジュンが育てるプレッシャーはどれほどだっただろう。

自分で立ち上げた「すずらんの会」の活動を中断して、子育てに専念したジェジュン。

やりがいもやり遂げたかった事も全て人に任せ、スーパーαの母として生きてきた。

母親だから当たり前?違うと思う。きっと昇華しきれない思いがある筈だ。

それでもジェジュンは一度も泣きごとを言わない。

自分を信じ、何よりユンジェを信じ、ユノと協力して「何がユンジェにとって一番良いか」を模索し続けている。

 

「まさかジェジュンとこんな話を知するようになるなんて。あの頃は思いもしなかったよ」

「そうだね。いろいろあったよね」

「自分が子育てに悩む日が来るなんてね…」

 

ジュンスはスマホの中で笑っているサランを、そっと撫でていた。

 

 

 

 

スーパーαを育てるプレッシャーはどれほどだっただろう…

 

 

 

 

※※※

サランは意外と「ド根性娘」で決めた事をやり遂げる強さを持っています。

オメガだからか、ジュンスやジェジュンとよく似ています。

それぞれの子育てに悩むオンマ達。

ジェジュンはスーパーαであるユンジェの為、子育てに専念。

ジュンスはジェジュンの想いを引き継いで仕事を続けています。

反対を押し切り成功した娘に、ジュンスは何を言うのか。

次回、最終話です。

台風の勢力がヤバいです。皆様お気を付けて!