「ユンジェ君は成績は良いのですが、生活態度の方がちょっと…。授業にも身が入っていませんし、友達ともうまくやれないようで…。今日も大きなケンカをしましたが、それもしょっちゅうなんです」

 

ユンジェの担任の真面目そうな中年女性が、困りはてた顔で汗をハンカチで拭いていた。

ユンジェの事で学校に呼び出されるのは何度目だろう。

ジェジュンはその度「すみません」と頭を下げた。

 

職員室を出ると、口を尖らせたユンジェが廊下の壁にもたれて、ぶすくれていた。

 

「さ、ユンジェ帰ろう。帰りにアイス買おうよ。今日は蒸し暑い」

「…うん」

 

一緒にアイスを買って、食べながら歩く。

ジェジュンは決して怒ったり、学校の話をしなかった。

 

ユンジェがスーパーαである事は隠している為、学校でのユンジェの行動は理解を得られないだろう。

誰より優れた頭脳を持つユンジェにとって、小学校の勉強は退屈以外の何物でもないし、友達と話が合わないのも当然だ。

だからと言って、飛び級させたり、話が合う頭のイイ子ばかりといさせるのは反対だった。

何故なら、これからユンジェは、そういった「普通の人達」を導く立場にあるのだから。

ユノとの話し合いで、決めた事だった。

 

「…なんで何も言わないの?なんで怒らないの?何があったのって聞かないの?普通の親みたいに」

 

ユンジェが苛つきを隠さず、ジェジュンに当たる。

 

「それはユンジェが自分で見つける答えだから。ユンジェならきっと分かるよ」

 

カチンときた。

オンマは決して引いてくれない、時にユンジェにとって一番嫌な質問から逃げさせてくれない。

自分で答えを出せと言って、決して助けてはくれない。

だがまだ子供のユンジェにとって、それは苛つきを倍増させた。

 

「僕の気持ちオンマには分かんないよ!だってオンマはオメガだもんね!」

 

ジェジュンは何も言わなかった。ただ、一瞬悲しそうな顔をしただけだった。

ユンジェは走り出した。

悔しくて、泣きながら走り、自宅の庭にある、大きな楡の木の下に駆け込んだ。

 

雲行きが怪しくなり、雨がぽつぽつ降り出した。

木の下にある椅子や、サランが置いて行ったオモチャに雨粒が落ちて、パランパランと音を立てる。

木の葉や草が揺れ、湿った少し肌寒い風が、ユンジェを少しだけ心細くさせた。

 

あんな事言うつもりじゃなかった、言いたくなかった。

オンマにあんな顔、絶対させたくなかったのに…なんでいつもあんな事言っちゃうんだろう…。

小さく体を丸めたユンジェが、膝を抱えて雨を眺めていると、トコトコとサランがやってきた。

アイボリーのワンピースに白いブラウス。

フワフワのフリルと、くるくるした髪が歩くたびに揺れている。

 

「ゆんじぇおっぱ♡」

 

サランはニコニコ笑いながら、ユンジェの隣にちょこんと座った。

いとこであるサランは、ユンジェの4つ下で、女の子のオメガだが、兄妹のような関係だ。

男だらけのチョン家で、唯一の女の子であるサランはお姫様。

いつもニコニコして愛くるしいサランに、ウンソクをはじめ、みんなメロメロなのだ。

 

「雨が色んな音を立てるよね。雨は楽しい♪」

 

雨が楽しい?変わった事を言うな…。そう言えばサランは絶対音感があったっけ…。

何も答えないユンジェに、サランは首をかしげた。

 

「ゆんじぇオッパ、どこか痛いの?それとも寂しいの?」

「……」

「じゃあサランがお歌を歌ってあげるね」

 

サランが讃美歌を歌い出しだ。

これは教会でいつも歌ってる讃美歌「主よ御許に近づかん」。

どんな困難な事があっても、神の元に近づくことを願う歌。

高く澄んだサランの声は、雨雲の中一筋の光が差し込むように、真っ直ぐに伸びた歌声だった。

どこかオンマに似た優しい声、その声はユンジェのささくれた気持ちを、なだめ癒した。

 

ユンジェもつられるように歌い出した。

するとサランはすぐにその声に反応し、ハモってみせた。

しとしと降る雨の中、二人のハーモニーが優しく響いていた。

 

空が少し明るくなり、サランの歌と共に気持ちが落ち着き、元気が出てきた。

ユンジェは嬉しくなって、サランに言った。

 

「サランや。何かあったらオッパに言えよ。オッパが守ってやるからな」

「嬉しい♡ゆんじぇオッパだいしゅき♡」

「うん^^」

 

皆様もお察しの通り、サランは誰に対しても「だいしゅき♡」を挨拶代わりに連発しており、それにより祖父ウンソク、父ユチョンはすでにサラン沼に堕ち、今日新たにユンジェがサラン沼に堕ちたのであった。

 

二人が讃美歌を歌っているのを、窓からジュンスが見て、クスリと笑った。

小さな体を寄せ合って、一緒に賛美歌を歌い、笑っている。

 

サランが生まれ、オメガだと知った時、ほんの少しショックだった。

それはユンジェがスーパーαだから比べてというのではなく、まだオメガに偏見が残る社会に、親として不安があったのだ。

だが、サランは愛くるしい笑顔を家族に向け、皆を笑顔にし、シアワセにしてみせた。

今では心からサランを誇りに、尊く思っている。

 

歌が好きなサランは、ジュンスとジェジュンと一緒によく歌を歌う。それは楽しそうに。

姪であるサランとジェジュンとは、声質がよく似ている。

将来サランは、たくさんの人を癒す歌手になるかもしれないなぁ…うふふ。

ジュンスはそんな事を思いながら、二人の邪魔をしないよう、その場を離れた。

 

 

ユンジェがリビングに戻ると、イトゥクがアルバムを見ていた。

なんとなく隣に座り、アルバムを覗き込んだ。

しかし、そこには衝撃的な写真があった。

 

「は、ハラモニ…これ何?オンマがアメリカ大統領と握手してる…!」

「え?ユンジェは知らなかったの?」

 

イトゥクから、ジェジュンがオメガ代表として世界中で演説をして、それが称賛され、世界中でオメガを見直すきっかけになり、たくさんのオメガが救われた話を聞いた。

 

「え…じゃあオンマが世界を変えたの?法律も作られたの?世界中の人がオンマを知ってるの?」

「そうだよ。お前が生まれる前の事だけど」

「そんなすごいのに、何で家にいるの?」

「ユンジェをちゃんと育てたいからって。ジェジュンは言ってたよ。世界で演説をするより、ユンジェを育てる方が難しくて、大切な仕事だって」

 

ユンジェには衝撃だった。

世界中で評価されて、称賛されて、なんで家に籠って家事やってんの?僕みたいな生意気な子供の世話より、もっと世界に出て仕事をした方がいいんじゃないの?

 

部屋に戻ったユンジェは、落ち着いて色々考えてみた。

学校も友達も勉強も、全てがつまらなくて、イライラしていた自分。

だが、自分は友達の一面しか見ずに「つまらない」と決めつけていたのではないか?

家事しか出来ないと思っていたオンマ、ニコニコするだけで何もできないと思っていたサラン。

だがオンマは世界を変え、サランは歌だけで自分のイライラを消し去った。

 

オンマはどれだけ学校でケンカしても、呼び出されても、担任に嫌味を言われても、決して僕を叱らなかった。

僕が気付くのを待っていてくれたのかな…それが「お前ならきっと分かる」って事なのか。

ジェジュンの言葉が思い出された。

『ユンジェや。世界には81億の人がいて、人種も育ちも言葉も宗教も違う。そしてその一人一人に家族や大切な人がいる。みんな何かしらの願いや想いを抱えて生きてる。そこには、たとえ非効率でも譲れない思いもあるんだ』

僕…何でも分かった気になっていたけど…何も分かってなかったんだな…。

 

 

夜、ユンジェはユノと二人でお風呂に入っていた。

 

「ねぇアッパ…オンマってすごいよね…」

「お?今頃何言ってんだ。俺は今でもジェジュンには敵わねぇなぁ~って毎日思ってるぞ」

「そうなの?」

「お前が大人になった時、たくさんの事で悩むだろう、迷うだろう。その時はジェジュンの事を思い出せ。ジェジュンはきっとお前の道しるべになってくれるから」

 

日に焼けたアッパの大きな背中。

こんなに逞しいアッパでも、悩んだり迷ったりするのかな。

その度、オンマの事を思い出しているのかな…。

その時、浴室の外から声が聞こえた。

 

「ゆの~ユンジェとお風呂入ってるの?ちゃんと耳の後ろも洗ってあげてよ」

「お前も入ってこい、ジェジュン」

「え~?狭いじゃん」

「オンマ~入っておいでよ~」

「…じゃあ入ろっかな♡」

 

いくら広い浴槽でも、3人で入ればぎゅうぎゅう詰めだ。

 

「やっぱり狭いじゃぁん」

「たまにはいいだろ?あ!ユンジェ、俺のを踏むな!」

「アッパのはデカすぎるんだよぉ。それになんでそんなに黒いの?」

「アッハー!確かにw黒いw」

「ユンジェ、お前も黒くなるんだよ!」

「え~やだぁ~」

「ヤダって言うな!」

 

3人一緒のお風呂はなんだか楽しくて、ユンジェはずっとケラケラ笑っていた。

 

 

 

 

オンマはオメガだもんね!

 

 

 

※※※

自分のイラつきをオンマにぶつけちゃって後悔するユンジェ。

でもジェジュンが受け止めてくれるおかげで、ユノのように「大人を欺く遊び」はしないようですw

そんなユンジェとジェジュンを後ろから見守り、どっしり構えているユノ。

ユノは背中で色々な事をユンジェに伝えています。

家族が仲がいい事が一番ですよね^^