「申し訳ありません!ちょっと社長をお借りしますっ!」
会社幹部の打ち合わせ中、汗だくのチャンミンが入って来て、ユノを奪って部屋を出た。
幹部たちはあっけにとられたが、第一秘書のチャンミンの方が立場は上なので、また仕事に戻った。
「なんだ?どうした」
「ゆ、ユノ兄!どうしようっ!ヒチョルが…ヒチョルの消息がつかめないんですっ!」
「は?ヒチョルって…あのキムヒチョル秘書室長か?なんでお前が?」
「詳しい事は後で説明します!とにかく危険な状態かもしれない!もし彼に何かあったら…私はどうすればっ…!」
ようやくユノはチャンミンとキムヒチョルが「良い仲」だったと気づき、驚いた。
ほぇ~いつの間にそんな関係に?チャンミンもやるなぁ。ってかこの焦り様はマジだな。
「とにかく落ち着け!今分かっている事、予測できることを話せ。協力するから心配すんな」
チャンミンは深呼吸し乱れた髪を直すが、手が震えてうまくできなかった。
それでもヒチョルの為、なるだけ冷静に現状をユノに訴えた。
「う~ん…大統領は焦っているだろうな。今度の選挙で負ければ、次期政権によって逮捕されるかもしれない。そして選挙戦はかなり苦戦している。今後の事を考えれば、全てを知っているキムヒチョルをスケープゴートにするか、もしくは消すか、そんな所だろう」
「今まで連絡が取れなくなるなんて事はなかったんです。おかしい。絶対に何かあったんです!」
「キムヒチョルから何も聞いてないのか?その…深い関係だったんだろう?」
「いえ、彼は何も。多分私に迷惑が掛かるのを恐れたんだと…。彼はそういういじらしい所があるんです!」
「(惚気かよ)でも、きっと何か残しているはずだ。あのそつのない男が、もしもの時の事を考えてないはずはない」
もしもの事?確かに…ヒチョルは有能で、先を見通す力がある。何か私にヒントを残しているのかも。
どこに?なにを?あぁ!ヒチョルが心配で何も考えられないぃーっ!!
「キムヒチョルは大統領の秘密を握っていた。その証拠さえあれば直接大統領と取引できる。それをどこに隠したか。自宅には置かないだろう。誰も知らない、確実で安全な場所…」
ユノは、グイっと顔をチャンミンに向けて言った。
「お前だ!誰も知らない関係、確実に秘密を守れる力、チャンミン、お前だよ!」
「私…?」
「そうだ!ヒチョルが秘密を託すとしたら、お前しか考えられないだろ!一番信頼しているお前だよ!」
「でも…彼は何も…」
チャンミンはハッとした。
そういえば、先日ヒチョルがチャンミンの家に来た時、残っている仕事を片付けると言って自分のパソコンを持って来ていた。
持ち出し禁止のステッカーがあり、そんな大切な物を忘れて帰ったヒチョルに違和感があった。
急いで自宅からパソコンを持って来て、ユノと開いてみるが、パスワードがかかっている。
「パスワード!お前の誕生日か?」
「いえ、多分そんな安直なワードではないと…」
「じゃあなんだ!想い出の場所か?初デートした店?何でも入れてみろ!」
「いえ、多分彼の事だから、数回失敗したらロックがかかるでしょう。慎重に…。因みにユノ兄のパスワードって何ですか?」
「俺?…言いたくない」
「言って下さい。ヒントになるかも。早く!」
ユノはもじもじしながら、小さな声で言った。
「…じぇじゅんスーパースィートラブ…」
「だっさ!なんだそれ!」
「うるせー!絶対にバレないようにだ!ちなみにジェジュンのスペルはわざと間違えている」
誰も思いつかないワードか。確かにあり得る。
だったらそのワードはなんだ?ヒチョルと私の秘密のワード……。
ヒチョルとの出会い、今までヒチョルと過ごした短い時間を思い出す。
彼がパスワードに残しそうな言葉…間違ってもユノ兄のような、だっさいワードは使わないはず。
私が開く可能性があるなら、きっと二人の思い出の言葉…。
いつかの情事の後、チャンミンの腕の中でヒチョルが呟くように言った。
「チャンミン、あなたはいつだったか私に言いましたよね。その言葉が嬉しくて、今も私の心に鮮やかに残っています」
「何て言いましたか?」
「『あなたは冬の時雨のような人だ』と。最初は冷たいという意味かと思いましたが、とても寂しい人だと言う意味だったんですね。言い得て妙だと思いました」
「どうして嬉しかったんですか?」
「あなたが、私の事をよく理解していると、嬉しく思ったんです…」
目を伏せたヒチョルが、とても綺麗だった。
私はそんなヒチョルを抱きしめて、愛していると囁いた。
ヒチョルは恥ずかしそうに言った「私も」と。
チャンミンは、パソコンに向かうと「あなたは冬の時雨のような人だ」と打った。
パスワードが開いた。
「おぉっ!チャンミン開いたぞ!なんて打ったんだ?」
「秘密です。それより大統領の機密とは…」
そこにあったのは、たった一つ無題のファイルだけだった。
それを開くと…大統領が今まで行ってきた裏金や、企業からの闇献金、株のインサイダー取引を行った証拠などがズラズラ出てきた。
「キタ――(゚∀゚)――!!見つけました!ユノ兄!」
「よしっ!俺が大統領と交渉しちゃる!国民より自分を優先した事、後悔させてやるっ!」
「ユノヒョン!カッコいい!」
ユノは青瓦台へ行き、大統領に詰め寄った。
「キムヒチョルを解放してください」
「何を言っている?私は何も知らない」
「大統領、もう貴方には選択権がないんです。キムヒチョルを解放するか、国民に殺されるか、それだけです」
ずらりと並んだ証拠に、大統領はどうする事も出来なかった。
すぐにヒチョルは解放され、チャンミンが車をぶっ飛ばして迎えに行った。
「ヒチョル!」
「チャンミン…!」
薄汚れ、若干やつれたヒチョルを、チャンミンは強く抱きしめた。
ホッとしたヒチョルは力が抜けてしまい、チャンミンがひらりと抱き上げた。
「来てくれると…信じてました」
「当たり前です。あなたの為ならたとえ火の中水の中、なんだってしてみせます。とはいえ、大統領との交渉はユノ兄が行いました。数々の証拠は、大統領に渡してしまいました」
「構いません。データはあれだけではありません。もし私に何かあれば、あの証拠は自動的にマスコミに渡る手はずになっています」
チャンミンはキッとヒチョルを睨んだ。
「貴方はなんて事を!そんな事をすれば、自分の身がますます危うくなるのに!私の事は考えなかったのですか?貴方にもしもの事があれば、私がどうなるか、考えなかったのですかっ?」
「え…?チャンミン、さん…?」
「私は貴方がいないと生きていけない!例え運命の番ではなくても、貴方が居なければ、私の人生は終わってしまいます!そんな事も分からなかったんですか?」
「でも…あなたは恋愛だけに人生を捧げたくないと…そう仰ったではありませんか…」
「恋愛に全てを捧げるのではなく、ヒチョル、貴方に人生を捧げます。貴方が居なければ死んでしまう、そんな哀れな人間がいると言う事を…忘れないで下さい…」
ヒチョルを抱き上げたチャンミンの手は、まだ震えていた。
ヒチョルを切なく見つめる目から、一筋の涙が零れる。
ヒチョルは、初めて沸き上がる熱い感情そのままに、チャンミンの首に手を回し、熱いキスをした。
「分かりました。でもあなたも忘れないで。私も…全く同じ気持ちでいると言う事を…」
チャンミンは、ヒチョルを抱き上げたまま熱い口づけを落とし、強く抱きしめあった…。
ユノは仕事に忙殺されていた。
チャンミンがヒチョルと共に、ラブラブ旅行♡に出かけてしまったからだ。
この忙しい時にぃ!と文句を言えないのは、自分がポンコツ状態だった時、チャンミンが全ての仕事をこなしてくれたからであった。
そんな時、国連広報センター(UNIC)からジェジュンに講演の依頼があった。
「国連がジェジュンに?」
「えぇ、先日の社長との会見が、EU圏や北米で大きな話題となっておりまして。是非ジェジュンさんにオメガを代表して講演してもらいたいと。少子化で悩む先進国では、オメガの存在を見直している国は多いですから。UNICをはじめ、フランスなど数々の国からオファーが来てます」
「フランスは差別問題に敏感だからな。ジェジュンは行くと?」
「まずは社長にお知らせしたほうが良いかと」
「分かった。俺から話そう」
夜、話を聞いたジェジュンは、ビックリし過ぎて腰を抜かしていた。
「こ、国連…?そんな所で僕が話すの?無理だよぉ」
ジェジュンがジュンスと共に作った「すずらんの会」は、オメガの理解を深めるために、コツコツと講演を重ねていた。
しかしジェジュンが普段講演を行っているのは、地方の公民館や商工会議所だ。
講演内容はしっかりとしたものだったが、人はなかなか集まらなかった。
ユノが力を貸すことは容易だが、まずは自分達だけでやりたいと言うジェジュン達の意向を汲み、手を貸さなかった。
少しずつ理解してくれる企業などを増やし、頑張っているジェジュン達を温かく見守っていた。
「無理にとは言わない。だがこれはチャンスだ。世界にお前の発言が発信される。お前の力でオメガを救えるかもしれないぞ」
「僕の力で…?」
「あぁ。ジェジュン、お前ならきっと出来る。自分を信じろ」
「…そうだね。うん、やってみる!ゆの、原稿のチェックしてくれる?」
「勿論だ」
お前ならきっと出来る!
※※※
閉鎖的な自国に比べ、海外ではジェジュンを評価する流れが。
さぁジェジュンに千載一遇の大チャンスがきました。
でもユノは驚いていません。だってずっとジェジュンを信じていたから。
ジェジュン、自分の力で世の中を変え、オメガを救うのよ!
長らく続いて参りました「Bolero~君を守るから」もあと5話。
この暑さに息切れしながら、頑張ってます。
ユノから「お前ならきっと出来る!」と励ましてもらいたいですよね~♡