「ユノひょーん待ってよぉ」
「ゆちょな!早く来い!」
俺が走って行くとギュッと抱きしめてくれるユノ兄。
子供の頃、俺にとって一つ年上のユノ兄はスーパーヒーローだった。
サッカー、バスケ、オセロ、ゲーム、何をしてもユノ兄には敵わなかった。
大人相手に堂々と発言したり、子供のふりして欺いたり、俺が困っていると絶対に助けてくれた。
頑張ればいつか、自分もユノ兄の様になれると信じて疑わなかった。
一つ年上だし、お兄ちゃんだし、だからユノ兄はすごいんだと思っていたが、そうではなかった。
ユノ兄が「スーパーα」だと知り、自分はユノ兄になれないんだと、子供心に悟った。
ユノ兄が、凄く遠い存在に感じた事を、今も覚えている。
俺は父さんの事が大好きで、父さんを見かけると飛びついて行って、高い高いをしてもらった。
父さんも俺の事を可愛がってくれて、いつか父さんのような社長になりたいと思っていた。
ユノ兄のようにはなれなくても、ユノ兄と一緒に会社を盛り立てたいと思っていた。
ジュンスが養子に貰われてしまい、なかなかジュンスを探すことが出来なかった。
ユノ兄は「任せろ」と言ったけど、とても待っていられなくて、自分なりにジュンスを探した。
だが時間だけが無情に過ぎていく日々、焦燥感にかられ、心までも乾いていく感じがしていた。
ある日、ムンスミンが家に来ていた。
この頃は、ユノ兄が当主ではなかったため、ムンスミンはしょっちゅう家にやって来て、何かと威張り散らして我が物顔でふんぞり返っていた。
俺は、この高慢な女が自分の母親だとは思いたくなかったし、顔を合わせるのも嫌だった。
いつもなら顔を合わせないよう気を配るのだが、その日はジュンスの事で落ち込んでいて、すっかりスミンの事を忘れていた。
「ユチョン、何を暗い顔をしているのよ。また成績が落ちたらしいじゃないの」
「……」
「何とか言いなさいよ。まったく…ユノの時はそんな事心配した事なかったのに」
「……」
「スーパーαじゃなくても学年一位ぐらいとれるでしょう?勉強もしないで何をやってるの?」
ただでさえジュンスの事で落ち込む心を何とか奮い立たせ、平常心でいようと思っているのに。
無視だ、この人に絡んでも仕方ない、無視すればいいんだ、そう思うのに。
キツイ香水の香りが、俺の心を乱し、イラつきが爆発し、つい言ってしまった。
「アンタには関係ない」
「アンタですって?!親に向かって何てこと…」
「俺、知ってるよ。アンタ父さんから屋敷に入るなって言われてるんだろ?」
「な、何を言って…」
「せめてこれ以上嫌われない方がいいんじゃない?もう父さんがアンタを見る事はないだろうけどね」
その瞬間、ムンスミンの顔がカッと赤くなり、鬼のような形相で睨んできた。
ムンスミンが何をやらかしたのかは知らないが、父さんに嫌われていたことは知っていた。
父さんは海外から帰っても、スミンに会いたくなくて避けていたから。
夫に見向きもされない妻、それがムンスミンの弱点である事も知っていた。
いつか言ってやろうと思っていた事を口にした事で、少し気分が浮上していた。
わなわなと震えるスミンを見て、ざまーみろと思った。
スミンに背を向け部屋を出ようとした俺に、後ろから小さな声が聞こえた。
「…チョン家の人間でもないくせに」
「な、に?どういう意味?」
「フン、言葉通りの意味よ。あなたはチョンウンソクの息子じゃないって事!」
「…は?何言ってんだよ」
「ウソかどうか調べてみる事ね」
部屋を出て行ったスミンを追いかけようと思うのに、体が動かなかった。
きっとスミンが悔し紛れに言った嘘だろう、そう思うのに…力が入らない。
そんな事あるわけねぇ、ふざけるな、父さんは俺の事ユノ兄よりも可愛がってる、ユノ兄だって…。
その時、ずっと心の奥にしまっていたある想いが顔を出す。
父さんが俺を可愛がる時、ユノ兄はいつも少し離れたところから俺たちを見ていた。
父さんがユノ兄よりも俺を可愛がっている事は、誰も目にも明らかだし、それを得意げに思っていた。
だけど…。
心のどこかで、いつも感じていた。
父さんはユノ兄を可愛がっていないんじゃなく、信頼していたし、強く育てようとしていた。
反対に俺の事は、どこか腫れ物に触るような…気遣っているような…。
「可哀想な子」として扱っていたような気がして、それを認めたくなかった。
父さんの部屋に入り、ヘアブラシを掴んだ。
自分の毛髪と父さんの毛髪を、密かにDNA鑑定に提出した。
数日後、届いた鑑定結果には、こう書いてあった。
「99.9%親子とは認められない」
…ウソだ…嘘だ!嘘だ!嘘だ!!
俺が父さんの子供じゃないなんて、ウソに決まってる!
否定すれば否定するほど、科学的に証明された結果が重くのしかかる。
心のどこかで、やっぱりそうだったんだと認める自分がいる。
じゃあ俺は誰の子?ユノ兄とも血は繋がっていないの?それともユノ兄は父さんの子?
溢れ出した疑念は止まらない。
洗面所へ行き、ユノ兄の歯ブラシを盗んで、もう一度鑑定に出した。
結果が出るまで、生きた心地がしなかった。
その時、強烈に思った。
せめて…ユノ兄とは兄弟でいたい…!ユノ兄まで家族じゃないなんて耐えられない。
そうじゃなきゃ…俺はこの家にはいられない…。
結果は、ユノ兄とは兄弟で、ユノ兄と父さんは親子だった。
つまり、俺とユノ兄は種違いの兄弟という結果だった。
という事は、恐らく俺たちの母親はムンスミンではない。
何故なら、自分で産んでいたなら、あんな言い方はしないからだ。
部屋の床に座り、膝を抱える。
自分の両親が誰か分からないという事実が、こんなにも自分の存在を消されたように思えるのか…。
この事をユノ兄は知っているのだろうか…ユノ兄に言ってみようか…。
いや、どっちにしてもユノ兄とこの話はしたくない、俺とユノ兄が兄弟なのは間違いないのだから。
この事は自分の胸に秘め、今まで通り暮らしていきたい、何かが壊れてしまうのは嫌だ。
それでもまだ中学生の自分には、抱えきれない現実だった。
誰かに優しく抱きしめて欲しかった。この想いを受け止めて欲しかった。
ユチョンが必要だと、そう言って欲しかった。
頭に浮かぶのはジュンスの顔。
会いたい…ジュンスに会いたい。
きっとジュンスだけが俺のこの気持ちを分かってくれる。
ジュンスが居なければ、俺は生きていけない。
だから絶対にジュンスを見つけなきゃ…。
この日から、ユチョンの天真爛漫な笑顔が消えた。
その後ジュンスと再会し、イトゥクが実母で、そのイトゥクにスミンが何をしたのかを知った。
その時心に誓った。
スミンだけは許さない、いつか全部をひっくり返し、俺の手でとどめを刺すと…。
「ユチョン、お疲れ様」
ジュンスは、インタビューから帰ってきたユチョンをギュッと抱きしめた。
「ジュンス、ごめんな。インタビューに出た事で、俺が会長の息子じゃない事がバレるかもしれない。そうなればジュンスの立場も変わるだろう。でも…ユノ兄を助けたかった。今までずっと助けられるばかりだったから。ユノ兄を守りたかった…」
「バカ。分かってるよ。よくやった、偉いよユチョナ。僕はそんなユチョナが大好きだから」
「俺はジュンスがいればそれでいいんだ。たとえ誰も傍にいなくなっても…」
バン!と扉が開いて、ユノがズカズカと部屋に入ってきた。
キスをしようとしていた二人は、驚いて体を離した。
「ユ、ユノ兄…。勝手にインタビューに答えてごめんなさい。俺は…」
ユチョンの言葉を遮るように、ユノはユチョンを抱きしめた。
「ユチョナ!お前いつから知ってた?いつからだよっ!」
「ユノ兄…」
「俺はっお前には知られたくなかった!この秘密は墓場まで持って行くつもりだったのに…!」
「そんな事いいんだ。だけど…」
「そんな事、じゃねぇ。大事な事だ!お前は父さんを尊敬してた。だから辛かっただろう。でも父さんは、お前の事本当の子供以上に可愛いと思ってる。それは断言できる!俺だってそうだ。お前は俺にとって最高に可愛い弟だ!可愛くて可愛くてしょーがねぇ!」
フッとユチョンが笑うと、後ろでジュンスもクスクス笑っていた。
「何が可笑しい!俺はユチョナのお兄ちゃんだ!絶対にお前の事は俺が守る!お前もジュンスもチョン家の一員として守ってみせる!」
「ふふっ…。あぁ俺も同じ。ユノ兄は俺の大事なにーちゃんだ。だから俺もにーちゃんを守りたかった」
「そうか…。ユチョナ、お前のおかげで株価も持ち直しそうだ。全部お前のおかげだ。よくやった」
『お前のおかげだ、よくやった』その言葉は、いつもどこか餓えていたユチョンの心に染み渡った。
そうか…俺はユノ兄の役に立てたんだ、にーちゃんに、褒めてもらえた…。
「よくやったユチョナ」
「へへ…」
二人は涙を滲ませながら、照れたように笑った。
俺はユチョナのお兄ちゃんだ!
※※※
かなり前から全てを知っていたユチョン。
この時誓った通り、自分の手でスミンにとどめを刺しました。
ユノと直接この話はしなくても、そこには強い兄弟の絆があり。
お兄ちゃんに褒められて喜ぶユチョン。
お兄ちゃんユノ、かなり好きです♡
忙しくて情報が追えない(>_<)インタビューはちょっと泣けた。
とりあえずMVを流しまくって癒されています。