「ムンスミンの所に私が行って、本当に良かったんですか?ユノ兄が印籠を渡すべきだったのでは?」
チャンミンはそう心配そうに尋ねるが、表情は明るく長年のモヤモヤを払拭したように、晴々としていた。
「俺はこの日が来るのをずっと待っていた。その時には、チャンミンに言って欲しいと思っていた」
「なぜです?一応書類上は、あなたの母親だったから?」
「違う。子供の時から、ムンスミンのチャンミンへの態度が、気に入らなかった。それを庇ってやる事が出来なくて、申し訳ないと思っていたんだ…」
「私はシム家の長男。チョン家を守る事が私の仕事。守ってもらう必要はありません。ですが今日は、人生で一番清々しい日だったと思います」
二人は顔を見合わせて、フフッと笑った。
「ですが「母親を逮捕に追い込んだ」と一定の批判はあるでしょうね。特にチョン家を面白く思っていない輩は、これに乗じてくると思います」
「だろうな。ある程度の損失は覚悟しておかなければならんだろう」
ユノ達の心配は、現実になった。
「チョン家の妻逮捕!」「大財閥チョン家の闇!」「母親を逮捕に追い込む冷徹な長男!」
など、センセーショナルな見出しによって、マスコミが大暴れ。
株価は下がり、チョン家のライバル社はここぞとばかりに、チョン家を叩いた。
ついには、CYグループの会社に対する、不買運動まで起こった。
家でニュースを見ていたジェジュンは、慌ててユノに電話をかけた。
今まさに、ユノが乗っている車に、卵がぶつけられていた。
電話口から、ユノやチョン家を罵る言葉が聞こえてくる。
「ゆ、ユノ!大丈夫?」
「あぁジェジュン、こっちの事は心配ない。お前こそ大丈夫か?」
「僕は平気。家にはジュンス兄もいてくれてるし」
「しばらくは家を出るなよ。俺もしばらくは家に帰らない。ジェジュンは何も心配しなくていいから」
何も心配しなくていいって言っても…。
たくさんの人々が詰め寄り、大声でわめきながらユノの車を叩いている。
車を出れば報道陣にもみくちゃにされ、卵を投げられ、みんな好き勝手な動画を作って煽っている。
昨日までチョン家にしっぽを振っていた連中が、嬉しそうに落ちた財閥!とチョン家を叩いている。
ひっどい…何も知らないくせに!あぁっ!ムカつく!
ジェジュンは隣に住むジュンスの部屋に突入した。
「ジェジュン、どうしたの?」
「どうしたの?じゃないよっ!みんな酷いんだよ!ユノに卵ぶつけて!ひどい事ばっかり言ってる!」
「まぁまぁ。ユノ達は慣れてるから。心配いらないよ」
「心配じゃなくて、僕は怒ってるのぉ!」プンスカ!
ジェジュンは、足をダンダン!と鳴らし、フガフガ言いながら部屋をぐるぐる待っていた。
ふふ…クマみたいに怒ってる。可愛い~動画とっちゃお♡
「なぁ~に騒いでんだ?」
シャワー上がりのユチョンが、バスローブ姿で頭を拭きながらやってきた。
「あ、ユチョン兄!呑気にシャワーなんか浴びて!いいの?チョン家ボロクソだよ?」
「ジュンス~牛乳ちょうだい」
「は~い」
「ちょっと!ユチョン兄聞いてるのっ?」
「聞いてる聞いてる。そんなに怒るな。いつもの事だ」
「だって!いつもチョン家に媚びて、おべっかばっか言ってるクセにあんな掌返しってある?悔しい!」
ユチョンは笑いながら、ジェジュンの頭をポンポンと撫でた。
「あれが本性なんだ。分かっている事だ」
「みんな、そんなにチョン家が嫌いなの?」
「チョン家が、じゃなくて「人より多くを得る者」が嫌いなんだ。みんな嫉妬してるのさ。有名税みたいなもんだ」
確かに…チョン家に来る前は、僕だって財閥の連中やアルファの連中を嫌ってた。
だけど、それが自分の大切な人になったら…心が痛い…。
「有名税なんて言葉嫌い。相手が有名人だからって、自分の嫉妬を重ねるのは間違いだよ。ユノ達が毎日どれだけ努力してるか知りもしないで…!」
「そーだよなぁ。ユノ兄が毎日こなしている仕事量見たら、誰も何も言えないはずだよなぁ」
「…ユノだって人間だよ。傷つかないはずないよ…」
ユノ、こんな時こそ会いたい。抱きしめてあげたいよ…。
ジェジュンの素直な反応は、子供っぽいのかもしれない。
だが、昔から嫉妬の対象にあったユチョンには、ジェジュンの反応が可愛くて抱きしめたくなった。
「ジェジュン…お前、可愛いなぁ」ギュ
その瞬間ユチョンは、バスローブの襟を掴んだジュンスに、引きずられて行った。
「ふふ。ジュンスヤキモチか?」
「バカ。着替えるんでしょ?手伝ってあげる」
「…いいのか?俺が今から何をしに行くか、分かっているのか?」
「分かってる。僕がユチョンでも、同じことをすると思う」
「ありがとうジュンス…。俺は…ユノ兄を守りたい。ユノ兄は俺のたった一人の兄貴だから。これは、俺しか出来ない事だから」
「分かってる。僕はいつだってユチョンの味方だよ。誰もいなくなっても、僕だけは傍にいるから」
ジュンスは、ユチョンをギュッと抱きしめた。
会社に帰り、卵やごみを投げられて汚れた上着を脱ぎ、あらかじめ用意していた着替えを取り出した。
窓から下を見て、まだ騒がしいマスコミや市民団体の騒ぎを眺めていた。
ある程度の反発は予想していたが、予想以上だな…。
マスコミを押さえる事は出来たがそれをしなかったのは、隠すより正直に公表したほうが、傷は浅いと考えたから。
だが、この調子じゃ株価の暴落は避けられないかもしれない…。
「ユノ兄!これを…これを見て下さい!」
部屋に飛び込んできたチャンミンが、持っていたタブレットをユノに差し出す。
そこに映っていたのはユチョンで、何かのインタビューを受けている。
「…では、ムンスミンさんは、ユチョンさんの母親ではないと?」
「えぇ、僕と兄のチョンユンホを産んでくれた人は違う方です。現在父と外国で暮らしています」
「という事はスーパーαを産んた人は別の人だと…。しかしムンスミンさんは「スーパーαの母」という事で、子育てに悩む母親たちから絶大な人気を得ていたかと思います。その人気を利用して、ご自分のブランドの売り上げに繋げていたようですが…」
ユチョンは苦笑して、ため息をついた。
「彼女は自宅への出入りを父から制限されていました。彼女が僕たちに悪い影響を及ぼさないようにと」
「CYグループ会長からも見限られていたと?悪い影響とは具体的にどのような…」
「詳しくは話せませんが、これだけは言えます。ムンスミンは、人の尊厳を踏みにじるような行為を平気でする人だと言う事です。彼女によって傷つけられた人は、今もまだその傷を抱えて生きています」
ユチョンのインタビューをしているのは、韓国の国営と言ってもいいテレビ局。
その信憑性は高く、独占生放送で、今現在全国に放送されている。
ユノは愕然とし、タブレットを持つ手が震えていた。
「ユチョン…まさか…知っていたのか?自分が父の子ではないと言う事を…?」
「恐らく…。彼女によって傷つけられた人、それはイトゥク先生の事だと思います」
「何てことだ!絶対に知られたくなかった!あんなに憧れていた父の子供ではなかったと…知られるわけにはいかないと、そのために努力してきたのに…!いったいいつから?いつからユチョンは知っていたんだ…」
「分かりません。ですがこの口ぶりだと…昨日今日知ったわけではないかと。恐らくずっと昔から知っていたんでしょう」
「チャンミン、お前は何故知っている?」
「先日シンガポールへ行った時、会長からすべて聞きました」
「そうか。はぁ…ユチョン…」
ユチョンが何故このインタビューを受けたか、痛いほどわかる。
本当はムンスミンの罪を全てぶちまけ、チョン家の名誉回復をしたかったに違いない。
しかし、それを暴露すればイトゥク先生の傷を晒すことになる。
独占インビューの形を取り、ギリギリのラインで、言いたい事だけ言ったのだ。
「母親を逮捕に追い込んだ不肖な息子、と兄のユンホが世間に叩かれている事は知っています。ですが兄は、今まで逃げ出したくなるような重圧の中、身を粉にして働いてきました。それは家を守るためでもありますが、そこで働く多くの人たちの生活を守るためでもあります。この国はまだまだ脆弱です。そんな国にために働いて来たという事実も、忘れてはならないと思います」
「最後にお聞きします。ムンスミンさんに言いたいことはありますか?」
「僕たち…少なくとも僕は、彼女を母親だと思った事は一度もありません。罪を償い、金や名誉ではなく、人を大切に出来る人に生まれ変わって欲しいです…」
ユチョンのインタビューで世論は大きく変わった。
世論は、チョン家とムンスミンを分けて考えるようになった。
チョン家の次男が「母親だと思った事はない」の発言により、それまでチョン家に遠慮して言えなかったスミンの暴露話は次から次へと出てきて、収拾がつかないほどだ。
その中には、脱税や絵画の違法取引、違法カジノ、マネーロンダリングなどの余罪が次々に出てきた。
まるで女王のように傍若無人に振舞っていたスミン、実家であるムン家の悪事まで次々出てきて、誰もスミンを擁護する人はいなかった。
それに加え、今までメディアに出ていなかったユチョンの爽やかなビジュアルまで取り上げられ、下がっていたチョン家の株価は、回復し始めた。
彼女を母親だと思った事は一度もありません
※※※
次回ユチョンの独白。
ユチョンはいつ、自分の出自を知ったのでしょうか。