ウンソクは、イトゥクを妾に迎える事を了承したスミンを見て、少し心が緩んでいた。

いつものように愛し合った夜、ついにウンソクはイトゥクの項を噛んでしまった。

 

「イトゥクの項を嚙み、正式な番になってもスミンは何も言わなかった、ほどなくしてイトゥクが身籠り、ユノを出産しても、スミンは喜んでいた。そしてユノがアルファだと分かると…スミンは本性を現した」

 

普通は第二次成長期にバース検査をするが、財閥は産まれたと同時に密かに検査をする。

イトゥクが跡継ぎ(アルファ)を産んだことで、スミンの野望は叶えられた。

 

「スミンはイトゥクを妾という立場にはせず、従業員のままにした。妾を迎えるには妻の了承がいる。何度もスミンを説得したが叶えられなかった。そんなある日、事件は起こった。私は今も、あの日の事を忘れられない」

 

産後の経過が悪く、イトゥクを休ませるために借りていた部屋に帰ると、部屋がイトゥクのフェロモンで溢れかえっていた。

番であるウンソクがいないのに、イトゥクからフェロモンが出るはずがないのに…!

慌てて扉を開けると、そこには襲われたであろうイトゥクが、倒れていた。

 

「ヒート誘発剤ですか…」

「そうだ。ヒート誘発剤を使い、自分の手下にイトゥクを襲わせた。あの女は私を怒らせた。私は一生あの女を許さない」

「…なぜわざわざ誘発剤を使ったのでしょう」

「妊娠させるためだ。他人の子を自分の番が身籠るという…イトゥクと私に対する復讐だ」

 

「もしかして…その子が…ユチョンなのですか?」

「…そうだ」

 

チャンミンは深いため息をつき、髪をぐしゃりと握った。

何と言う話だ、聞いているだけで胸糞が悪い。

 

「イトゥクはその子を産むと言った。この子には罪はないからと。そしてこの子と共に家を出ると言った。だが、私はそれを許さなかった。その子も自分の子としてチョン家の籍に入れた」

 

「それは…スミンさんへの復讐ですか?」

 

「違う。いや、最初はそんな気持ちがあったのかもしれない。だが…生まれたユチョを見てそんな気持ちは吹き飛んだ。何より愛しいイトゥクの子供だ。私は心からユチョンを自分の子として可愛がった」

 

ふとある考えが頭をよぎり、チャンミンはぞわりとした。

 

「もしかして…ユチョンはその事を知っているのですか?自分が会長の子ではないと…」

 

「それはない。ユチョンを傷つける事はしたくなかったから、私達は細心の注意を払っていた。だがユノは知っていたようだ。ユノも同じ気持ちだったのだろう。ユチョンには知られないよう、完璧に周囲を欺いていた。弟を守ろうと、必死だったんだろう」

 

会長は薄く笑うと、遠くを見ながら言った。

 

「告白しよう。私はユノが自分の息子ながら、息子とは思えなかった。ユノはスーパーαだからな。子供の頃から飛びぬけて頭脳明晰な子供だった。それは恐ろしい程に…。だからこそユチョンが可愛かった。子供らしく天真爛漫なユチョンが、可愛くて仕方がなかった。だが私のそんな感情もユノは見抜いていた。可哀想な事をしたと思っている…」

 

スーパーαを子供に持った父親の、ねじれた感情。

そしてそれを子供ながらに十分理解できてしまう、ユノ兄の哀しさ。

今更ながら、ユノ兄の孤独を思い知る。

 

ユチョンがジュンスと出会い、仲良くなろうと一生懸命だった時、チャンミンはユノに「何故そんなにユチョンには寛容なのか」と尋ねた。

 

『ユチョンにはユチョンの苦労があるんだ』

 

そう言って、ユチョンとジュンスが番になれるよう尽力していた。

18歳でチョン家当主になる事を承諾したのも、ジュンスを探す為だった。

全ては辛い境遇のユチョンに、番という支えを与える為か…?

 

何と言う事だ!私は…何も知らず…のうのうと…!

誰にも自分を分かってもらえず、血の繋がりのない弟ばかりをかわいがる父には、恐ろしいとまで思われ。だがユノ兄は一度として、そんな自分を嘆いたりはしなかった。

いつも弟を守る事ばかり考えて、私やチョン家の事を考えて…。

「スーパーαだから」だけでは片づけられない、ユノ兄の懐の大きさを感じた。

 

「スミンは他の男の子供を生んだイトゥクを、私が切り捨てると思っていたようだが、そんな事あり得ない。あの女には、運命の番の絆がどれほど強いか一生分からんだろう。反対に私があの女を家から追い出した。対面(婚姻)は守るが、私があの女と顔を合わすことは二度とない」

 

「別居は会長からの申し出だったんですね…」

 

「当然だ。二度とイトゥクや子供達が傷つけられないよう最善を尽くした。イトゥクは芯の強い人だ。怒りに燃える私に、家庭教師としてでいいから、二人の子供の傍にいさせて欲しいと頼んできた。ユノが18歳になるまで育て上げ、その後は二人でゆっくり暮らすことにした」

 

昨日の事のように、怒りを顔に滲ませる会長を慰めるように、優しい風が吹いていた。

会長にとってもイトゥク先生にとっても、その出来事はいまだに心を痛める傷なのだな…。

せめて今は、この静かな場所で二人仲良く優しい時間を過ごしていただきたい…。

 

「会長…ユノ兄はスーパーαとしてこれ以上ないぐらいに努力なさっています。そして私もユノ兄と共に自分の国を強く豊かにしたい。そしてそれ以上に、私はユノ兄に幸せになって貰いたいと心から願っています。その為に、お聞きしたことがあるのです…」

 

「あぁ。分かっている。なんでも答えよう」

 

「…イトゥク先生の出自について、です」

 

 

 

スミンは、怒りに体をプルプル震わせていた。

 

「ユノ…やったわね…!私の顔に泥を塗るなんて…許せないわっ!」

 

見合い当日、心配だったスミンはユノの自宅に車を向かわせたが、ユノはいなかった。

会社にも理事長室にもおらず、チャンミンに連絡を取ったが繋がらず。

考えられる限りを尽くして探したが、ユノはどこにもいなかった。

 

全く自分の話を聞かないユノだったが、さすがに見合い相手のイ議員の顔は潰さないと信じていた。

ユノはどんな場でも、ビジネスだけは最優先で考える人間だったから。

話を無視するぐらいは良いが、見合いをすっぽかし自分の社会的立場を蔑ろにしたユノは許せない。

スミンは、秘書に告げた。

 

「母親の私を蔑ろにした恐ろしさを思い知らせてやる…!ユノの弱点はあのオメガよ。今すぐにあのオメガを捕まえなさい。めちゃくちゃにしてやるのよ!動画も撮って二度とユノの前に顔をだせないようにしてやりなさいっ!」

「し、しかし…」

「オメガなんてヒート誘発剤を使えば、すぐにメロメロに堕ちるんだから簡単でしょ!もともとオメガなんて淫乱で誰にでも喜んで体を開くんだから!ユノの幻想をぶち壊してやればいいわ!」

 

スミンの脳裏に、夫の傍に寄り添う憎いイトゥクの姿が蘇った。

オメガなんて…淫乱で、すぐに男を誘って汚らわしい!

何もかもアルファより劣っているくせに、当たり前のように自分の夫を攫って行く。

運命の番なんて…私は信じない!

 

 

 

ユチョンが借りているというホテルで暮らし始め、10日が経っていた。

大学には通いながら、ゆっくりと両親の事を考えたり、思いを馳せたり、ばーちゃんの事を思い出したりした。

感情の起伏は激しく、今ユノに会ったら酷い事を言ってしまいそうで、ここにいないことに安堵した。

決してユノを責めたいわけじゃない、だけどどうしても怒りが抑えきれないのだ。

両親の無念を思うと、冷静ではいられない。

 

「ジェジュン、来たよー」

「あ、ジュンス兄。いらっしゃい」

 

ジュンス兄が時々顔を出し、必要なものを持ってきてくれた。

 

「今日は雨がすごいね。外、寒かったよ」

「大丈夫?ジュンス兄また風邪をぶり返したりしてない?」

「大丈夫。それより今日は僕もここに泊っていい?」

「もちろん。じゃあ今日は部屋を出ないで、パジャマパーティーしようか」

「いいね!ここのルームサービスすごく美味しいんだよ」

 

ジェジュンはハム太郎、ジュンスはピカチュウの着ぐるみパジャマを着て、二人はベッドの上でジュンスお気に入りのクッキーを食べながら、話をしていた。

因みにこの着ぐるみパジャマは、ユチョンが日本のドンキで買ってきてくれたお土産で、二人とも大のお気に入り♡

 

「ジェジュン…どう?少し落ち着いて考えられた?」

「うん。いっぱい考えた。正直まだ許せない気持ちが込み上げて冷静になれないけど…少しは…」

「それでいいと思うよ。人間、そんな簡単に割り切れないよ」

「…でも、ジュンス兄がいてくれてよかった。ユチョン兄がいてくれてよかった。みんなの優しさが、僕を勇気づけてくれる。ヤケにならずに済んでる…」

 

ジュンスがふふふと笑いながら、ジェジュンの背中を撫でた。

ジェジュンの頭に、ユチョンから聞いたジュンスの哀しい過去が蘇る。

いつだって優しく僕を抱きしめて、いつだって優しい微笑みをくれた人。

ジェジュンは、ジュンスをギュッと抱きしめた。

 

「どうしたの?ジェジュン…?」

「ううん…。ただ…哀しくて。みんなが…哀しくて…」

「大丈夫だよ。僕たちがジェジュンを守ってあげるからね」

「僕も…誰かを守れる人でありたい。ジュンス兄のように、強い人でありたい…」

「僕は強くなんかないよ…」

 

ジェジュンはガバッと体を起こし、涙で潤んだ目で言った。

 

「ジュンス兄は強いよ!僕の両親も、必死で僕を産んで育ててくれた。家政婦のおばさん達も辛い事があっても決して負けない。オメガは、力は弱いけど心に秘めた強さがある。みんな優しくて、諦めない強さを持ってる。僕は…オメガの人たちが大好きだ!」

 

「ジェジュン…」

 

「僕は、オメガに生まれた事を誇りに思う。そして他のオメガの人たちにもそう思って欲しい。オメガを誤解している人たちにも分かって欲しい」

 

「そうだね…。ただ、それはとても難しい事だと思うよ」

 

「分かってる。でも僕にも何かできるかもしれない。無理だって諦めるより、何か一つでも出来る事をやりたい…。そう思えるようになったのは、ユノを見ていたから。ユノのように、どんな難しい事からも逃げずに、頑張りたい…」

 

いつも思い出すのは、ユノが頑張っている後姿。

自分には想像もできないような重圧の中、弱音を吐くことなく、いつも頑張っているユノ。

カッコいいと憧れるだけでなく、自分も少しでも近づきたい。

強さと優しさを持った、あの人のように…。

 

 

 

 

 

少しでもあの人に近づきたい…

 

 

 

※※※

スミンがオメガを否定するのは、ムン家育ちという事もありますが、自分の夫を奪った憎い対象として、拗れてしまっています。オメガを傷つける理由にはなりませんが。

見合いをすっぽかしたユノw そしてジェジュンの心もようやく落ち着いてきました。

場面がポンポンと切り替わり、色々な事が同時に起こっています。

次回、いよいよジェジュンの秘密が解き明かされます。