ヒチョルは、久しぶりに母親に会っていた。

 

「ヒチョル、少し痩せた?最近、大変だったみたいね…」

 

母親は学者ではあるが、父や兄とは違い、そこは母親だ。

ヒチョルの体の事はいつも心配してくれていた。

 

「少し落ち着いたから。母さんこそ無理はダメだよ。父さんたちは?相変わらず?」

「あの人達は研究に身を捧げた人たちだから。相変わらずよ」

 

コーヒーを飲みながら、ヒチョルの母親が資料を出した。

 

「そうそう頼まれてた件調べてみたわ。オメガの研究家よね?アルファの研究をしている人は多いけど、オメガの研究家は少ないわ。でもアメリカでオメガの研究をしている韓国の学者がいたの」

「え?ホントに?じゃあ今はアメリカに?」

「今は韓国にいるらしいわ。シンドン博士よ。彼は変わりものでね、どこの派閥にも大学病院にも属さないの。だから名前は知られていないけど、研究者としては一流よ」

「会えるかな?会いたいんだけど」

「分かった。連絡とってみるわ」

 

数日後、ヒチョルはシンドン博士を訪ねていた。

自宅を訪ねたがおらず、電話をすると近くの海にいるとの事だった。

ヒチョルが海に向かうと、堤防辺りに数人の釣り人が、竿を持って釣りをしていた。

波をキラキラと照らす太陽の眩しさに、室内で仕事ばかりしているヒチョルは思わず手をかざした。

 

シンドン博士の顔は、論文の下にある小さな写真で見たが、ここにいるのは釣り人ばかり。

一体どこにいるのだろう…。

ヒチョルが電話をしようと思った時、目の前にポケットがいっぱい付いた釣りジャケを着た、太ったおじさんが歩いて来た。

クーラーボックスを肩に長靴姿、ザ・釣り人のそのおじさんが、声を掛けてきた。

 

「あ~…キムヒチョル、さん?」

「え?も、もしかして…シンドン博士、ですか?」

「そうだ」

 

え?ウソ。

シンドン博士って変わり者だけど、スタンフォード大学で遺伝学の教授を務め、国家科学賞も受賞したエリートのはず。

だが目の前にいるのは、どこにでもいる太った釣り吉おっさんだ。

 

「こ、これは失礼しました。初めまして。キムヒチョルと申します。お忙しい所ありがとうございます」

「ヘスの頼みなら断れない。彼女は元気か?」

「えぇ、母は相変わらずです。シンドン博士は母と一緒に研究した事があるとか…」

「あぁ、彼女はとてもガッツがあってね。学生の頃はよく議論した。楽しかったなぁ」

 

シンドンはオシリがはみ出そうな折り畳みの小さな椅子に腰掛け、ヒチョルにも小さな椅子を手渡した。

ヒチョルはシンドンと並んで海を見ながら、その椅子に腰かけた。

 

「本当は太刀魚が釣りたいのだが、やはり夜じゃないとねぇ…。ヒチョル君は、釣りはしないのか?」

 

シンドンは今日の釣果など釣りに関する事ばかり話すので、ヒチョルは失礼だと承知しながら本題に入った。

 

「シンドン博士は、どうしてオメガの研究を?」

 

シンドンは海を見ながら言った。

 

「ヒチョル君、君は…オメガをどう思う?」

「オメガですか?正直、私自身オメガとあまり交流がないので…」

「では、大統領秘書室長として見た、オメガの印象は?」

「…弱者、でしょうか。少なくとも国の定義はそうなっています」

「弱者、ね…。なるほど」

「シンドン博士から見たオメガは、いったいどのような印象ですか?」

 

シンドンは顔を上げ、キラキラ光る波を見ながら言った。

 

「オメガは…神秘だよ。彼らは儚くも美しい。確かに力は弱いし、発情を迎える事で社会生活は安定しない。だが彼らは決して劣ってもいないし、アルファより優れている点も多い。何よりその強い繁殖力、そして性別を超えて出産できる力は、まさに神秘だ」

 

「確かにそうです。今やオメガの繁殖力無くして、国の少子化は止められません」

 

「それなのに人はオメガを偏見の目で見て、差別して、搾取する。何故だと思う?」

 

「それは…その方が、都合がいいから。社会が…いえ、オメガ以外が…そう望むからです」

 

昔の同僚であるヘスから、息子と会って欲しいと頼まれた。

大統領秘書室長をしているらしく、スーパーαに興味があると。

もちろん会う気はなかった。

この国の未来の事など微塵も考えない大統領の犬と話して、いい事などある筈もないからだ。

 

だが、ヘスの息子と言うので少しだけ興味が沸いた、いや、ほんの少しの希望を見出した。

学生の頃の彼女は、いつだってフラットで、物事の本質をとらえることが出来る人だったから。

もしかして息子のヒチョルのそうなのでは?と思ったんだ。

そして、それは間違いなかったようだ。

シンドンは二ッと笑った。

 

「良かった。君がアルファ信者だったり、反対に左ポピュリズムにまみれたエセフェミニストなら、話はしないつもりだった。私はオメガの研究をしているが中立な立場でいたいと思っている。政治に利用されるのは我慢ならない」

 

大統領秘書室長に向かって「政治に利用するな」という発言は、シンドン博士の強い反発にも思えた。

だが、ヒチョルはオメガを政治利用する気は全くない。

 

「信じて頂けないかもしれませんが、私はこの国を良くしたいのです。貧困をなくし、スラムを無くし、行き場を無くした人達を救済する手立てを模索しています。その中にはオメガに対する偏見や差別、それによる搾取などのオメガ救済も入っています。そのためにも、もっとオメガの事を知りたいのです」

 

「違うだろ?アンタはスーパーαを創りたいんだ。命を創造するなんて神の領域だ。倫理に反する」

 

…全て知った上でカマをかけてきたか…この釣り人オッサン…侮れない…。

ヒチョルはグッとネクタイを外し、第一ボタンを外すと、はぁ~と盛大なため息をついた。

 

「そこまで調べているなら腹を割ります。私は次世代のスーパーαを誕生させたい。それはこの国の重要課題です。そしてその子が政治利用されないように守りたい。そのために、私が先にスーパーαの謎を解きたいのです。もうこれ以上政治家や財閥だけに、この国の未来を食い潰させてはならないのです」

 

「現在のスーパーαであるチョンユンホも、大財閥だが?」

 

「チョンユンホ氏は本気でこの国の事を考えている人物です。あなたこそ何も知らないのに、財閥であるユンホ氏に対して偏見がおありになるのでは?」

 

「ほぉ~アンタ、綺麗な顔して、結構言うなぁ~」

「あなたこそ、ただの太った釣り人に見えて、なかなか言いますね」

「太ったは余計だろ。ルッキズムの応酬かよ。ハハハ!」

 

シンドンは立ち上がり、ぐーっと腰を伸ばしながら太陽を見上げた。

 

「スーパーαを語る上でオメガは外せない。そこに目を付けた事は誉めてやろう」

「それはどうも」

「では取引の話をしようか。俺が持っているオメガの情報を教えたら、君は私に何をしてくれる?」

「派閥には興味がないと聞いていましたが、結構“俗”なんですね」

「ハハハ。研究には金も権力もいるんだ。それが現実さ~」

「何がお望みですか?私に出来る事は多いと思いますよ」

 

シンドンはニヤッと笑い、ヒチョルは微笑んでシンドンと握手をした(交渉成立)

 

 

 

ジェジュンは、ジョンフンに教えて貰った、両親が眠る納骨堂に来ていた。

そこには、初めて見る二人の写真があった。

近所の人たちと笑いながら、ジェジュンを抱いているイファ、イファの肩を抱くムオン、その前で少し若い祖母が笑顔を見せていた。

 

「ホントだ…似てるね…」

 

そこには貧しいながらも力を合わせ、幸せそうに微笑む両親がいた。

ジェジュンの誕生を、みんなが喜んでくれているのが分かった。

会った事もないし、話もほとんど聞けなかった両親の生きざまは、どこか他人事のように思えてしまう。

だけど、確かに僕を産んでくれた人がいて、僕を愛してくれていた。

決して不幸になってはいけない人たちだったのに…。

 

「う…く…っ」

ポタポタと涙が落ちて、やるせない気持ちが胸を渦巻く。

本音を言えば、両親の敵を討ちたい、彼らを傷つけた人たちに復讐したい。

命をすり減らされ、踏みにじられた無念を晴らし、それを分からせてやりたい。

だけど、僕には何の力も無くて、何をしたらいいかさえ分からない。

 

祖母の最後の言葉を思い出した。

 

「ジェジュン、幸せになるんだよ…」

 

ばーちゃんは、全てを知って僕に幸せになれと言った。

僕が復讐したいと言ったら、きっとばーちゃんは怒っただろう。

のんびり屋で、いつも優しかったばーちゃんは、きっとそんな事を僕に望まない。

 

直接スミンさんが、僕の両親にひどい事をしたわけじゃない。

だけど…。ユノと番になって結婚したら、あの人が義母になる。

それは、両親を裏切る事になるんじゃないだろうか。

 

優しく微笑んで自分を見つめるユノの顔が思い出された。

父さん、母さん、僕はどうすればいい…?

 

 

 

 

僕はどうすればいい…?

 

 

 

※※※

シンドン博士登場♡釣り吉おじさんですが、かなり優秀な博士です。

シンドン博士が持っている情報とは?

ジェジュンや、視野を広く持つのよ。ユノを信じて。

次回、ユノの出生の秘密に迫ります。

 

ジェジュンのポストが気になります。

何故日本語で書いたんでしょう。何が言いたかったのかな…。