病院にジェジュンを連れて行き、手当てを受けさせる。

ガラスで切った足には、包帯が巻かれているが、大事には至らなかった。

ジェジュンは安心したのか眠ってしまい、頬に付いた青あざを見て、再びユノの怒りに火がともる。

チャンミンが来て、ジェジュンの痛々しい様子に眉をひそめた。

 

「ユノ兄、ジェジュンは?」

「大丈夫だ。目が覚めたら家に連れ帰ってくれ」

「行くんですか?」

「あぁ。二度とこんな事させない」

「分かっているでしょうが…一応あの人は、あなたの母親だという事を忘れないで」

「うるせぇ」

 

 

(ここにはいませんっ!お待ちください!)

「ここにいるのは分かっている。いいからそこを通せ」

 

CYグループ副理事室の向こうから、秘書とユノの声が聞こえる。

バン!と開けられた扉から、するどい目つきのユノが現れる。

しかしそのナイフのような冷たい視線を見て、スミンの背筋にゾクッと寒気が走った。

 

「いいわ。下がりなさい」

 

秘書を下がらせ、ユノと対峙する。

これもいい機会だわ…ユノは全くこちらの話を聞かないから。

縁談の話を詰めておかなければ。

 

「座りなさいユノ。あのオメガの事?謝る気はないわ。だいたいあなたが…」

 

ドガンッ!!!

 

大きな音に驚いて振り返ると、ユノが応接用のガラスの机を、拳で叩き割っていた。

 

「…っ!」

 

「話すことは何もない。警告だ。二度と俺の屋敷に入るな。それから、またジェジュンが傷つくことがあれば…アンタのすべてをこの机のようにしてやるからな!」

 

「ユ、ユノ!待ちなさい!まだ、話が…!」

 

ユノは振り返ることもせず、そのまま出て行った。

粉々に砕け散ったのは強化ガラス、簡単に割れる代物ではない。

秘書達は震えあがり、改めてスーパーαの力の強さを思い知った。

ユノの怒りの大きさと、ユノの強さ、そのどちらもが、言葉を超えて伝えてくる。

 

「俺のものに触るな!」と。

 

さすがのスミンも、口を開く事さえできなかった。

 

 

 

気が付いたら病院で、院長をはじめ数人の医者が揃って「問題ない」と説明してくれた。

念のため今日は入院して様子を見て、明日退院するとの事。

VIPな扱いに、恐縮してしまう。

ユノはいなかったが、チャンミンさんが傍にいて、世話を焼いてくれた。

 

「怖い思いをしましたね…。間に合って良かった」

 

俯いたままのジェジュンの背中を、チャンミンがそっと撫でる。

 

「スミンさんが何を言ったか想像できますが、気にしないように…」

 

ユノの母親に、親や祖母の事までひどい言葉で侮辱され、オメガというだけで蔑まれた。

外に出れば、オメガというだけで男達に引きずり込まれ、体を奪われそうになった。

身も心も傷ついてボロボロだったが、ユノが助けに来てくれた。

そしてジェジュンは気が付いた。

 

祖母が亡くなりチョン家に引き取られて5年間、ジェジュンは一度もこのような目に遭った事が無かった。

チョン家で働く家政婦のおばさん達から、オメガであることを理由に、過去に酷く傷つけられた話をたくさん聞いた。

だがチョン家にいる間は、自分はそんな思いを一度も経験しなかったのだ。

 

「僕…あんな侮辱を受けたのは初めてでした。あんな怖い思いも…。それは今まで、ユノさんやチョン家の皆さんが、僕を守ってくれていたからなんですね…」

 

「ユノさんと番になれば、こんな思いはしなくていい、だからユノさんと番になるべきだと…チャンミンさんも、そう思いますか?」

 

チャンミンはフッと笑みをこぼして言った。

 

「ユノ兄と番にならなくてもジェジュンの事は守ります。守られたいから、ではなく、ユノ兄と番になりたいか、で考えて下さい。ユノ兄もそう望んでいるはずです」

 

「ユノさんと番になりたいか…?ユノさんはスーパーαなのにどうしてそんな事を気に掛けるんだろう…。オメガの僕の言う事なんて気にしないでいいはずなのに…」

 

「分かりませんか?それが愛しているという事です。ジェジュンの気持ちを尊重し、ジェジュンを待っているのは、自分もジェジュンに愛されたいからです。愛している人から愛されたいというのは、アルファやオメガに関係なく、人として当り前の感情だと思いますよ…」

 

まだ恋すらした事がない幼いジェジュンは、チャンミンの言葉で、やっとユノの行動の意味を知った。

ユノがスーパーαである事や、自分がオメガである事ばかりが気になって、ユノの本当の気持ちを考えていなかった。

 

そうだ…僕の事が好きだから一つになりたいって言ってくれたじゃないか。

僕はユノを信じるって…あの時、そう決めたんだ。

 

「余計な事は考えないで。自分の心に正直に。…さぁ少し休んで下さい」

 

「チャンミンさん…ありがとう…」

 

チャンミンの言葉によって、ジェジュンの心に纏わりつき絡まっていた感情が解きほぐされる。

窮屈な感情から解放されて軽くなり、やっと自分の気持ちと向き合えるような気がした。

ジェジュンはホッとして、目を閉じた。

 

 

病院に戻ってきたユノの拳から血が出ていた。

 

「ユノ兄!大丈夫ですか?早く手当てを!」

「大丈夫だ、それよりジェジュンは?大丈夫か?」

「えぇ、今は眠っていますし、その前も落ち着いていました」

 

看護師に手当てをしてもらうユノを見ながら、チャンミンが呆れたように言った。

 

「まったく…何を壊してきましたか?」

「机を…。強化ガラスだったから少し切れただけだ」

「ゲ。怒ったスーパーαはゴリラ並みですねぇ」

「フン!まぁもう家には来ないし、ジェジュンには手出ししないだろ」

 

看護師が病室を出ると、チャンミンがジュースを渡しながら言った。

 

「あれから色々調べました。実は青瓦台に違和感を感じていて…」

「違和感?」

「えぇ。青瓦台がやけに焦っているように思えたんです。それで色々情報を集めました。てっきり大統領選が近いからだと思っていましたが、どうやら他にも理由はありそうです」

 

「何?面白そうな話だな。理由は何だ?」

「裏金疑惑です。現在の政権に大きな裏金疑惑があり、それも大多数の議員が関わっている。どうやら報道の差し止めが出来なかったようで、スーパーαの子供という話題で世論の方向を変えたいようです」

「ケッ!自分たちの不祥事を、俺の子供で帳消しにする気か?呆れるぜ!」

 

グビッとジュースを飲みほしたユノが、親指で自分の唇を弾いた。

 

「大統領の本音は、裏金疑惑で国民が騒ぐのを止めたい。スーパーαの子供という未来に目を集め、与党のイメージアップを図りたい、そんな所でしょう。マスコミを操るのはチョン家にとって造作もない事ですから、大統領を説き伏せるのは簡単です。でも、秘書室長のキムヒチョルがいます。あの男はやっかいです」

「キムヒチョルか…。確かにあの男は切れるからな。うぅむ。実際、キムヒチョルが何を考えているか、それを調べないと…」

「キムヒチョルの考え、ですか?」

「立場上、大統領を選挙で勝たせたいと思っているだろうが、彼の本心は違う気がする」

「…なるほど。そちらも調べてみます」

 

 

 

…はぁ。この時期に裏金疑惑だと?大統領選も近いのに、私腹を肥やす事しか考えない議員たちは、仕事そっちのけで証拠隠しに奔走している。

その尻拭いは誰がやると思ってるんだ!「頼んだぞ」の一言で世論の風向きが変わるとでも?

俺は神でもなければ、スーパーαでもないぞ!

 

キムヒチョルは頭痛薬を口に放り込んだ。

数日前から、裏金疑惑の処理に奔走し、眠れない日々を送っていた。

 

「キム室長、お約束の時間が迫っています」

「…何だったか?」

「CYグループのシム秘書と、昼食のお約束が」

 

あぁ…そうだった。

この時期に一番会いたくないヤツに会わねばならんとは…。

どうせ、シム秘書の事だから、あらかたの情報は仕入れているんだろう。侮れない奴だ。

 

ヒチョルは深いため息をつき、重い腰を上げた。

 

 

 

俺のものに触るな!チャララ~チャララ~♪(仁義なきユノ氏)

 

 

 

※※※

裏金疑惑…どこかで聞いた話ですね。許せん。

国民の事より、自分の地位や私服を肥やす事ばかり考える政治家たち。許せん。

この前はジェジュンの不妊というカードでヒチョルに詰められたチャンミン。

今回はチャンミンが優勢か。さぁどうなる?