養子先に来て2年が過ぎた。
養子先は、田舎町で農業を細々と営む貧しい家だった。
一応中学校には行かせて貰えたが、繁忙期は学校を休んで家の仕事をさせられた。
「ジュンス!さっさと籠を用意しろ!これを倉庫に運べ!」
「はい!」
養子というより雇い主と従業員のようで、親子とは言い難い関係だったが、その方が良かった。
今更、べたついた親子関係を演じるのも面倒だったからだ。
毎日の仕事は辛かったが、ご飯は食べさせてもらえたし、お風呂にも入れた。
施設で暮らした日々を思えば、仕事をするぐらいなんでも無かった。
だが、その年の大型台風の影響で、農作物に尋常ではない被害が出てしまった。
「これも…これもダメだ。あっちは…全滅か。くそっ!」
収穫間近の作物を、捨てるために集める。
重苦しい空気の中、夜、両親になった二人が話しているのを、ジュンスは聞いてしまった。
「アンタ、どうするんだい?今日も借金取りが来たよ。もう待ってはくれないよ」
「……仕方がない。明日、ジェウクさんに会ってくる」
「ジェウクさんって…オメガを買ってくれるのよね?アンタ、なるべく高く話しつけて来てよ」
「分かってる。お前はジュンスを風呂に入れてキレイにしておけ」
あぁ…やっぱりか…。
オメガはいつだってこういう運命になるのか…。
今すぐ逃げようか…?でもどこへ逃げると言うのだ。
バス賃すらなく、頼る場所も、子供だから雇ってくれる場所もない。
逃げたところで…体を売るしかないなら、どこへ逃げても同じことだ…。
次の日、母親に言われ風呂に入ると、痛い程体を擦られ、新しい服を着せられた。
しばらくすると、派手なシャツを着こんだ40ぐらいの男がやって来た。
「ほぉ、この子か。…ふむ、まぁいいだろ」
怪しげな男は、僕の顎をくッと掴むと、横から後ろからジロジロ舐めまわすように見て、僕を値踏みした。
僕の売値で言い合いをする大人二人に背を向けると、母親が苦しそうな顔をしていた。
今更そんな苦しそうな顔をされたって…僕を売るんだろ?
売られた先で、僕がどんな目に遭うか知っているくせに。
大した挨拶もなく、僕は車に乗せられ、街へ向かった。
途中ジェウクさんは、僕にサムギョプサルを食べさせてくれた。
「最後に、肉を食わせてやってくれって頼まれてな」
親子という感覚は無かったが、最後に見せた母親の苦しそうな顔が思い浮かんだ。
だが、妙に淡々とした白けた気分になるだけだった。
「…売られる牛の気分ってこんな感じかな」
「フフン。まぁそう言うな。今から行くところは金持ちだから。イイ子にしてりゃ悪くない生活かもな」
あれだけ「こういう結果」になる事だけは避けてきたのに。
結局こうなる運命なんだと、諦めの境地だった。
ジェウクさんが連れてきたのは、田舎町ではあるが大きな家だった。
40代の身なりのいいおばさんが出てきて、白いネコを抱きながら、僕を忌々しい目で見ていた。
「私の事は奥様、夫の事は旦那様と呼びなさい。学校は行かせてあげる。必要な物も用意するわ。あなたは使用人扱いだから離れで過ごすのよ。本宅には入らないように」
「はい」
「旦那様が来たら、黙って言われた通りにしなさい。間違っても嫌がったり、余計な話はしないように」
離れとはいえ、広い部屋を与えられ、新しい服、食べたことないような美味しい食事も与えられた。
自転車やゲームに携帯電話、今まで欲しかったものが手に入った。
今までの生活と全く違う、贅沢な暮らし。
だが、こんなに泣いた事はなかった。
どうせ抱かれるのなら…ユチョンに抱いて欲しかった……。
ジュンスがいなくなって2年、ユチョンは全く笑わなくなってしまった。
ユノ達がいくら優秀とはいえ、大人の手を借りずにジュンスを見つけることは叶わなかった。
何度か海外にいる父親に頼もうとしたが、どうやら父親の所まで話が通っていないようだった。
父が3年ぶりに帰国したので、ユノは直接父親に頭を下げ、ジュンスを探すように頼み込んだ。
「父さんお願い。このままじゃユチョンが病気になる。ずっと探している子がいるんだ。どうか力を貸してください。お願いします」
父親はふむ、と少し考えてから言った。
「ユノ、条件を飲むなら探してやろう」
「条件?」
「お前が18になったらお前がチョン家当主となり、会社もグループ企業も全てお前に任せる。20万人の生活をお前が守れ。お前に大学は必要ないだろ。それぐらいの学力はもうお前にはあるしな」
「…は?18で?そんなの無理です!僕に当主を任せて、父さんは何をするんですか?」
「隠居だ。シンガポールで自由に暮らす」
「僕に全部押し付けて、自分は悠々自適の隠居生活ですか?」
「そうだ。お前はスーパーαだ。私よりお前の方がグループも成長するだろう。お前が了承すればユチョンは幸せになれるぞ。どうする?ユノ」
「…分かりました。全てを僕が請け負います。その代りジュンスを見つけ、ユチョンの思うようにさせてあげてください。もし番になりたいと言ったらその通りに。一日も早く、です」
「よかろう」
ユノの父の手を借りジュンスの養子先を見つけ、そこからジュンスが売られた事実を知った。
ユチョンは半狂乱になりながら、オメガを売り買いする男に詰め寄った。
「どこに売った?言えっ!今すぐにっ!!」
ユチョンの迫力にユノ達も驚いたが、意外に早く口を割った男を連れ、屋敷に向かった。
父親が動いてくれたおかげで大金が動き、すぐにジュンスを解放することが出来た。
3人はジュンスが通う中学に行き、ジュンスが出てくるのを待った。
下校時間、たくさんの生徒たちが校門に歩いてくる中に、ジュンスはいた。
あの頃の天真爛漫な笑顔は消え、ほっそりと痩せてしまったジュンスが、俯いて歩いてくる。
「ジュンス!」
ユチョンの声に気づいたジュンスは立ち止まり、動かなくなった。
怯えた顔で3人を見るジュンスに、ユノは思った。
間に合わなかった…。
ユチョンの大切なジュンスは、金で売られ、売られた先のアルファに…傷つけられたんだ。
もしかしたら、ジュンスは俺たち(アルファ)を拒絶するかもしれない。
隣にいたチャンミンも同じ気持ちだったようで、悲痛な表情をして動けなかった。
だがユチョンは、ジュンスに向かって真っすぐ走り出した。
「ジュンス!…探した!ずっと探してた!」
ジュンスは棒立ちのまま、じりりと後ろに下がった。
だがユチョンは足を止めず、ジュンスの体に飛び込むように抱きしめた。
「ごめん…!遅くなって…。でももう離さない!もう、絶対に離さないんだからっ!!」
ユチョンの涙が、ジュンスの肩にぽたぽた落ちる。
ジュンスの体は震え出し、涙の幕が盛り上がる。
歯を食いしばったジュンスは、ドン!とユチョンを突き飛ばした。
「僕は…もう昔の僕じゃない…」
「違う!俺のジュンスは何も変わらない!俺が大好きなジュンスだ!」
「僕は…もう、ユチョンを好きじゃ、ない!」
「ジュンスが俺を好きじゃなくても、俺が好きだから。傍にいたいんだ」
「離せっ!…うっ…僕を見ないで…見ないで…!」
がくりと崩れ落ちたジュンスを、ユチョンはもう一度抱きしめた。
「いやだ、絶対に連れて帰る。お願いだからジュンス…俺を遠ざけないで…!」
ジュンスを泣きながら抱きしめるユチョンを見ながら、ユノが呟いた。
「俺にもっと力があったら…ジュンスもユチョンも傷つかずに済んだのに…」
「それは分かりません。スーパーαは神ではない。だが皆は貴方に神以上の力を望むでしょう。万能の力を持つ神以上を期待し、それを求められます」
「重いな…」
チャンミンはそっとユノの肩に手を添えた。
「お父上の条件、のんでもよかったのですか?」
「それしかないだろう。数年早くなっただけだ。だけどな、チャンミン。俺は…正直、ビビってる」
「…安心して下さい。僕もビビってますから…」
泣き出したジュンスを抱きしめるユチョンを見ながら、ユノとチャンミンはぐっとこぶしを握り締めた。
もう二度と誰も傷つけたくはない、だが自分の選択一つで誰かの人生は壊れ、傷つく事もある。
誰かを守るには、それ相当の覚悟と、誰よりも強い心が必要なのだ。
ジュンスの震える体を抱きしめながらユチョンは思った。
ごめん…ごめんなジュンス。
俺に力がないばっかりに。
俺はもう二度とジュンスを泣かせたりしない、絶対に俺が守る。
どんな望みも叶えてあげるから…幸せにするから…もう泣かないで…。
幸せにするから…もう泣かないで…
※※※
いつも笑顔のジュンちゃん。こんな哀しい過去を持っていました。
ジュンちゃんだけでなく、ユチョンもとても傷ついた過去。
この時の誓いを守り、ユチョンはジュンスと番になりました。
次回、お話は現在に戻ります。
ユノがカッコいいです^^