物心ついた時から、僕はオメガ専門の保護施設にいた。

ここには捨てられたオメガの子供達が30人ほど、国の支援金で暮らしている。

アルファに無理やり襲われ出来た子供、生まれた子供がオメガだったため捨てられた子供、番解除が出来なくて処理されたオメガの子供…。

オメガ保護法が出来てから、捨てられるオメガの子供は減ったが、それでも時々つれて来られる。

 

僕がどういう経緯でここに来たのかは分からない。

ただ分かっているのは、僕が「捨てられた子供」という事だ。

 

園長は僕たちに言う。

「養子に行くのが、君たちの一番の幸せだ」と。

だが僕は知っていた。

養子に貰われる子供達が、どんな末路を辿るのかを。

 

時折、金持ちのアルファが、お忍びで施設にやって来る。

名目は「恵まれないオメガに愛の手を」しかし実情は、「好みのオメガの品定め」

小さくて可愛い子供を、買って帰ってオモチャにするのだ。

保護施設が聞いて呆れる、アイツらは、僕達をペットショップの子猫のように思っているのだ。

 

だから僕は、聞き訳の無い、やりにくい子を演じ、養子に貰われるのを避けた。

大きくなりすぎて、売り損ねたペットになるために。

 

そんな僕の唯一の楽しみは、日曜日の朝、教会で行われる礼拝に出る事だ。

神様を信じているわけではない、礼拝後、子供たちに配られるお菓子が目的だ。

その日も、お菓子に群がる子供に交じって、配っているチョコパイに手を伸ばした。

やっとの事でチョコパイを掴んだが、ドンと押された拍子に転んでしまい、チョコパイが潰れてしまった。

 

「あ…」

 

潰れたチョコパイだが、食べられない事はない。

大事そうにそれを拾うと、知らない男の子が近づいて来た。

 

僕は、彼を初めて見た時、天使様がいるのかと思った。

 

白いシャツにネクタイをし、サスペンダーをした黒い半ズボンに、ピカピカに磨かれた革靴。

ふわりとした髪がなびいて、僕に手を差し伸べ立ち上がらせてくれた。

 

「大丈夫?」

 

パンパンと埃をはらい、潰れたチョコパイを見て、新しいのを貰ってきてくれた。

僕は、他人にそんなに優しくされたことが無かったから、何とかお返しがしたいと思った。

新しいチョコパイを差し出し、彼に言った。

 

「これ、食べる?僕はコッチ(潰れた方)を食べるから」

「ううん、どっちも君が食べな」

 

ニッコリと微笑んだその笑顔は、とても優しく人懐っこくて。

 

「君は優しいね」

 

そう言いながら、僕の頭を撫でてくれた。

僕は子供ながらに、キュンキュンと胸が高鳴ったのを覚えている。

ユチョン、と呼ばれ、振り返った彼は友達の所へ行ってしまった。

 

子供ながら姿勢よく真っ直ぐに前を見据えるユノ兄と、その少し後ろで控えるように立ち、頭が良さそうなチャンミンだった。

3人共身なりがよく、頭が良さそうで、僕とは別世界の人間だと思った。

 

特にユノ兄は、子供ながらにどこか威厳があって、威圧感さえあった。

チャンミンも見るからに頭が良さそうで、大きな目をきらっと光らせながら、いつも悪だくみをしているようにさえ見えた。

だから、どこか二人が怖かった。

 

だけどユチョンは優しそうで、温かな人懐っこい笑顔を僕に向けてくれた。

その優しそうな笑顔は僕の心をポカポカと温かくしてくれたし、ずっとその笑顔を見ていたかった。

それからの僕は、教会でお菓子を貰うより、ユチョンと会うのが楽しみになった。

 

今まで生きてきて、こんな風に何かを楽しみにして生きるのは、初めての事だった。

 

僕より一つ年上のユチョンは、僕をすごく可愛がってくれた。

お風呂にも入っていない汚くてみすぼらしい僕の髪を撫でてくれ、手も繋いでくれた。

僕を見れば「ジュンス」と声を掛け、時に抱きしめてくれたりもした。

 

「ユチョン、どうして僕なんかを可愛がってくれるの?」

「だって君はすごく心がキレイだから。僕はジュンスが大好きだよ」

「僕…誰かに大好きって言われたの、初めて…」

「だったら僕が何度でも言う。ジュンス、大好きだよ!」

「僕も…ユチョンが好き。大好き!」

 

お金持ちのユチョンと、施設育ちの僕が話せるのは、週一度のほんのわずかな時間。

だけど、僕にとってその時間は何よりかけがえのない物だった。

大げさかもしれないけれど、初めて生きていて良かったと思える時間だったんだ。

 

神様は残酷だ。

そんな短い幸せすら、僕から奪い去ってしまう。

 

「ジュンス、養子先が決まった。来週には迎えが来るから」

 

行先は、ベータの家で、働き手が欲しいとの事だった。

僕は少しだけホッとした。

金持ちのアルファの家に貰われて、変態ジジイの「おもちゃ」にされるぐらいなら、働いたほうがマシだからだ。

 

だけど、養子に出たら、もうユチョンとは会えなくなる…。

 

幼いころから、何一つ自分の思い通りになどならなかった。

諦める事には慣れている。

 

だけど。

ユチョンには僕の事、覚えていて欲しい。

 

僕はユチョンに養子に行くことを告げるのをやめた。

きっと僕は泣いてしまうから。

ユチョンには、最高の笑顔を覚えていて欲しいから…。

 

 

 

毎週日曜日に教会に礼拝するのは、チョン家の恒例行事。

堅苦しい服に着替えて、退屈な牧師の説教を聞く、最悪な時間。

だけど、最近楽しみが出来た。

とても可愛くて、心がキレイな子を見つけたから。

 

ジュンスは施設育ちらしく、服も汚くみすぼらしい子供だった。

転んだジュンスを助け、潰れてしまったお菓子の代わりを貰ってあげた。

すると彼は、自分が潰れた方を食べるから、新しいのを僕にあげると言った。

 

僕は市販のお菓子を口にする事はないが、ジュンスにとっては恐らく週一しかもらえないお菓子。

ふるまわれるお菓子を、奪い合うように手を伸ばす子供達を、正直みっともないと感じていた。

だが、ジュンスは穢れの無い心を持っていて、とても優しい子だった。

僕たちのようなお金持ちなんかより、ずっと豊かで清らかな心を持っている。

 

いっぺんに心を奪われた僕は、家に帰ると、ジュンスに何をプレゼントしようか、そればかり考えていた。

 

「ユチョン、何をしている?」

 

兄であるユノが、お菓子やおもちゃを用意する僕に言った。

 

「ジュンスに何かあげたいんだ。何がいいかな。施設で育ったなら、きっと何も持っていないよね」

 

すると、ユノはため息をつきながら言った。

 

「物を渡すのはやめておけ。お前のつまらない満足感が、結果的に彼を傷つける」

「な、なんで…?」

「人より多くを得るという事は嫉妬や妬みを買う。それらから守る力もないくせに、軽々しく手を伸ばすな」

 

ユノ兄の言う事は最もだ。

だけど、軽々しい気持なんかじゃない!

 

幼いころから、ユノ兄はチョン家長男として崇められ、僕とは違う存在。

僕はいつも兄であるユノ兄に劣等感を抱き、満たされない乾いた思いを抱えていた。

だけど、ジュンスの真っ直ぐな目を見て、彼の清い心に心が浄化され、解きほぐされていくのが分かった。

僕には、ジュンスの存在が必要だった。

今までユノ兄に対して、決して声を荒げたり、反抗したりする事はなかったが、今回だけは引く気はなかった。

 

「僕は初めてなんだ、あんなに心がキレイな子に出会ったのは!だからジュンスの喜ぶことをしてあげたいんだ!軽々しい気持なんかじゃない!」

 

声を荒げた僕に、少し驚いた表情を見せたユノ兄だったが、優しく頭を撫でてくれた。

 

「ジュンスは、お前から何か物を欲しがるような子か?ジュンスが本当に欲しがっているのはなんだ?あの子は、ただお前と話したり、傍にいる事が幸せそうに思えたぞ」

 

ユノ兄の言葉にハッとした。

そうだ、ジュンスは僕に何かを強請ったりしたことは無いし、僕にお菓子をくれようとさえした。

僕にとって物をあげる事は簡単で、ただ感謝されたかっただけかもしれない。

ジュンスにとって一番嬉しい事をしてあげたい、忘れられないような幸せな時間をプレゼントしたい。

 

その日からユチョンは、毎日「何かジュンスにとって一番幸せか」を考えるようになった。

 

 

 

 

僕も…ユチョンが好き

 

 

 

※※※

運命の番であるユチョンとジュンスは、出会った時から惹かれ合っています。

ジェジュンがよく考えている「オメガにとっての幸せとは」

ユチョンはこんなに幼いのに、もうその境地に辿り着いています。

逆にスーパーαのユノには、そういう考え方が難しいのかもしれません。

ユスの過去、続きます。