ヒチョルは一枚の紙をチャンミンの前に差し出した。

 

「これは…」

 

それは、ジェジュンの診察記録だった。

そこには、こう書かれていた。

 

「ホルモン異常。不妊の兆候あり」

 

…ジェジュンが…不妊?

これはユチョン達と「ヒートが来ない」とオメガ専門の病院に行った時の記録か。

という事は、ユチョン達は知っていたのか?

さすがのチャンミンも、一瞬狼狽えてしまったが、そこを見逃すヒチョルではなかった。

 

「こちらといたしましても「不妊のオメガと番になる」などという最悪のケースは避けたいので。ご存じの通り、いくらアルファでも、番になればその番としか性交渉しなくなります。その番が「不妊」などという事になれば…国としても了承できません」

 

やられた!先手を打たれてしまった!

ジェジュンが不妊?そういう大事な事を、何故私に言わなかったユチョン!!

しかし国の情報網は思ったより早い…マズいな…。

 

「まさか、シム秘書に限って知らなかった、などという事はありませんよね?こんな重要な情報を知らない、考えていなかった、などと…とても大統領にお伝え出来ませんよ。もし大統領の耳に入れば、チョン家には任せておけないと仰るでしょうね」

 

うぐぐ…とチャンミンが答えあぐねていると、ヒチョルは勝ち誇った顔をした。

 

「まぁユンホ氏もお若いですし、これがただの遊びなら青瓦台の口を挟む所ではありません。然るべきお相手をご用意いたしますので、これ以上お断りされませぬよう、よろしく当主様にお伝えください」

 

もうチャンミンに反論できる余地はなかった。

 

「わかりました、当主には私から申し伝えます…」

 

青瓦台を出たチャンミンは、がっくりと肩を落とした。

 

なんて事だ…私としたことが…外堀を埋める事ばかりに気を取られていた。

まさか、ジェジュンが不妊などと考えもしなかった。

これはマズい、国はジェジュンと番になる事は決して認めないだろう。

もし早まってジェジュンを番にしてしまったら…国はジェジュンを処理するに違いない。

それだけは避けなければ…!

 

ユノ、ジェジュンと番になってはいけません!

 

ジェジュンを番にすれば…ジェジュンは、殺されてしまいます…!

 

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、旅行は最終日を迎えていた。

先日ユノからの「オメガだからだ!」という発言が気になっていたジェジュン。

だが相手はヒエラルキー頂点のユノ、細かい事を気にしても仕方がない…と思う事にした。

それより今は、楽しい旅行を満喫しよう。

 

今日は舟に乗り、ホエールウォッチングをする。

オレンジ色のライフジャケットを着たジェジュンが。ワクワクした顔を隠せずに、頬を高揚させている。

海を進む船の上、潮風がジェジュンの髪を舞い上げている。

 

「クジラさん見られるかなぁ」

「ジェジュンはクジラ見るの、初めてか?」

「初めてです!すごく楽しみ」

 

ジェジュンが船に酔わないよう、後ろからしっかりと抱きしめる。

舟の反対側では、ユチョンが同じようにジュンスを抱きしめていた。

 

クジラが来るポイントに到着し、船が速度を落とす。

周りの人達もざわざわと話しながら、クジラが来るのを待っている。

貸し切りのクルーザーで見ても良かったのだが、クジラが来た時知らない人達と一緒に盛り上がる方が楽しいかと、一般的なツアーに参加した。

 

ガイドが声をかけ、指さした方角を見ると、海面が微かに盛り上がっている。

大きなひれが水面から顔を出し、まるで手を振っているように動いた。

 

「oh~~!」歓声を上げる客たち。

「あ!ユノさん‼クジラさん来ました!」

「あぁ、ザトウクジラだ」

 

クジラが泳ぐと海面が盛り上がり、船が揺れる。

ユノはしっかりとジェジュンを抱きしめ、楽しそうな横顔を見ていた。

プシーッ!と潮を吹くクジラに、ジェジュンは小さく手を叩いて喜んでいる。

二頭のクジラが並んで潜ると、最後に尾びれが並んで出て、観客たちも手を叩いて喜んだ。

 

「あ、真下にいる!ユノさん、クジラさん真下にいます!」

「そうだな」

 

クジラは舟に乗る人間たちと遊ぶように、船の周りをぐるぐる回ったり、ちらりと顔を出したりしている。

すると反対側から歓声が上がり、見るとクジラが半身海面から出て、そのまま真横に体を叩きつけた。

 

タッパァァァ――ンッ!!!

 

その瞬間、ものすごい水しぶきが船を巻き込んで降り注いだ。

全身ずぶぬれになったが、観客たちは手を叩き、大喜び。

ジェジュンも一緒になって、笑っていた。

 

今度はもっと近いこちら側で、クジラがグイ―ンと体を出し、またタッパァァァン!と水しぶきあを上げた。

先ほどより激しい水しぶきは、もうバケツをひっくり返したようで、観客たちも大盛り上がり。

 

「ぷはっ!アッハッハッハ!!」

 

クジラ達は、それからも船の周りを泳ぎ、チラチラと姿を見せて、最後にはサービスするかのように尾びれを振って去って行った。

 

「ジェジュン、ラッキーだったな。今日のクジラ達はサービス満点だったぞ」

「そうなんですか?可愛かった~♪」

 

ずぶぬれになったジェジュンの髪を拭きながら、ユノは「ジェジュンの方が何倍も可愛いけど」と心で呟いた。

 

後ろから自分を支える逞しい腕、ふと頬に当たる盛り上がった胸筋、サングラスが誰よりも似合っているユノは、ここにいるどんな外国人よりもカッコいい♡

色々思う事もあったけど…やっぱりユノさん素敵だ。

そして自分の貧弱な腕を見て、ジェジュンは呟いた。

 

「僕も…ユノさんみたいに逞しくなりたいな。ユノさんはジムに行っているんですか?」

「屋敷内にプライベートジムがある」

「え?家の中にジムがあるんですか?」

「あぁ週二回はトレーナーがやって来て、専門的な指導を受ける」

「ぼ、僕も行っていいですか?もう少し、逞しくなりたいです!」

 

ユノの屋敷には、ジムはもちろん、映画や演劇を見られるプライベートシアターや、地下には本格的なカジノ、広大な敷地にはテニスコート、乗馬場、温室などが完備されていた。

最新の映画を取り寄せたり、役者を招いて家で観劇をしたり、オペラを愉しむ事ができる。

 

それは海外の要人を招いた時に自宅で接待するためで、全てが完璧なセキュリティの中で行えるようになっている。

自宅とは言えたくさんの人が出入りする屋敷内だが、ユノのプライベートな部屋は、更に厳重に警護されている。

ユノはそのプライベート空間をさらに広げるよう、チャンミンに指示をしていた。

限られた人物しか入れない場所…ジェジュンを屋敷に迎え入れるためだ。

 

「あ…でも、僕はお屋敷に入れないんだった…」

 

しょぼんとしたジェジュンに、ユノは笑顔で言った。

 

「今、チャンミンに言って、屋敷内のプライベート空間を広げている。俺とジェジュン、チャンミン、ユチョン、ジュンスしか入れない場所だ。ジムにも行けるようにしてやる。だからもう少し待て」

「え?僕、お屋敷に入ってもいいんですか?」

「違う。あそこがお前の家になるんだ」

 

「へ…?ぼ、僕の家?」

「そうだ。俺と一緒に暮らす家だ。嫌か?」

「い、嫌だなんて…。でも、僕なんかが住んで、いいんでしょうか」

「ジェジュンは俺と番になるんだから、当然だろ?」

 

番…その事を考えると、少し気分が重くなるのは何故なんだろう…。

ユノさんは待ってくれると言ったけど、そもそもスーパーαのユノさんが言う事を、オメガの僕が断る事なんて出来るのだろうか…。

 

今回の旅行に限らず、日々の生活において、信じられないような贅沢を当然のように享受するユノ達。

アルファに生まれたというだけで、オメガの自分とは天と地の差もあるような生活の違い。

贅沢が出来ていいじゃないか、と頭では思うのに、どこかで引っかかる、まざまざと思い知る「自分はオメガだ」という現実。

 

オメガの幸せって…一体何なんだろう…。

 

 

 

やっぱりカッコいい…♡

 

 

 

※※※

「果たしてオメガの幸せとは?」

ヒエラルキー頂点のユノと、生きてきた環境があまりに違うジェジュンは、まだ温度差を感じています。

そして二人が番になるとジェジュンが危険に(>_<)

次回あめ限ですが、いいのか?