CYグループ理事室で、副理事長のムンスミンは、秘書からの報告書を片手に震えていた。
「何ですって…?ユノがオメガを屋敷に住まわせてると…?母である私に何の報告も無しに、いつもいつもユノは勝手な事を!」
濃いメイクに大きなダイヤの指輪を光らせ、忌々しい顔で長い爪をカチカチ鳴らしていた。
スミンは、ユノの父チョンウンソクの妻であり、ユノの母、そしてチョングループの副理事長である。
江南にある高級タワーマンションに一人で住むスミンであるが、時折ユノが住む屋敷に顔を出す。
スミンも、ユノの子供に介入したい一人であり、ユノに見合いの話を持ち掛けている。
だが、ユノは一向にスミンの話を聞く様子はなく、いつも忌々しく思っていた。
「まさか…もう番になったとか言わないでしょうね」
「その事実はありません。住まいも家政婦と同じ宿舎です。従業員として住まわせていると思っていましたが、大学進学を考えているようで。一応気になって報告しました」
「そう。とにかくそのオメガの事を徹底的に調べて!勝手な事をさせないように!」
「わかりました」
秘書に強い口調で命令したスミンは、チッと舌打ちをした。
まったく…ユノときたら、母親である私を無視し過ぎよ!
青瓦台からも、子供について言及があるようだし、負けてはいられない!
必ず私の息がかかったオメガを番にさせて、チョン家の実権を握るのよ!
「どうでしたか?初めてのデートは?」
チャンミンが、ユノの機嫌を取るように話しかけてくる。
ユノはジェジュンの話になると饒舌になり、機嫌が良くなる。
「あぁ、海に行ったんだが、嬉しそうだった。初めて海を見たらしい」
「は?…初めて海を見たですって?」
「うん…。多分、今まで何にも楽しい事を知らないんだと思う。俺、ジェジュンの為に、何でもしてやりたいと思ったよ…」
ブルブルと震え出したチャンミンは、バン!と机を叩いた。
「ユノ!5日間、いえ、一週間の休みを作ります!海外でもどこでも行って、バンバン遊んできてください!」
「チャンミン!いいのか?一週間も休みをくれるなんて初めてだぞ!」
「構いません。私が何とかします!その代り、ジェジュンにとびっきりの思い出を作ってあげるのです」
「ありがとうチャンミン!!」
「しかし二人きりは心配だな。ユチョンとジュンスを同行させましょう」
「え―ジェジュンと二人きりがいいなぁ」
「何言ってんですか。部屋を別にすればいいでしょ!それにSPは手配します。ご自分がスーパーαである事を忘れないで下さい」
「まぁしょうがねぇか。でも嬉しいぜ☆」
「まずはこの旅行でジェジュンのハートをガッチリつかむのです。プレゼントも惜しみなくバンバン買いなさい。でも…楽しむのは結構ですが、まだ項は噛まないように」
「わかってる」
「その間に、私は外堀を埋める計画を立てておきます。根回しが必要です」
「分かった。ありがとうチャンミン!!」
ユノはチャンミンに抱きつこうとしたが、チャンミンにフッと避けられた。
「そういうの、いいですから」
「そう言うなよぉ~~♡チュチュ」
「ほんとーに、そういうのいいですから!」
青瓦台では、スーパーαであるユノの子供についての、秘密会議が行われていた。
大統領をはじめ、各省のトップ、そして若く優秀な大統領秘書室長であるキムヒチョルも、参加していた。
「どうなんだ?毎月人を送っているようだが」
「それが…チョンユンホ氏がなかなか頑固で。まだ子供を持つのは早いと。難航しています」
「アルファは子供ができにくい、だがスーパーαはもっと確率が下がる。今の内から仕込むのは当然だろ。彼にはスーパーαとしても自覚がないのか!ったく…若造が!」
「チョン家もそろそろ動き出すだろう。後れを取るわけにはいかない」
「ユンホ氏の子供を誰が作るかで、この先の我々の立場も大きく変わってくる。絶対に青瓦台から派遣する人間で作らせるんだ!」
重苦しい会議の中、大統領秘書室長であるキムヒチョルが言葉を漏らした。
「一つ気になるのですが。スーパーαの子供は、確実にスーパーαなのでしょうか?チョンユンホの両親はスーパーαではないでしょう?」
ユノの両親は共にアルファだ。
アルファ同士の子供は珍しいから、青瓦台もアルファ同士の子供がスーパーαになると思っていた。妊娠経験のあるアルファを送り込んでいたが、全く妊娠の兆候は無く。
ある研究で、アルファ×アルファの子供がスーパーαになるわけではないと示され。
最近はオメガも積極的に送り込んでいる。
「スーパーαの作りかたは明白ではない。スーパーαの存在が明るみになったのも最近の話だ。だが、ユンホ氏の子供というだけで確率は大きいだろう。アメリカでも研究が進められている」
「作り方…ですか…ロマンがないですね…」
「何がロマンだ。スーパーαを作ることが出来るか否かで、この国の行く末が決まる。人工的に作り出すことが出来ればよいが、それは無理なようだ。自然妊娠が必須らしい」
見目麗しく優秀なヒチョルは、大統領秘書室長であり、大統領に次ぐ青瓦台の影の実権を握っている。
ヒチョルも、チャンミンやユチョン同様アルファの中でも優秀で高位の位置にある。
そんなヒチョルからすれば、政治家や大統領と言えども、無能な輩にしか見えない。
改めて優秀さとは、地位や年齢には全く関係がなく、アルファの中でも高位の者の方が優秀なのだ。
まったく…バカばっかりだな。
自分なりに、この国をもっとよりよくするために働きたいと官僚になったが、周りがダメすぎて絶望する毎日だ。
どいつもこいつも、目先の事と、私腹を肥やす事しか考えていない。
ただ、スーパーαが国にいるといないとで、国益が全く違ってくるのはデータに現れている。
もっと違ったやりかたで、スーパーαを誕生させるべきだ。
スーパーαであるチョンユンホ氏を、種馬扱いするなど…言語道断だ。
無能な者ほど、自分を優秀と勘違いし、全てを牛耳ろうと画策する。
優秀な者からすれば、それが全て透けて見えるのに、無能な者は気づかない。
哀れにさえ思えてくる…。
その日、ジェジュンは朝から緊張し、バッグの紐をぎゅっと掴んでいた。
「ジェジュン、おはよ―‼旅行楽しみだね。あれ?どうしたの青い顔して」
「き、緊張して!僕、飛行機初めてで」
「プライベートジェットだから気楽にね。ベッドもあるから楽だよ」
「は、はいっ!」
急いで作らせたパスポートを何度も眺めているジェジュンを見て、その可愛らしさにジュンスはクスクス笑っていた。
ユチョンとユノは、仕事を終わらせてから来るらしく、ジュンス達は先に車に乗り込んだ。
「ジェジュンのおかげで、僕たちも一緒に旅行できて嬉しいよ。ありがとね~ジェジュン」
「僕は何も…。でも、いいんでしょうか。こんな贅沢をして」
「ふふっ。ユノはジェジュンに喜んでもらいたいんだよ。素直にありがとうって言ってあげればいい」
「はい。僕、本当に楽しみで…。眠れなかった…」
乗り込んだプライベートジェットは、映画などで見る飛行機内とは全く違った。
座席は大きく机があって、前方には大きなテレビと長いソファ、奥にはベッドルームもあった。
まるでホテルの一室のような空間に、ジェジュンは目を白黒させていた。
「ジェジュン、待ったか?」
「いいえ。お仕事お疲れ様です」
「久しぶりの旅行だなぁ。いっぱい遊ぼうなジュンス♡」
「うん♡楽しみ」
ユノ達が到着し、すぐに飛行機は飛び立つ。
4人とSPの2人計6人に対し、CAがちゃんといて、飲み物や食事を用意してくれる。
当然食事は、コース料理だ。
死ぬまでに一度は飛行機に乗って旅行がしたいと思っていたけど、夢だろうなと諦めていた。
それが…こんな贅沢な経験が出来るなんて。
ユノさん…ありがとう!
プライベートジェットはおろか、飛行機すら初めてのジェジュンは、何を見ても何を食べても嬉しそうだ。
ユチョン達もそんなジェジュンが可愛いのか、優しく説明したり、一緒にゲームをしたりしている。
思えばこんな風に、ただ遊びに行く旅行も久しぶりだな…。
ユノがソファに座っていると、ジェジュンがトテトテと歩いてきて、チョコンと隣に座った。
「ジェジュン、楽しいか?」
「はい!もう最高です!飛行機も初めてなのにプライベートジェットだなんて!」
ニコニコと笑うジェジュンが可愛くて、さっき飲んだワインのせいか眠くなった。
一週間の休みを作るため、チャンミンがゴリゴリに仕事を詰めたせいで、ここ数日寝不足だったのだ。
「ちょっと、膝かしてくれ」
ユノはするりとジェジュンの膝に頭を乗せると、腕を組んだまま横になった。
最初はビックリしていたジェジュンだが、そっとユノの髪を遠慮がちに撫でた。
うとうとするユノの耳に、ジェジュンの優しい鼻歌が聞こえてきた。
ジェジュンの指が、優しくユノの髪を撫でる。
あぁ…癒される……。
自分の膝の上で、スヤスヤと寝息を立て始めたユノを上から見る。
彫刻のように綺麗にかたどられた鼻のラインや、切れ上がった顎ラインをまじまじと見つめる。
ぁ…頬にキズがある。ふふ…僕が大好きな唇の上のホクロ…ゆっくり見ていられる幸せ…♡
いつも凛々しくて少し怖いぐらいだけど、寝顔は可愛いんだね…。
ジェジュンはなんだか安心して、そのままソファで眠ってしまった。
最高に楽しいです!
※※※
ユノの母親スミン登場。嫌な女の代表みたいな人です。
そしてお待たせしました、ヒチョル登場。大統領秘書室長という実力者です。
スーパーαであるユノの子供をめぐり、母親や国が画策をしています。
みんな自分の利益の為に必死です。
混沌とした世界を抜け出すように、4人で旅行に出発!
チャミは乙じゃないけどお留守番!
是非いい夜を過ごして欲しいな…♡デュフ