ユノ(20)の弟のユチョン(19)遠い親戚であるチャンミン(19)は全員アルファで、アルファの中でも特に優秀だった為、幼い頃から話が合い、仲が良かった。
そしてユチョンが子供の頃に出会ったジュンス(18)は、オメガ。
ユチョンは、ジュンスが16歳になって「番になれる年令」になったと同時に、番になった。
一般的に17歳と16歳の年で番になる事は珍しいが、ユチョンはチョン家の次男であり、ユノも認める頭の良さ、そして有り余る財力があるので問題はない。
僅か17で「番」を決めたユチョンだが、それはおそらく「運命の番」であったと思われる。
運命の番とは、アルファとオメガ間にのみに発生する特別な番。
互いに惹かれ合い、理屈抜きで「この人以外ありえない」と強く思い合える、DNAに組み込まれたかのように求めあう「番」の事。
婚姻や肉親より強く結びつくと言われる「運命の番」に巡り合えることは稀で、それはアルファにとっても最大の僥倖と言える。
ユノは、可愛い弟が「運命の番」に出会えたことを心から喜んだ。
「ただ…ジュンスが、まだ子供が出来ない事に悩んでいるようで…」
「まだ18だろ?焦るなと言っておけ」
「そうなんですが、チョン家次男と番になったわけですから…焦るのも分かる気がします」
韓国の経済を担う大財閥チョン家の存続は、国の行く末を左右するとも言われる。
直系男子の子供は「後継者」であり、その子を産む事は、番になったジュンスに科せられた大きな責務。
もし子供が出来なければ、国から強制的に番解除をされるかもしれない。
昔の王朝制度のようなプレッシャーが、現代のチョン家には確実に存在した。
「あなたにも…青瓦台(大統領府)から申し出が来ています」
「ケッ!クソくらえだ!」
「色々丁寧な言葉を連ねてますが、要するに、番でも婚姻でも外でも何でもいいから、とにかく子供を作れ!って事です」
「俺はモルモットじゃねーんだ!」
「まぁ、李教授の論文が影響してますね…」
最近、アメリカでアルファの研究をしている権威学者、李教授が出した論文が注目されている。
アルファの中でも、とびぬけて優秀な遺伝子が発見され、それを持つアルファはスーパーαと名付けられた。
スーパーαは、並外れた体力・知力・決断力を持ち、人々を導く力がある。
それはただのアルファとは比べ物にならない有能さで、その国にスーパーαがいるのといないのとでは、GDP(国内総生産)が8%違ってくるという研究結果だった。
この数字は大きく、国家として到底無視できるものではない。
国が全アルファたちに遺伝子検査を義務付けたところ、ユノはスーパーαだった事が判明した。
現在、韓国ではユノただ一人がスーパーαだ。
スーパーαは、優秀なだけに、他のアルファと比べても、子供が出来る確率がかなり低い。
しかしスーパーαの子が生まれれば、それは国の経済に大きな影響がある。
ここで青瓦台のさっきの発言「何でもいいからスーパーαの子供を作れ」に繋がるのだ。
「俺はまだ20歳だ!子供を作る年じゃねぇ」
「子育てが負担ならば、国が代わりに育てるそうですよ」
「だ―かーら―!それがモルモット扱いだって言ってんだ!」
ヤレヤレ…ユノはこの手の話が嫌いですね。
青瓦台は国家プロジェクトとして、ユノの子供を作りたがっていて、妊娠経験のあるアルファや、妊娠能力が強いオメガを探し、ユノに次々と当てがおうとしている。
果たしてこのユノが、首を縦に振るか…?振らないだろう、怒り狂うに決まっている。
あぁ…私の仕事がどんどん増えます…(涙
5年後―――。
「みなさ~ん、お疲れ様です」
「お、今日はジェジュンが食事当番だね。あの絶品チャプチェはあるのかしら?」
「もちろんです。ジュンス兄も食べに来るって」
「そうかい。学校も忙しいのに、ご苦労さん」
ジェジュンがチョン家に来てから、5年が経っていた。
ジェジュンは18歳になり、現在高校3年生。
成績も優秀で、最難関のソウル大も合格圏内、生徒会活動もやり、模範的な生徒になっていた。
生徒会の仕事をしながら、家事当番はきちんとやり遂げた。
それにより、家政婦のおばさん達にも弟のように可愛がられ、色々な話を聞けた。
チョン家が韓国経済を担う役割をしている事、そのトップであるチョンユンホは、大統領も一目置く、優秀で素晴らしい才覚を持った人物である事。
そして、従業員やオメガの家政婦たちにも、安心して仕事ができる場所を与えてくれた事。
「ここにいるオメガの女達は、訳アリが多いんだ。処理寸前になっていた人もいる。そんなオメガたちをチョン家は救ってくれた。私達はチョン家で働けることに、誇りを持っているんだ」
「ジェジュンはラッキーだったんだよ。まだまだオメガは弱い立場だから。救って下さったチョン家に、恥じない生き方をしなさい」
「うん。出来たらチョン家の役に立つ人間になれたらいいなって思ってる」
「偉いわジェジュン。よく勉強頑張っていたものねぇ」
ココはオメガの女性しかいない、いわば女の園。
ジェジュンはいつも女達に囲まれ、美肌、ダイエット、ファッション等に詳しくなった。
そればかりか、当主であるユノの食事の好み、性格、機嫌が悪い時の対処法、毎日のスケジュール、チャンミンやユチョン達との関係性等など、ユノの事に詳しくなった。
みんな助けてもらったユノに感謝するとともに、カッコいいユノ様のファンなのだ。
「へぇ~ユノさんって意外と忘れん坊なんですね?」
「そうだよ。ユノ様って仕事は出来るけど細かい事はダメなんだ。チャンミンさんがいつもフォローしてるけど、大変そうだよ」
「私はチャンミンさんが好きだわ~♡あの一見冷たそうな外見から優しい言葉を聞いただけで昇天だわよ」
「やぁだ、この人何言ってんのよ~ww」キャッキャ
女達はいつだって逞しく、かしましい。
だが、チョン家で働けることを心から喜んでいる。
ユノに会えることはあまりなかった。
正月や秋夕などの行事に、時々顔を合わせたり、庭掃除などをしている時、帰宅したユノに少し声を掛けられる程度だった。
「勉強頑張っているか?」
「はい!」
「寒くなってきたから風邪ひくなよ」
「はい!」
そんな少しの言葉でもありがたく、ジェジュンの心はポカポカ温かくなった。
パリッとスーツを着こなして、沢山の従業員やこの国の行く末さえ背負ったユノが、頼もしくてカッコよくて。
祖母の葬式の時にくれたグレーのチェックのマフラーは、今でもジェジュンの宝物。
ジェジュンにとって、ユノは憧れであり、理想の男だった。
「ジェジュン、部屋に行っていい?」
「うん。もちろん」
ジュンスは本当の弟のように可愛がってくれた。
ジェジュンの部屋で一緒にゲームをしたり、漫画を読んだり、遅くまでおしゃべりしたり。
オメガであるジュンスは、オメガだらけのこの宿舎が気に入っており、よくジェジュンの所に来た。
「久しぶりだね。僕も色々忙しくて。ユチョンについて香港に行ったりしていたから…」
「半年ぐらい行ってたっけ?僕、寂しかったよ」
「僕だって寂しかったよ。だけどユチョンとは離れたくないからさ」
「本当にラブラブで羨ましいよ。僕にもそんなふうに思える人が現れたらいいな~」
ジュンスはクッションを抱えながら言った。
「ジェジュンは好きな人とかいないの?可愛いから学校で告白されたりしない?」
「しないよー。勉強で忙しいし。…実は少し学校で浮いてるんだ」
「え?どうして?」
「チョン家に引き取られた事みんな知ってるから。オメガだからっていじめられる事はないけど、逆にあまり近づいてくれない。何かあったらマズいって思うのかもね」
「あぁ…それは仕方ないよ。チョン家の影響は大きいから」
ジェジュンがチョン家にいるというので、最初は近づいてコネを作ろうとたくさんの人間が近寄ってきた。
だがジェジュンがオメガで、従業員の寮に住んでいることが分かると、人は離れていった。
イジメられはしなかったが、チョン家と縁がないのに媚びる必要はない、下手に関わって問題になる方が面倒だ、という見解だろう。
それでもジェジュンは、家政婦のおばさん達に囲まれて、幸せな日々を送っていた。
「ジェジュンも18かぁ~。月日の経つのは早いねぇ」
「うん。でも実感がないかな。この家に来た日が、昨日の事みたいだよ」
「ちゃんと抑制剤は持ってる?気を抜いたらダメだよ」
「…も、持ってない」
「え?ダメだよ!急にヒート(発情期)が来たらどうするの?」
ジェジュンは、ぎゅっとブランケットを握りしめて俯いてしまった。
「え?まさか…。もしかして…ジェジュン、まだヒート来てないの?」
ジェジュンは真っ赤な顔をして口を結んでいた。
ヒートが来る年齢は、人によって違うが、大抵は中学生ぐらいに初ヒートを迎える。
18歳できていないのは、かなり遅い方だ。
「まぁ…遅い人もいるからね…。そんなに気にしなくても、すぐに来るよ」
「そう…なのかな…」
「悩んでたの?言ってくれればいいのに」
「だって…恥ずかしくて…」
ジュンスはギュッとジェジュンを抱きしめた。
「心配しなくても大丈夫。何でも僕に言ってね」
「ありがとう…ジュンス兄」
だって恥ずかしくて…
※※※
ユスは運命の番、そしてユノは韓国唯一のスーパーαでした。
チョン家に守られてすくすく成長したジェジュンですが、18になったのにまだヒートも来ないベイビー。
おっとりジェジュンですが、花が咲くのも近いです。