「まぁ…ちょーっと体を触られるぐらいさ」
いくら鈍いジェジュンでも、男が言っている意味は理解した。
「い、嫌です…!そんな…」
「だったらこのままホームレスになるか?バーさんは病院を追い出され、どうやって生きていくんだ?今までお前を育ててくれたバーさんに、そんな仕打ちをするつもりか?」
「…っ!」
男達に囲まれ、助けてくれる人は誰もいない。
ジェジュンは恐怖に体が震えたが、必死で我慢した。
「ま、ゆっくり考えろ。考えたところで、どうしようもないがな。また来る」
男達はそう言って、店を出て行った。
今日は店の物を壊されたり、怒鳴られたりはしなかったが、違う恐怖が体を支配した。
体の力が抜けたジェジュンは、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
この街の人達は、みんなその日、その月を何とか生きている人達ばかり。
誰かを助ける余裕なんてないし、きっと誰も助けてくれない。
逃げたくても行く当てはないし、おばあちゃんを一人には出来ない。
僕が…今度は僕が、おばあちゃんを助けなきゃ…。
ジェジュンは何とか立ち上がり、祖母が入院している病院に向かった。
たくさんの線に繋がれた祖母を見ていると、勝手に涙が溢れてきた。
ただ、治療のおかげか昨日よりは、顔色が良くなった気がする。
このまま入院すれば、きっとよくなるよね…?
「あ、ジェジュン君?大丈夫?顔色が悪いわ。ちゃんとご飯食べてる?」
「え…ぁ…はい」
「おばあちゃんね、今は落ち着いてるわ。少し顔色もよくなったでしょう?」
「うん…良かった…」
「きっと良くなるわ。だから、あんまり心配しないで」
優しい言葉に、心が少しだけ軽くなる。
ばーちゃん…ゆっくり休んで良くなってね…僕が病院代稼ぐから、心配しないで…。
次の日、店にあの男から電話があった。
「ジェジュン君、気持ちの整理はついたかな?」
「……分かりました。言う通りにします…」
「そうか、分かった。迎えに行くから」
男は嬉しそうな声で電話を切り、ジェジュンは怖くて体が震えた。
だが仕方がない、それしか方法はないのだ。
一時間ほどして、家の前に黒い車が止まった。
ジェジュンはグッと唇を噛んで、立ち上がった。
「やぁジェジュン君、君はやっぱり優しい子だねぇ」
「……」
「じゃあ行こうか。何も怖くないよ。おじさんに任せろ」
黙って男達の後ろを歩き、開けられた高級車の後部座席に乗り込んだ。
近所の人たちがハラハラした顔で遠巻きから見つめている。
ドアが閉まり、車はジェジュンを乗せて走り出した…。
「あれ?閉まってる?…んん?ねぇ!ユチョン!」
「あ?」
「なんか変だよ、店の中ぐちゃぐちゃだし」
ジュンスに連れられ、またチルソクにやってきたユチョンは、面倒くさそうに店を覗いた。
すると店の中は暗く、ガラスは割れて、机も倒れ、荒れ放題だった。
「ね!なんかあったのかな?きっと悪い事があったんだよ!どうしようユチョン!」
「知らねーよ」
ジュンスは走り出し、近くの店に飛び込んだ。
すぐに出てきたジュンスは、ユチョンの服を掴んで言った。
「どうしようユチョン!あの子、連れて行かれたって!売られたかもしれないって!」
「売られた?」
「借金だよ!借金のカタに売られたんだろうって。ねぇ!助けてよユチョン!」
「はぁ?なんで俺が…。そこまでする必要ねーだろ?」
「だって!可哀想じゃん!この辺りを仕切ってる西方派(ヤクザ)の仕業だろうって」
「ヤクザか…」
「ねぇユチョン!お願いだよ!」
「ジュンス、なんでお前…そこまであの子に?」
「だって…僕と同じじゃないか。忘れたの?僕だってあの子と同じ運命だった」
ジュンスはオメガだ。
施設育ちのジュンスだったが、養子先も同じように借金があり、借金取りがよく家に来ていた。
幼いころから知っていたユチョンが、ジュンスを助けたのだ。
「僕が今まで何かユチョンにお願いした事なんかないだろ?ねぇお願い…ユチョン…!」
ジュンスがポロポロ涙を零しながら、ユチョンの腕を掴んでいる。
番となったジュンスを喜ばせたくて、こんなへんぴな町にまでやってきた。
「美味しいスンデが食べたい、チルソクという店が美味しいらしい」
スマホで調べた店を何度も見せながら、連れて行って欲しいと懇願された。
スンデなど一生食べる気はないが、ジュンスが喜ぶならそれで良かった。
ジュンスが言う通り、あまりお願い事を言わないジュンスを、喜ばせるのは難しいのだ。
「ユチョンお願い…!」
ジュンスの涙には弱い。
ユチョンはチッと舌打ちをして、スマホを取り出した。
近くの喫茶店で待っていると、黒い高級車が、キキッと店の前に止まった。
中から長身で、かっちりとスーツを着こなした長身の男が颯爽と出てきた。
髪を撫でつけ、いつものように銀縁のメガネをくいっと持ち上げる。
「チャンミン!」
ジュンスが駆け寄り抱きつくと、チャンミンは嫌そうな顔をして、グッとジュンスの体を押した。
「悪いな、チャンミン」
「いえ…。仰る通り西方派の仕業でした。奴らが売りつけそうな相手は何人かピックアップしてます。その子の特徴は分かりますか?」
「あ…僕、この前一緒に写真撮った!」
「いつの間に…」
大きなクマが描かれた賑やかなジュンスの携帯に、ジェジュンの写真があった。
透き通るような白い肌で、女の子みたいに可愛らしい男の子が映っていた。
「なるほど…。おそらくチョ議員でしょう。ペドフィリア(小児性愛)の彼の好みドンピシャです」
「チョ議員か…」
「どうしますか?」
「どうしますかって、お前はユノ兄の第一秘書だ。俺が使っていいわけない」
「それについては許可を頂いてます。ジュンスさんの希望を叶えろと」
「ふん…。じゃあ遠慮なく。西方派の動きを探ってくれ」
「分かりました」
スマートに会釈して車に戻ったチャンミン。
チャンミンは、ユチョンの兄であるユノが、一番信頼している部下だ。
20歳ながらチョン家当主であるユノは、誰よりも威厳と存在感に満ちた人物。
チョン家率いるCYグループ、この国の中枢を担う大財閥。
その長男であるユノは、弱冠20歳でありながらグループのトップに君臨し、政治家はもちろん大統領や、他国の王族などとも交流を重ねてきた。
年令では語れない、ユノが持つオーラのパワーに、アルファでさえ目を合わせることが出来ない。
ユノと会った事がある人物は、必ず彼へ畏怖の念を抱く。
それは神や自然、宇宙や災害など、自分の手ではどうしようもない大きな力や存在に恐れおののく事と同意だ。
それほどまでに、ユノが他人に与えるオーラ・威圧感は他のアルファとは比べ物にならないぐらい強く大きい。
そのユノが一番信頼を置いているチャンミンは、秘書という立場ではあるが、ユノのオーラに圧倒されない、数少ない稀有な人物。
あまりに強いオーラの為、ユノに変わって他国や、政治家たちと交渉するのもチャンミンの重要な役目。
つまりチャンミンはCYグループのNo2でありながら、ユノの秘書にあえて甘んじているのだ。
そんな事を考えていると、有能なチャンミンから電話が入る。
「キムジェジュンの居場所を突き止めました。どうされますか?」
「相変わらず仕事早すぎだろ。この際だからチョ議員に貸しを作ろう」
「分かりました。恐らくいつものFホテルだと思います。向かって下さい」
「あいよ」
ユチョンの後ろで、キュウキュウと心配そうな顔をしているジュンスの頭を胸に抱いた。
「心配するな。俺にも利がないとな。あの変態オヤジを俺の犬にしてやる」
「ユチョン~♡」
※※※
ジュンちゃんが来てくれました!ユチョンお願い!
ユチョンはユノの弟、有能なチャンミンはユノの秘書です。
オメガはジュンちゃんだけですが、みんなに愛されています。
次回、ユノちょこっと登場