「お前は…ホントにそれで良かったのか…?」
別れ際、チャンミンが強く抱きしめてきた腕の力を、今も覚えている。
「だって……。あの人、俺とは違ってすげー名家の出身じゃん。結婚するのは…当然でしょ」
「知ってたのか…」
別れる数か月前から、チャンミンの身内から「見合いをしろ」と矢の催促が来ていたことは知っていた。
チャンミンは、曾祖父の代から会社をいくつも経営する家の息子で、世間的にも結婚は避けられなかった。
「チャンミンがね、父さんを赦せなくていい、でも自分の事は許せって言ってくれた。もう傷つくなって。それ聞いて楽になってさ。初めて自分の事見つめ直せた。不安症も改善したんだ…」
「そっか…」
「あの時、ヒチョル兄が言った言葉思い出した。チャンミンは良い奴だって言ったでしょ?良い男だって言わなかった。それが全てだと思う。あの時の俺には、あの人が必要だったんだよね…」
「チャンミンには悪いが、お前を支えることが出来るのはチャンミだけだと思った。お前の不安定な心を立て直して欲しかった。ただ、いつかは結婚しなきゃならない男を勧めた事、恨んでるか?」
「ううん。でもね…。俺、あの人の事、好きだった。うん…。好きだったよ……」
ポロリと零れた涙が、日本酒のグラスにポタリと落ちた。
「そーかぁ…お前も恋のほろ苦さを知ったか」
「苦いね…辛いよ」
「みんなそうさ。今までお前はモテすぎて、誰かを想って涙を流した事なんか無かっただろ?やっとお前もイイオトコになれたって事だよ」
「はぁ~~。ますますモテちゃうなぁ。困るなぁ~…グスッ…」
「涙も滴るイイオトコって事だ」
「ヒチョル兄は、ガ〇ン汁滴るイイオトコだろ?ww」
「コイツ!ww」
ヒチョルは思い出していた。
韓国に帰ったチャンミンと飲んだ時、あられもなくむせび泣いていた彼の事を。←世話焼き
「私はっ!ホント―に愛していたんですっ!一生一緒にいたいと初めて思えた人だったんれす!」
「そうか、そうか。辛かったな」
「結婚しなければならない事は理解してます。それまで楽しめたらいい、そう思っていた。セフレ以上恋人未満…そんな風にカッコつけていた。それがブーメランとなって、ザックリ切り裂かれた気分です」
「何もかもかなぐり捨てて、哀れにみっともなく彼に縋ればよかった。泣きながら、私を捨てないでくれと懇願すればよかった。でも…出来なかった」
「どうして?」
「…責任が取れないからです。私は彼を幸せには出来ない。ジェジュンは…私の寂しさを埋めるために存在しているわけではない。ジェジュンは、幸せになるべき人だから…うぅぅっ…(涙」
大きな体を丸めて、ジェジュンと別れた事を後悔し、エグエグと子供の様に泣くチャンミンを初めて見た。
どんな上司にも怯まない毒舌王を、こんなに小さくしてしまえるジェジュンは、ある意味すごい奴だなぁなどと思いながら、ヒチョルはチャンミンを慰めた。
ジェジュンもチャンミンも、若い頃からさんざんモテて遊んでいたが、初めて本気の愛を知ったのだろう。
そうだよな…どんなに大人になったって、愛する人を手放す辛さは同じだよな…。
「お前には悪い事をした。俺はジェジュンの心の不安を取り除いてやりたくて、お前を利用した。お前ならジェジュンに寄り添ってくれると。本当にすまん。辛いなら俺を恨め、チャンミン」
「恨むなんてよしてください。僕はジェジュンと過ごせた時間を後悔したことはありません。ただ…ジェジュンと別れなければならない事が…辛いんですぅぅぅ~」(涙
オイオイと泣いていたチャンミンの事は、ジェジュンには言わなかった。
チャンミンのせめてものプライドを、守ってやりたいと思ったから。
「どうだ?一人でやれそうか?」
「うん。今までチャンミンに助けてもらっていたけど、今度は一人でやってみたい。もっと成長して…もっと強くなりたい。誰も、傷つけないぐらい……」
「何かあったら…いつでも言えよ。俺は、お前の先輩なんだから」
「ありがと。ってかさー、さっきからずっと気になってたんだけど。その左薬指にビカビカ光る指輪」
「オモ!気づいちゃった?ウフン♡」
「まさか、ユチョン先生とヒチョル兄が付き合ってるなんてさービックリだよ」
「ふふふ」
「ヒョンの想い人はユチョン先生だったんだね。すごいなぁ。10年かけて一人の男を落とすなんて」
ヒチョルはそっと指輪に触れながら言った。
ジェジュンは、そのあと言ったヒチョルの言葉が、頭から離れなかった。
まるで、剥がし忘れたポスターが、当たり前の様にそこにあるように。
何年も心のどこかにあり続けた。
「ジェジュンや、本当に結ばれる相手とは、何年経っても何があっても結ばれるもの。それが、人の縁ってもんなんだよ……」
―――3年後。
空港に着き、ジェジュンは久しぶりの韓国の空を見上げた。
晴れ渡る青空に、白い飛行機雲が真っ直ぐに伸びていた。
もうすぐ夏が来る。
あれから3年が過ぎていた。
満を持して韓国本社から帰国命令が出て、俺は営業本部に配属となり、同期で一番の出世となった。
だが、現場に出たいと希望した所、営業一課の部長に任命された。
あの頃のシム部長と、同じ位置に立つことが出来たのだ。
韓国に帰って、母親がとても喜んでくれたので帰って良かったと思った。
シム部長は今では、取締役常務に昇進しており、あまり現場の人間とは会う機会はなかった。
「おう!ジェジュン、よく帰ったな」
相変わらず先輩風を吹かせる彼は、思った通り出世知らずで、まだ代理にもなっていない。
相変わらずデスクの上は、散らかり放題だ。
「相変わらずだな。いい加減机の上を片付けろ。それから、私は君の上司だ。敬語を使え」
「え…あ、…はい。すみません」
ジェジュンは皆を集めて言った。
「私は日本支社に4年半いた。日本支社では業務の効率化を図ると共に、シートを作り個人活動の可視化、情報共有。業績だけでなく、ミスの根絶を徹底した。それをこの一課でも実践していこうと思う」
「効率化とミスの根絶…ですか?」
「そうだ。まず初めに無駄な会議は全廃止する」
毎回何のために行われているか分からない、うんざりする長い会議が廃止されると聞いて、部下達はとても喜んだ。
しかし会議はなくなったがシートにより、個人の活動も可視化された。
つまり、仕事をしているフリは通用せず、誰の成果か、誰の失敗かも一目でわかる。
上司が部下の成果を横取りすることも、後輩に失敗を擦り付ける事も出来なくなった。
以外とスパルタなジェジュンに、部下から泣きが入る。
「こ、こんな細かいことまで…やってられません!」
「これぐらいの事が細かいと思う君が、ずさんなのだ。日本支社ではこれがデフォルトだ。このスタイルに慣れれば、成績は後からついてくる。嘘じゃないよ」
日本支社で輝かしい成績を出し続けたジェジュンの言葉は重かった。
その言葉どおり、数年後ジェジュンの下にいた部下は、みんな好成績を収めることになるのだ。
「ジェジュン。久しぶりだね」
「シム部長…いえ、もう常務ですね」
会社の屋上にあるベンチで、買ってきたコーヒーを啜る。
久しぶりの再会に、二人とも落ち着いた感情で、気持ちの良い風に当たっていた。
チャンミンが、乱れた髪を直す左手の薬指には、見慣れない結婚指輪が光っていた。
「帰って早々、スパルタらしいな」
「シム常務仕込みですよ」
ふふふと笑いながら、ジェジュンは空を見上げた。
「…おめでとう、は言いませんよ」
「あぁ。…その言葉は聞きたくないから。それでいい」
ジェジュンは立ち上がり、手すりにもたれ、外を眺めながら言った。
「チャンミン、今、幸せ?」
柔らかい風がジェジュンの髪を揺らす。
後ろ姿しか見えない彼が今、どんな表情をしているのかは分からない。
「…あぁ。幸せだと思うよ」
精一杯のやせ我慢。
だが、これぐらいはカッコつけさせてくれ。
「良かった」
振り返ったジェジュンは。
誰よりも綺麗な笑顔で微笑んでいた。
良かった
※
チャンミン、お疲れ様でした!
さぁ次回いよいよユノ登場。
大人になった彼はどんな風になったのか?
二人の再会に注目です^^