「お~~さむっ」

ジェジュンは白い息を吐きながら、手をすり合わせた。

ソウルの寒さに比べれば、まだマシなはずなのに、やっぱ寒いもんは寒いっ!

 

東京に来て一年が過ぎていた。

 

二か月前、東京支社は無事に立ち上がったが、軌道に乗るまでこちらにいる事にした。

韓国人は、シム部長と俺だけ。あとは日本のスタッフが10人ほど。

日本人は韓国人の様にせっかちではなく、最初は慣れるまでイライラした。

だが、慣れればこちらの方がミスなく、落ち着いて仕事が出来て良い。

スタッフは優秀で仕事は丁寧だし、みんな良い人ばかりで、もう家族の様だ。

 

最初、シム部長の様に日本語が話せない俺は、日本での生活に色々と不安があった。

だから、会社が用意した狭いマンションを出て、シム部長と少し広いマンションを借りて住むことにした。

仕事で疲れると、自国の料理が食べたくなるものだ。

二人で一緒に韓国料理を作っては食べ、それが最高の贅沢にさえ思えた。

 

一緒には住むが、あくまでも優先されるのは「仕事」。

気を遣わず思いっきり仕事に没頭し、その上で空いた時間に触れ合い、愛し合う。

「セフレ以上恋人未満」、理想的な優しい関係だった。

 

 

 

「お。ジェジュンが好きそうな辛いソース。買って行ってあげよう」

 

チャンミンは、慣れた様子で日本のスーパーで買い物をしていた。

今日の食事当番は自分、先日ジェジュンが作ったチゲは絶品だった。(ちょっと辛いけど)

 

日本に来て、とても自然に一緒に住むようになった。

初めて彼を抱いた時、あまりにも普通だったので不思議に思っていたら、以前寝たと勘違いしていた。

まったく…危なっかしいにもほどがある(怒

大胆に乱れるジェジュンは私の理想そのもの。私はますますジェジュンにのめり込んだ。

だが、一番優先されるは「仕事」というスタンスは同じで、いい距離感の大人の関係だった。

 

だが、私達の距離感が、少し変化した出来事があった。

日本に来て半年が過ぎた頃だ。

 

その日は二人とも激務で疲れていて、ジェジュンはダラリとソファに身を投げ出して座っていた。

 

「…っ!…はぁっ!…!…っ!」

 

急に苦しみだしたジェジュンは、マンションの窓を開け、顔を外に出して、ゼイゼイと喘ぎだした。

このままでは、落ちてしまうと思うほど、窓から身を乗り出していた。

パニックを起こしている…!

 

「ジェジュン!危ないっ!」

 

慌ててジェジュンの体を支え、顔だけを窓から出させてなだめようとするが、体中から汗を吹き出し、ガタガタ震えながら、息を吸ってばかりいる。

 

「息を吐きなさい!ジェジュン、息を吐くんだ!」」

「く、…薬…くすりっ…!」

 

幸い、すぐに落ち着きを取り戻したが、その時初めてジェジュンが、精神科に通院している事が分かった。

日本でもかかりつけの医者をつくるため、一緒に病院に行った。

その夜、彼は明かしてくれた。

 

「俺ね…第一発見者なんです」

「…?」

 

「俺の父親、自宅で死んだんです。ブランって…足が揺れてた…」

 

「怖くて怖くて。何も出来なくて。でもあの時の父さんの顔が忘れられなくて。最後に話した言葉も思い出せなくて。もっとできる事があったはずなのに。誰も助けられなくて…」

 

「大好きな父さんが変わってしまって…憎んだこともあった。大声をまき散らして怒鳴る父さんが憎くて。でも…死んで欲しいわけじゃなかった…!あんな風に…死んでほしくなかった…っ!!」

 

叫ぶように泣きじゃくるジェジュンを見て、初めて言葉にしたんだろうと思った。

幼い頃の経験がトラウマになり、心身が追いつめられると、急に発作を起こすらしい。

私は、ただ彼を温める事しか出来なかったが、これだけは言いたかった。

 

「ジェジュン…君は子供で何も出来なくて当たり前だった。父親を赦せないなら、赦さなくていい。だが、自分の事は許してあげなさい」

 

「うっ…うっ…」

 

「もう、傷つかなくていいんだ…」

 

私は一晩中彼を抱きしめ、「大丈夫だ」と言い続けた。

それから、彼とはこの話はしていない。

薬は飲んでいるが、一度もパニックを起こす事はなかった。

 

私達は、「お互いの深い部分には踏み込まない」という暗黙のルールを、踏み越えてしまった。

依存しあう関係にはなりたくないが、私はジェジュンを守りたかった。

 

結婚という概念は私にはないが、ジェジュンとは、これからも共に人生を歩んでいきたい。

そう、初めて思えた人だった。

 

 

 

「辞令…あったんですよね」

「あぁ。韓国本社に戻って来いと言われた」

 

日本に来て一年半、そろそろ本社からそう言われるだろうと思っていた。

チャンミンのように優秀な人材を、本社が放って置くはずがない。

 

「戻るんですか?」

「あぁ。ジェジュンは?戻りたいなら本社に伝えるが」

「いえ。戻りません。もう少し日本で頑張ってみます」

「……そうか」

 

先日、韓国本社に戻れという辞令があったが、ジェジュンは帰らないと言った。

 

それが彼の答えなのだと思う。

 

「セフレ以上、恋人未満」私達の優しい時間は、もう終わりが来ようとしていた……。

 

 

 

空港に着く時間だけがメールに書かれ、女王様を迎えに空港へ急ぐ。

 

「ヤッホー!ヒチョル兄!ここだよ!」

「お~久しぶりの日本だぁ~。出迎えご苦労!さぁラーメン行こうぜ~」

「いきなり?」

「ラーメン食いに来たんだモーン♪」

「違うだろ!仕事だろ!」

 

正直どうでもいい仕事を理由に、ヒチョル兄が日本にやってきた。

日本の夏は暑い暑い!と携帯扇風機を持ちながら、アニメTを着てご機嫌なヒョン←強火のヲタク

ラーメン食いに来た!と言っていたが、きっと違う。

多分、俺が心配だったんだ。相変わらず優しい先輩だ。

 

「どーだ?日本は慣れたか?」

「えぇ、会話も出来るようになったし、仕事でも困っていません。まぁもうちょっと日本で頑張りますよ」

「ふぅ~ん」

 

ラーメンを食べてからヒチョル兄が好きな秋葉原に付き合い、興味がないのでぶらぶらと外を眺めていた。

街は間近に控えたオリンピックの話題一色で、期待の日本選手の写真がずらりと並んでいた。

 

オリンピック…あぁ…もうそんな時期?

 

ジェジュンの頭に、元気いっぱいに笑った顔が思い浮かんだ。

 

『俺、絶対オリンピック行くからね』

 

日本にいると、日本選手の話題ばかりで韓国のスポーツ事情はあまり入って来ない。

ジェジュンは、スマホを開くと韓国のテコンドー出場選手の名前を検索した。

 

だが、ユノの名前はなかった。

 

そうだよね…そんな簡単じゃないもんね、オリンピックって…。

 

そのままスマホを弄りながら、ユノの名前を検索したが、何も引っかからなかった。

 

ユノ…テコンドー辞めちゃったんだろうか…。

期待されてるって言ってたのに。

 

「おまたー!次はあのガンプラショップ行く」

「ハイハイ」

 

ラーメンとアキバで、日本を満喫するヒチョル兄。

いつの間にか爆買いしたフィギアやグッズの荷物持ちになっていた。

 

「はぁぁ~疲れた。どんだけ買うんだよ!ヲタクが!」

「うるせーな。これは俺の譲れない趣味だ!」

 

文句を言いながら寿司屋で日本酒を啜っていると、ヒチョルが言った。

 

「チャンミンとは…別れたのか?」

「あ。やっぱりそれ聞きに来たんだ」

「そーだよ。一年半か?お前にしては結構長く付き合ったじゃねーか」

「まぁね。でも、そろそろ潮時でしょ。別れ際もキレイなもんだったよ」

 

「お前は…ホントにそれで良かったのか…?」

 

 

 

 

もう傷つかなくていいんだ…

 

 

 

※※※

ジェジュンのトラウマ。彼がビッチなのは、それが関係しているのかもしれません。

日本での生活で、チャンミンとジェジュンは付き合うようになっていました。

この辺はさらっと駆け足で書いていきますww

ゆの、どうした?

 

そして、皆様メリークリスマス♡

プレゼント代わりに、素敵な番外編を用意中です^^