「先生!お世話になりました!」

「ジュンス君、リハビリ頑張ったね。サッカー応援してるからね」

 

ジュンスはリハビリを頑張ったおかげで、驚異の回復力を見せ、退院してから一カ月で現役復帰を果たした。

今日は、最後のあいさつにとユチョンを訪ねていた。

 

「サッカーはもう始めてるのかい?」

「えぇ、クラブチームはまだ決まってないけど、現地入りしてチャンスを待ちます」

「現地入り?」

「南米に。一週間後には行くつもり^^」

「な、南米…」

「じゃあ先生!またねー!^^」

 

手を振り去っていく爽やかジュンスの背中を見送りながら、ユチョンは力なく手を振っていた。

 

はぁぁぁぁ…南米か…地球の真裏じゃないか。遠いぃぃぃ…。

せっかく俺にも初恋が来たと喜んだら、君はさっさと夢を追って行ってしまうんだね…。

あぁ初恋とは、なんと儚いものなんだ…初恋は実らないと言うが、本当のようだ。

君は俺にとって永遠の太陽さ。俺には眩しすぎて見えないよ…。←ポエマーユチョン

 

ジュンスに心を奪われてから、ずっと熱病に浮かされたようにフワフワしていたけど。

最近ようやく、自分がゲイである事を、しみじみ感じ出していた。

 

俺は、複数プレイは好きだが、複数の女の子を、はべらせたいわけじゃ無かった。

熱く絡み合いたい、そんな欲望があった。

 

複数でヤル時、そこにはいつも、ヒチョルがいた。

女の子と絡みながら、ヒチョルともキスをしたり、抱きしめ合ったり、触れ合ったり。

最後まではしないが、相当絡み合っていた。

 

…多分、そういう事なんだろう。

 

俺は…あいつと…ヒチョルと寝たかったんだ。

 

だけど勇気が出なかった。

親や世間の顔がちらついて、自分がゲイだと認めるのが怖かった。

だから、バイで男とも寝るヒチョルをバカにした。

自分がゲイと認めるわけにいかないから…複数で絡み合っている事にしたかっただけなんだ…。

 

「ホント…頭でっかちの…情けない男だよな…」

 

病院の中庭から、青く澄んだ空を見上げた。

ヒチョルが笑っている顔が思い浮かび、思わずユチョンの頬が緩んだ…。

 

 

 

「なんだよ、忙しいつってんのに!医者ってのはつくづく暇なんだな!」

 

いつものように毒舌を吐きながら、ヒチョルがカウンターの隣の席に座った。

今日の気分で、どこにでもある居酒屋を選んだ。

週末の居酒屋は男のサラリーマンだらけで、口々に会社の愚痴を吐き出している。

ユチョンのチョイスにしては珍しい店だが、ヒチョルはどんな店でも文句を言った事がない。

口は悪く高飛車に見えるが、繊細で思いやりのあるヤツだ。

 

「まぁそう言うなよ。ビールでいいよな」

 

ヒチョルは目の前にあったキムチをひょいと摘み上げ、大きな口を開けて食べていた。

 

「あ、分かった。初恋君に振られたんだろ」

「…よく分かったね。彼は南米に行ったよ」

「は?南米?…ハハハッ!そりゃ遠いな!だけど、ユチョンの財力なら、会いに行くのも平気だろ?」

「いくら俺でも南米は遠いなぁ」

「家のプライベートジェット使えばいいじゃん」

「バーカ。もういいんだ…」

 

ビールをグーっと飲むと、ヒチョルが慰めるように言った。

 

「ま、初恋ってのは実らないもんだから。落ち込むなよ」

 

ガヤガヤとした店だが、男が本音を漏らすのは、こういう店がいい。

 

「お前は…?ヒチョルの初恋って、どんな奴だったの?」

「初恋?そんな昔の事、忘れた」

 

店の喧騒に紛れるように、ヒチョルが背もたれに背を付けた。

 

「ヒチョルと初めて出会ったのは…お前が20歳ぐらいの時だったか…。若かったよな」

「ユチョンは25歳か。昔から老けてたよな。まだインターンの時だった」

「そうだな。どんな出会いだったっけ…?」

「プレイ仲間だろ。アンタとまともに話したの、3回目のプレイの後だったぜ」

「はっ…ただれてるねぇ。話をするより、プレイが先か」

 

ヒチョルは思い出していた。

初めは偶然に一緒にプレイをしたが、その時から気になっていた。

一目惚れだった。

次もユチョンに会えるように、自分に連絡が来るよう細工したのだ。

 

「初恋が破れて、俺は気づいた事があったんだ」

「なに?」

 

ユチョンは、自分の唇に親指を押し付けながら、ヒチョルを見つめていた。

ヒチョルが大好きな、ユチョンの厚い唇だ。

 

「俺は……お前と…ヒチョルと、寝たかったんだな……」

「………は?」

 

「今更気付くなんてバカだよな…。俺はお前を…」

「ちょ、ちょっと待て!初恋の男は?恋してるんだ~♡って浮かれてたんじゃねーのかよ!」

 

「あぁ、ジュンス君は俺の憧れのようなものだ。俺には眩しすぎて」

「はぁぁ?俺は眩しくねーのかよっ!」

 

「眩しいよ^^だが、彼の様に清くはない。でもそれは俺も同じ。ほら、水清ければ魚棲まずって言うだろ?彼が道に咲くタンポポなら、君は闇夜に咲く深紅の薔薇だ。俺は薔薇が好きだ」

「…話になんねぇ」

 

「ねぇヒチョル。俺たちお似合いだと思うんだよ。そう思わないか?」

 

……呆れた。

ついこの間まで「俺は恋を知ったんだ~♡」と浮かれ、ニヤニヤデレデレしてたくせに。

急に薔薇が好きだ?はぁぁ?俺が何年アンタを想って来たと思ってんだ!クソ!

何度一緒に寝ても、一度も俺を見なかったくせに!

男のナニをアレする気はない!と吐き捨てたくせに!

 

やっと男が好きだと自覚したら、ずっと想って来た俺を差し置いて、訳の分かんねー若い男に心奪われやがって!そん時の俺の気持ち、考えたことあんのか!

10年だぞ!10年の想いを……こんな、簡単に……くそっ…。

 

「……ヒチョル?」

 

ユチョンの甘い視線が注がれる。

いつだって、その甘い視目は別の女に注がれていて、目の前で慣れた仕草で女を抱くアンタを、後ろから見つめるしか出来なかったのに…。

どんなに焦がれても、どんなに欲しても、決して手に入らないんだと、自分に言い聞かせてきたのに。

 

今、ユチョンの甘い視線は、俺だけを見ている……。

 

10年焦らされたんだ。そんな簡単に受け入れてたまるか。

俺だって、焦らして焦らして、心をかき乱して、ハラハラさせて、眠れない夜を過ごさせて。

あの時、俺が感じたのと同じように、切ない想いでがんじがらめにして。

もう、俺の事で頭をいっぱいにさせて、俺の事しか見えなくなるように……。

 

じわじわと涙が瞳に盛り上がり、ドン!とユチョンの胸を叩いた。

そしてユチョンの胸ぐらを掴むと、ヒチョルの目からポロリと涙が零れ落ちた。

 

「ずりぃ…アンタ、ホントズルいよ…!」

 

ユチョンの胸に頭をつけて頷くと、涙がポタポタ零れ落ちた。

そんなヒチョルを、ユチョンはそっと抱きしめた。。

騒がしい居酒屋で、周りの人間が驚いて、男二人の抱擁を見つめている。

 

「遅くなってごめんなヒチョル。勇気出なくてごめん。好きなんだ…。お前が好き」

 

ユチョンがヒチョルの体を離し、ヒチョルのおでこにチュッとキスをした。

思わず周りから「おぉっ」と声が上がる。

 

ユチョンはヒチョルの手を取り、まるで王子様の様に囁いた。

 

「まずは…デートに誘う権利をいただけますか?女王様」

 

「………許す」

 

「感謝を♡」

 

手の甲にキスをしたユチョンを見て、酔ったサラリーマンたちの「おぉ~」という低い歓声が沸き上がった。

 

涙目で赤い顔をしたヒチョルを見て、ユチョンは思った。

 

こんなに可愛い人だったんだ…。

絶対に幸せにしてあげる。俺が初めて本気で惚れた人だから…。

言っとくけど…俺の本気、ヤバいからね♡

 

 

 

 

 

アンタほんとズルいよ…

 

 

 

※※※

ずっとずっと10年もの間、密かにユチョンを想っていたヒチョル。

やっと願いが叶いました。ヨカッタねヒチョル♡

このカップル、意外と好きです~^^(ノリノリで書いた)