後日、キム尚宮が「先日ジェジュンに毒を盛った事」、「先の王妃にも毒を盛った」と自白し、その全ては王妃の指示だったと白状した。

キム内宮が扱う「銀の匙にも反応しない特別な毒」は、当時の王妃の死因と一致し、ジェジュンに盛られた毒とも一致した。

そして、ジェジュンの耳が聞こえなくなった原因の毒も、全て王妃の指示だったことが判明した。

 

ユノやユチョンを始め、領議政が抑えていた証拠や、当時働いていた女官などの証言から、王妃の罪がすべて詳らかにされた。

王妃の廃妃に反対する者は、誰一人としていなかった。

 

 

チャンミンは、青い顔をして王様の元を訪ねてた。

 

「王様…母の罪が明らかになりました。私はこれ以上世子として生きるわけにはまいりません。すぐに廃して下さい」

 

ひざまずき、頭を床に擦り付けるチャンミンに、王様が近寄った。

 

「やめなさい、チャンミン。顔を上げよ」

「しかしっ…私は…」

「良いのだ。お前のせいではない。すべては私の不徳の致すところじゃ」

 

「王様…、実は兄上の意識は戻っております。世子は兄上に…」

「分かっておる」

 

「え…?ご存じだったのですか…?」

「ジェジュンから、全て聞いておる。あの子はすべてをお前に任せたいと言っている。私も同じ気持ちだ」

 

「ど、どういう事でしょう……」

 

 

 

ジェジュンが意識を失ったとされ、王様は急いでジェジュンの元に駆け付けた。

ぐったりと寝所に横たわるジェジュンの傍に座った王様に、御医は声を潜めていった。

 

「王様、世子様は意識を失ってはおりませぬ。ご安心ください」

「な、何?どういう事だ?」

 

ゆっくりと起き上がったジェジュンは、王様に深く頭を下げた。

傍に控えていたユノが、ジェジュンの手話を通訳した。

 

「王様、御心配をおかけした事謝ります。すべては私が頼んだ事、爺や(御医)を責めないで下さい」

「ジェジュンや!いったいどういう事なのだ!」

 

「すべてが終われば王様にお話します。私とユノ、そしてユチョンが長きにわたって計画してきたことを」

「いったい何を計画してきたというのだ」

 

「王様、私を廃して下さい。しかし、私はただでは廃されない。廃される時、王宮のすべての膿を出し切って廃されます」

「ジェジュン…!お前を廃する気はない!お前は王宮に必要だ!」

「チャンミンがおります。あの子は聡明で清廉な心を持った子です。王様のご意思を受け継ぐにふさわしいでしょう」

「しかし…」

 

「王様、今まで私達は多くの物を奪われてきました。王様の権威も、母上も、大妃媽媽との仲も、そして、私の音も…。失ったものは戻らない。しかし、王様の権威だけは、私達が取り戻します」

 

「な…何をするというのだ…ジェジュンッ!」

 

「まだ話せないのです。でも必ず王様の権威は取り戻して見せます。そして民が安心して暮らせる国を、王様がお造りになって下さい」

 

王様は、ジェジュンが痩せた体で最後の力を振り絞っているように見え、怖くなった。

ギュッとジェジュンを抱きしめると、ユノがジェジュンの気持ちを代弁するように言った。

 

「王様、世子様の事は私にお任せください。絶対に私が守って見せます。王様は、私達を信じてください。世子を…信じてください…!」

 

王様はジェジュンの体を離しジェジュンを見つめた。

ジェジュンは深く頷き、口の動きだけで言った。

 

(アボジ…僕を信じて…)

 

王様はもう一度ギュッとジェジュンを抱きしめると、涙がつうと頬を伝った。

 

「分かった。お前たちを信じよう。だがジェジュン、これだけは約束しなさい。決して、私より先に死んではならぬ。ユノ、お前は命を懸けて世子を死なせるな。これは王命だ。分かったな」

 

「王様、王命を承りました。世子は私が必ず守ります」

 

 

 

王様は、ひざまずいたチャンミンの手を取った。

 

「私も同じだチャンミン。私の不徳の致すところで王宮が混乱に陥り、王の権威も失墜していた。だから私はあの子が取り戻した王の権威で、民の為の国造りを行わなくてはならない。それが使命だ。お前にも手伝って欲しい」

 

「しかし…私にその資格があるとは思えませぬ。私の母は大罪人です」

 

「だからこそじゃ!私もお前も、これから国の為に尽くすのだ。母の罪を償うには、民の為に力を尽くす事なのだ。誰に何を言われても民の為に生きろ。逃げるな」

 

「それで…許されるのでしょうか。母はあまりにも多くの物を奪い傷つけました。私は、いつか許されるのでしょうか…」

「それは分からぬ。だがいつか、いつか許しが得られるかもしれぬ。それまでは耐え続けよ」

 

ポタポタと涙を零すチャンミンに、王様が優しく肩を抱いた。

 

「険しい道になる。だが耐えるのだ。チャンミン…お前ならできる」

「王様……」

 

後日、王妃には廃妃の沙汰が告げられた。

 

 

王妃は、前王妃を毒殺し、ジェジュンにも毒を盛り、耳を聞こえなくし、先日もジェジュンに毒を盛った。

全ての罪は詳らかにされ、市中にも告げられた。

街中で「王妃のような悪女は死罪が当然だ!」と民たちが怒りに燃えた。

そしてそんな女の息子であるチャンミンにも非難は上がった。

重臣からもチャンミンの世子柵封に反対の声が出たが、王様は最後までチャンミンを守った。

 

王妃は何度も王様に申し開きを願い出たが、王は一度も王妃に会おうとしなかった。

 

「大罪である。賜薬(サヤク:毒薬)を与える」

 

王宮で人が死ぬことは忌むべき事とされていたので、王妃は流刑になり、そこで賜薬を与えられる。

全ての装飾を除き、髪を下ろし、白装束(下着)を着た王妃は、廃妃の沙汰も唇をかんで受けた。

 

王の怒りは激しく、流刑地に行くまで「市中引き回し」を行うという。

牛車に乗せられ、罪状を知った民たちから石つぶてを投げられながら、流刑地に向かい、そのままそこで毒を飲まされるのだ。

 

王様…一度もお顔を見せて頂けなかった。

されど、それが貴方様の優しさだったのかもしれません。

貴方はずっと…先の王妃が亡くなってからも、私に背を向けておられた、心は先の王妃の元にあった。

もうこれ以上、王様の背中は見たくないですから…。

 

王妃は牛車に乗せられた檻に、縄をかけられ座っていた。

王宮を出る時、王妃はふと慣れ親しんだ王宮を見上げた。

絢爛豪華でありながら、どす黒い欲望が渦巻く王宮。

 

王の側室になった時、ただの女官だった自分がやっと側室になれたと天にも昇る気持ちだった。

働く必要もなく、美しい着物を着て、崇められる存在になり、自分は生まれ変わったと思った。

だが、王のそばには当たり前のように王妃(ジェジュンの母)がいた。

王の寵愛を一身に受け、たおやかに美しく、可愛らしい息子を抱き、誇らし気に立っていた。

何度王様のお渡りがあっても、私は王の傍には立てなかった、いつも王の視線は彼女を追っていた。

それはチャンミンを産んでも変わらなかった。

 

自分はただの女官上がりの側室、王妃とは立場が違う、頭では分かっているのに、許せなかった。

王子を産んだというのに、王は私を愛してはくれなかった、チャンミンをジェジュン程愛してはくれなかった。

ジェジュンとチャンミンの何が違うというのか、同じ王の子ではないか。

身分が何だと言うのだ、こんな気持ちをチャンミンには味わわせたくなかった。

 

必ずチャンミンを世子にして見せる、そして私が王妃になるのだ。

ゆくゆくは世子になったチャンミンが王になり、大妃(王の母)となる…それだけが望みだった。

 

全てはチャンミンの為…そう思いながら、いつしか自分が権力の甘い罠に嵌っていた。

 

「私は…あなたの息子であることが恥ずかしい…!」

 

チャンミンに言われた言葉が、抜けない棘の様に心に突き刺さっていた。

私がした事は、チャンミンの為ではなくただの自分の欲望…それが何より大切なチャンミンの心をズタズタに引き裂いてしまった。

後悔してももう遅い…私はそれだけ多くのものを奪った…。

 

ゆっくりと牛車が歩き出す。

惨めな自分とは裏腹に、うららかな日差しが優しく頬を照らす。

 

最後に一目、チャンミンに会いたかったがそれは許されなかった。

下働きのものが出入りする粗末な門から、人知れず王宮を出る。

ゴトゴトと牛車が揺れ、最後に王宮を見上げた時。

 

檻の隙間から、遠く離れた離宮に人影が見えた。

 

あれは…紺地の七章服…!

 

チャンミン…母を見送って下さったのですね……。

大罪人の母を見送ることをは禁じられているのに、秘かに母を想って…なんという慈悲を。

私が賜死を命じられるのは当然の事なのです。

今まで何度も毒を使い、王妃やジェジュンを苦しめてきた私が、毒を賜り苦しみながら死ぬのです。

 

チャンミン、あなたはきっと聖君になれるでしょう。

愚かな母を捨て、立派な世子様になって下さい。

 

母の望みはそれだけです……。

 

 

 

 

アボジ…僕を信じて…

 

 

 

 

※※※

王妃、廃妃決定。

愛する妻を殺された王様の怒りは収まりませんでした。

王妃はやっと最後に人の心を取り戻し、自分の愚かしさを理解しましたが時すでに遅し。

厳しい身分制度の時代、王妃の気持ちも分かりますが、やった事の責任はとらなければなりません。

しかしどんな毒親でもチャンミンにとってはたった一人の母親。

辛いチャンミンです…。