やっと来たわ!やっとチャンミン大君を世子にすることが出来る!
王様の部屋を出た王妃は、必死で湧き上がる嬉しさを押さえていたが、やっとこの時が来た!という喜びに、ニヤニヤと笑いが止まらなかった。
「母上!兄上が倒れたというのは本当ですかっ?容体はどうなのですっ?」
部屋にはチャンミンが駆けつけていて、真っ青な顔をしてジェジュンを心配していた。
「チャンミン大君、そこへ座りなさい」
「母上…」
「良いですか?やっとあなたを世子に据えることが出来ます。これまで長かった…!先の王妃が亡くなりやっと私が王妃になれたというのに、世子の席にはジェジュンが…。母は本当に辛かった。しかし、やっとあなたを世子にすることが出来るのです!」
「は、母上、何を仰っているのですか!今はそんな事を言っている時では…」
王妃は机をダンと叩いた。
「黙りなさいチャンミン!私が今までどれほどの苦労をして、あなたを世子にしようとしていたか。先王妃の子であるジェジュンが、皆の前で倒れてくれたのです。これであなたを世子に据える事に誰も反対しないでしょう。今なら、忌々しい領議政に借りを作らなくてもよいかもしれぬ。これは、千載一遇の機会なのですよっ」
チャンミンは、母親である王妃が自分を世子に据えたがっていた事は知っていたが、まさか今でもその為に画策していたとは思いもよらなかった。
「母上…兄上は、ただお一人の嫡子(正室の子)です。庶子(側室の子)である私などが世子になろうなどと…」
「何を申すかっ!今、私は正室であり王妃なのです。だからあなたも嫡子なのです!本来なら、最初からあなたが世子になるべきだったのですよ!」
「母上!それは違います。いくら母上が王妃になろうとも、王様の嫡子は兄上ただお一人。それは間違えてはいけないのです」
「チャンミン…あなたもそうなのですか?私が女官上がりだから、後ろ盾がないから、生まれが卑しいからと…母を他の重臣ども同様に愚弄するのですか!」
チャンミンの母は、前王妃お付きの女官だった。
王宮で働く女達は全て王様のもの。だから王様が女官に手を付ける事はよくあることで、男子を産めば側室になれる。
だから野心のある女たちは、何とかして王様と縁を結ぶ画策をする。
しかし同じ側室でも、後ろ盾を持ち正当な手続きを踏んだ側室と、そうでない側室(王様のお手付き)の区別はあった。
いくら男子を産んでも、王妃になっても、生まれや身分の低い者への風当たりは、拭いきれないものだった。
それは、王様の子であるチャンミンとて同じ事だった。
「母上、身に余る欲はいつか自身を滅ぼします。私は、兄上をお助けしたい一心で…」
「いい加減にしなさいチャンミン大君!生まれの卑しい私の子である貴方が、世子になれる機会はこの時を置いてないのです!あなたが世子になれれば、私が今まで味わった苦悩が報われるのです。どうか、母を助けると思って…お願いよ、チャンミン…」
母の涙を見て、それ以上何も言えなくなったチャンミン。
仕方なく立ち上がり、王妃の部屋を後にした。
領議政の家では、数人の重臣達が集まり酒を飲みながら、画策をしていた。
「なんて事だ!あんなに早く世子が倒れるとは思わなかった!まだ王妃にそれほど恩を売っておらぬ。あのメギツネがどう出るか…面倒な事になったぞ」
「領議政様、他の重臣達がひそかに直接王妃に会いに行く姿が目撃されています。奴ら…領議政様を差し置いて、直接王妃にすり寄る気です」
「このままでは、王妃の力がますます大きくなってしまいますぞ!」
「今のうちに重臣どもを纏めてしまわねば。このままでは我らの力が半減してしまう」
ふむ、と領議政も忌々しそうに酒を飲んだ。
「まったく…あの王妃は侮れない。ただの女官上がりのくせに、男子を産んだら有頂天になっておる。しかし、こんなに都合よく世子が倒れるなんて…。ん?都合よく…?」
「そうですな、考えてみれば都合がよすぎます。世子は確かにお身体が弱かったが、先日の朝参もそつなくこなしておられた。もしかして…」
「王妃が何かしたかもしれん。すぐに調べよ!」
急いで王宮に戻ったユノは、東宮へと走った。
東宮では、ジェジュンが御簾の中で、静かに横たわっていた。
「シンドン殿!ジェジュンの容体は?」
「意識がございません…。御医も今は何とも言えないと仰って…」
滑り込むようにジェジュンの枕元に座ったユノは、ジェジェンの手を取り俯いた。
ユノとユチョンは、子供の時から世子が唯一の心の許せる友だった。
欲望渦巻く王宮の中で、手を取り合い仲睦まじく勉強していた3人が思い出された。
心配でならないのだろう、ジェジュンの手を握ったまま俯いているユノを見て、シンドンは静かに部屋を後にした。
ジェジュンが倒れてから一週間が過ぎた。
一向に意識が戻らず、回復を見せない世子に、いよいよ重臣たちが騒ぎ出した。
王妃は、毎日のように王様のもとを訪ね、世子を地方で休ませろと進言し続けた。
そんな王妃にうんざりし、一人部屋で考える王様のもとに、左議政がやってきた。
「王様…重臣たちが集まっております」
「分かっておる。はぁ…あの者どもが何を言いたいのかもわかっておる。左議政はどう思う?世子を静養に出すべきか…」
「恐れながら…もうジェジュン様は世子ではいられないでしょう。お身体の事もありますし、静養なさる方がよろしいかと…」
「私は心配なのだ。前王妃の子はあの子だけだ。あの子まで失ったら…私は生きてはいけない。せめて目の届くところに置いておきたい」
「しかし、王宮とて決して安全なわけではありません。その時は息子のユノを一緒に行かせます。必ずやジェジュン様を命に代えても守るでしょう」
「…そうしてくれるか?ユノが一緒にいれば安心だ」
すると、扉の外から内官の声がした。
「王様…王妃様がお目通りに…」
王様は、はぁぁと大きなため息をつき、「出直すように言えっ!」と怒鳴った。
「はぁ…王妃も最近は自分の望みを隠さなくなってきた。あんな人だっただろうか。出会った頃は心根の優しい人だと思っていたのに。最近ではチャンミン大君を世子に!と矢の催促だ」
「確かに、次の世子候補にはチャンミン大君が考えられます。庶子とはいえ、チャンミン大君の母はいまや王妃。決して間違ってはございません」
「それはそうだが…世子があのように苦しんでいる時に、次の世子など、考えたくもない」
ユノの父である左議政は、そっと王様に近寄り声を潜めて言った。
「王様…お話がございます」
王様は、イライラと髪を掻きむしっていた。
「これからお話することは、全て王様のお考えになる国造りの為になる事だと確信しています。どうか、私共の忠誠心をお疑いになりませぬよう…」
「だから何じゃ」
「王様、大妃媽媽と和解なさってください」
左議政の言葉に、王様はギロリと目をむいた。
「何?大妃と?…それはならん!大妃は私の母でありながら、我が愛する前王妃を…毒殺したかもしれぬ。証拠はなかったものの、何も言わなかったのは罪を認めたからじゃ!廃母にしなかったのがせめてもの“子としての情”だ!」
「しかし世子様がお倒れになった今、大妃様と和解し、お味方になっていただくことが何より必要かと…」
「それとこれとは別じゃ!私は今でもあの罪は許してはおらぬ!」
左議政は、王様の手を取って言った。
「そして、どうか…世子を廃してください」
「なに?おぬしまで世子を廃せと申すかっ!いったいどういうつもりじゃ!ならん!世子は絶対に廃さぬ!世子は絶対に王宮から出さぬぞ!」
「王様…!どうか、私と右議政を信じてくださいませ!王様!」
「左議政!もう申すな!」
「王様が私を信じて下さらないのなら、私は今ここで首を斬りましょう。忠臣としてお仕えした来たつもりですが、それが伝わらないのは、私が悪いのです。さぁ、王様、どうぞ私の首を切り落としてくださいませ」
「ぐっうぬぬ…」
一番の忠臣と信じる左議政の思いもよらない言葉に、王はもう何も言えなくなってしまった。
母上…身に余る欲は身を滅ぼします…
※※※
今まで隠していた王妃の仮面が剥がれそうで、王様もイライラしております。
欲の塊の王妃と領議政の関係に亀裂が。
ユノパパの命を懸けた進言に、王様も何も言えません。
世子は廃されてしまうのでしょうか…。