小さなノック音がして、ユノは来たか…と思い立ちあがった。
少しだけドアを開け相手を確認すると、思った通りの人物が立っており、ユノはするりと部屋から出て背中でドアを閉めた。
「ジェジュンはっ?肋骨が折れたとか…」
心配で顔が青ざめたチャンミンに、ユノが冷たく言い放つ。
「ひびが入っただけだ。病院も行ったし心配はいらない」
「ジェジュンは?」
部屋に入りたそうなチャンミンに、ユノは首を横に振る。
「熱が出てやっと眠った所だ。明日にしてくれ」
部屋に入れないチャンミンの前でパタンとドアを閉めると、ユノは声を出さずに大笑いした。
あーっはっは!あの顔!悔しそうだったなぁ~。ざまーみろ~♪←悪魔
夕食が終わった頃、ジェジュンが起きた。
幸い熱は下がっており、顔色も良かった。
「食堂のおばさんにおかゆを作ってもらったんだ。食うか?」
「うん…じゃ、少しだけ…」
ユノは、ベッドまでトレイを運び、ジェジュンの為にふーふーして食べさせてやった。
何しろユノの心は親鳥なので、かいがいしく世話を焼く。そんなユノにジェジュンも面食らったが、優しくしてもらえて悪い気はしないジェジュンは、素直に食べさせてもらった。アーン
「もう、食べられない」
「もう少し食べろ。もう少しだけ…そうだ、えらいぞ」
渋々口を開けたジェジュンに、おかゆを食べさせると、ジェジュンはもういいと俯いた。
「あぁ~汗でベタベタ気持ち悪い…お風呂入りたい」
「まだダメだろ」
「ヤダ!お風呂入る!」
「しょーがねぇなぁ」
ユノはジェジュンの服を脱がせ、自分も服を脱いでシャワールームに入った。
「え?ユノも入るの?」
「お前、熱もあって足もケガしてんのに危ねぇだろ?頭も洗うの辛いだろ」
狭いシャワールームに男が二人だが、足もケガしているジェジュンはユノの肩に手を置いて、素直に従った。
頭を洗ってもらい、ボディーソープをたっぷり付けたスポンジで背中も洗ってもらう。
痛みに顔を歪めながらも、さっぱりしていく感覚にジェジュンは、はぁ…と息を漏らした。
さすがに前は自分で洗ったが、さっきからチラチラ…いやブラブラと目の端に入る黒いユノジュニアがどーしても気になる。
男同士だし、付いてるものは同じなので今更恥ずかしいとは思わないが、ユノのソレは明らかにデカく、そして黒い。
「あぁ…さっぱりした。ってかユノ…お前、デカいな…」
「見るなよっ」
「お前のが黒くてでっかいから目に入るんだよっ」
「ジェジュンのは…まぁそこそこだな」
「うるせー」
ユノは正直二人でシャワーを浴びて、もしユノジュニアが起きてしてしまったらどうしようと思ったが、ジェジュンの体についた痛々しい痣が気になり、転ばないように、痛まないようにと心配が先に立ち、とてもそんな気にならなかった。
そして軽口を叩いたおかげで、起っきする事はまったく無かった←危ない危ない
「拭くぐらい一人で出来るだろ」
「うん。サンキュー」
ジェジュンが出たシャワー室でユノもシャワーを浴びる。
シャワーから出ると、ジェジュンが顔をしかめながらバンドを付けていたので、手伝ってやる。
「ほら、足も見せてみろ」
ユノはジェジュンの足の傷を消毒し、器用に包帯を巻いた。
「ユノ、慣れてんね」
「あぁ、しょっちゅうテーピングとか巻くからな」
「ごめん…ユノのベッドで寝て…。シーツ汗臭くなっちゃったね。替えるよ」
「バカ、そんな事いいから。自分のベッドで寝ろよ」
さっきからずっと自分の世話を焼いてくれるユノを見ていると、なんだか申し訳なくなってきた。
「俺…ユノに迷惑ばっかかけてるね」
「水くせぇ事言うな。同室なんだから当然だろ」
「俺はさぁ…迷惑かけるしかできないんだよな…昔から…」
また熱が出てきたのか、ネガティブな発言をするジェジュンに、ユノはピンと鼻を弾いた。
「くだらねぇ事言ってねぇで、さっさと寝ろ」
ぐしゅぐしゅ鼻をすする音が聞こえ、ユノはため息をつきながらジェジュンのベッド脇に座った。
「運動部にケガは付き物だから、みんなケガ人には慣れてる。寮で暮らすって事は、迷惑をかけあって助け合って暮らすって事だ。お前も、誰かが困ってたら助けてやればいい」
「うん…。ゆのー…」
「ん?どうした?」
ユノは自分がこんなに優しい声色が出るのかと驚いた。
ジェジュンは目に涙を溜めたまま、恥ずかしそうに笑って言った。
「ゆのー…大好きだよ…」
ゆのー大好きだよ…ゆのー大好きだよ…ゆのー大好きだよ…ゆのー大好き……
ジェジュンがどういうつもりで言ったのかは分からないが、その言葉は何度もユノの頭の中を巡っていた。
思わず目を見開いてジェジュンを見たが、ジェジュンはもう目を閉じて眠りにつこうとしていた。
ドキドキと音を立てる胸を押さえながら、ユノは心の中でつぶやいた。
バッバカ…あいつはアメリカ帰り、「愛してる」を日常で使う国から来たんだ、大好きなんて言葉…挨拶より軽いんだ、本気にするなチョンユンホ!大好きなんて…大好きなんて…大した意味は…うっ嬉しい…!正直テコンドーで優勝した時より嬉しい…!
ユノはジェジュンの言葉を噛みしめていたが、ジェジュンはくーく―寝ており下手したら今の言葉も忘れているかもしれない…。
何を喜んでんだ俺は…はぁ…心臓に悪い……。
次の日、すっかり熱も下がったジェジュンは、元気に登校していた。
「ジェジュン兄!またケガしたんですか?」
「あぁヨングク、でももう平気だよ」
「何が平気だ。熱下がったばっかなんだから今日は大人しくしてろよ。ほら、カバン貸せ」
ユノはジェジュンのカバンを持ち、ジェジュンが靴を履くのを手伝い、食堂のトレイもユノが片付けた。
親鳥のようにかいがいしくジェジュンの世話を焼くユノを見て、みんなが笑った。
ジュンスは「俺が骨折した時と全然違う!」と少々不満げだった。
「あ~らら。珍しいな。ユノってああいうことするタイプじゃねーんだけど」
ユチョンがクスクス笑いながら言った。
「そうなの?面倒見がいいタイプかと思ってた」
「面倒見はいいけど、懐に入った人限定かな。ジェジュンは出会ったばっかなのに、随分気に入ったようだな」
「そうなのかな」
「ジェジュンはアメリカでも可愛がられたんじゃないの?」
「どうかなぁ。でもあだ名はベイビーだったかな。若く見られたしね」
あだ名がベイビーというぐらいだから、周りの男がどうジェジュンに接したかよくわかる。
姫気質は生まれ持っての物で、それは国を選ばないんだなぁ…。
「あ、そうだ、ジェジュン、今日美術部の見学来るだろ?一緒に行こうぜ」
「うん、助かる。一緒に行こう」
放課後、ユチョンと共に美術室を訪ねる。
美術室にはまだ誰もおらず、ユチョンはその隣の教官室の鍵を開けて入って行った。
「え?ここ、美術の先生の部屋じゃねーの?」
「そうだけど…俺のアトリエでもある」
「俺のアトリエ?」
「俺のオヤジ、結構有名な画家なんよ。色々この学校には寄付とか援助をしてるから…」
ユチョンの父は韓国でも有名な画家で、東方学院には多額の寄付と、将来美術系の道へ進む若者の為の支援として、数々のコンクールを主催したり、東方学院に専門の講師を招いたりしている。
美術教師もユチョンの父の紹介で赴任しているとあって、ユチョンは恩師の息子に当たるわけで。
教官室は美術室より狭いものの、たくさんのキャンバスやイーゼル、白い石膏像や画材が所狭しと置いてあった。
南館の4階である美術室は日当たりもよく静かで、アトリエにするにはいい場所かもしれない。
窓際にある大きなソファにジェジュンを座らせると、ユチョンはコーヒーを入れてくれた。
窓を開けると風が通り、グラウンドから野球部の声が聞こえて来た。
「なるほど…。ユチョンももれなく金持ちだって事かぁ‥」
「まぁ俺が金持ちなわけじゃないけど、恩恵にはあずかろうと思って」
ジェジュンは、立てかけてあったキャンバスを見てみたが、さすが有名な画家の息子だけあって、ユチョンの書いた作品は綺麗なだけじゃない、魂が込められているように思えた。
「へぇ…俺、絵の事はよく分からないけど、何か…いいねユチョンの絵。優しいけどソウルフルで。ユチョンそのものって感じ」
「そう?」
「うん…。俺、好きだな」
「ありがと。嬉しいよ」
ユチョンは木のスツールに腰掛け、髪を日に透けさせ優しい笑みを浮かべながら言った。
「ジェジュンは、絵とか描かないの?」
「俺?絵心全くなしだよ」
「ジェジュンのアボジはカメラマンだよね。ジェジュンも写真とか撮るの?」
ジェジュンは持っていたマグカップから香る香ばしい匂いを嗅いだ。
ユチョンの柔らかい空気が、今まで誰にも言えなかった心の声を、言葉に変えていく。
「子供の頃は好きだったんだ。いろんなものを撮ってはアボジやオンマに見せた。アボジが褒めてくれたら嬉しくて。オンマの写真もたくさん撮った。でも…撮らなくなっちゃった…」
「どうして?」
「俺が9歳の時、オンマが出て行ったんだ。なんで出て行ったのか怖くて聞けなかった。残ったのはオンマの写真だけで…」
「…そっか」
「ある夜、アボジが、俺が撮ったオンマの写真を一人で眺めてた。お酒飲みながら。それ以来かな…写真を撮るのが恐くなった。俺の写真がアボジを傷つけたから」
「それは…傷つけたとは言えないんじゃない?」
「ううん。傷つけた。…写真は人を癒しもするし、傷つけもするんだなって…」
ユチョンはジェジュンの横に座った。
「でも、ジェジュン、カメラ直したいって言ってたよね?」
「うん…」
ジェジュンはくるりとコーヒーカップを回し、少し微笑んだ。
「そのカメラは父さんに貰った古いカメラでさ…。フィルムカメラなんだよ。もうあんなレトロなカメラ使ってる人いないけど、なんか好きでさぁ。だから直せないかなぁって思って…」
「新しいカメラは買わないんだね」
「うん…どんどん新しくて性能がいいカメラは出てるけど、そういうんじゃなくてさぁ…」
「うん…分かる気する。そのカメラで撮る事に意味があるんだよな」
「そう。キレイな写真が撮りたいわけじゃないんだ…」
ユチョンは、ジェジュンの髪をクシャリと撫でた。
「写真…もう一度、やってみなよ。また違った風景が見られるかもよ?」
「ん…そうかな…」
窓から入る風も、ユチョンの声も優しくて、ジェジュンは思ったより自分が素直になれている気がした。
ユチョンって…不思議な奴だな…そう思った。
大好きだよーゆの…
※※※
小悪魔がサラッと「大好き」なんて言ってユノが喜びを噛みしめてます。惚レテマウヤロー!
ジェジュンとユチョンの柔らかい時間を書くのが好きです。
ユチョンは絵画、ジェジュンは写真とこの二人は芸術肌。
ソウルメイト健在です^^