いつものように朝早く起き、朝食の準備をする。
今日は何にしようかな…ジュンスが好きなホットサンドにしようか…。
タンタンタンタン…。
キャベツを千切りにする音が響き、卵を焼くといい匂いが店中に充満した。
ジェジュンの営んでいる食堂は、以前も食堂だった。
しかしジェジュンが引き継ぐことになり、モダンな雰囲気に改装した。
大きなガラス窓とガラス戸は、こげ茶色の木枠がレトロな雰囲気で、目隠しにアイボリーのカフェカーテン、テーブルや椅子はクルミの木で、チェストや棚も木の素材。
席数は4人掛けで7席だが、常連はカウンターに座ったりする。
店の外には小さなレモンの木があり、その前にはピョンサン(縁台)があって小さな花壇には季節の花が咲き、今は桔梗やゼラニウムが目を楽しませている。
朝ごはんの準備が整ったら、毎朝花壇に水やりをするのがジェジュンの習慣だ。
「さぁ~水やりしようかなぁ」
ガラリとガラス戸を開けると、店の前のピョンサンにドロドロに溶けたオカマが3人肩を寄せ合って寝ていた。
「…アイゴー…まただ…」
夜はバッチリメイクのクイーンさん達も、朝になると化粧が乱れてドロドロになっている。
この辺りでは、酔い過ぎて乱れたクイーンさんやオカマさん達を「溶けたオカマ」と言う。
「ちょっと―!起きてください!なんでいつもココで寝てるんですかっ」
ジェジュンがプリプリ怒りながら言うと、溶けたオカマ1のシンドンが「ォウェッ」とおっさんの咳払いをした。
すると溶けたオカマ2のイェソンとヒチョルが、手をブルブルさせて言った。
「お―ジェジュンや…もやしスープ…」
ジェジュンははぁ~とため息をつくと、ガラス戸を開けて3人を中に入れた。
スタタタ!とあっという間にもやしスープを作ると、3人の前にドンドンドンッ!と置いた。
「はい!どーぞ」
「うはぁぁ~飲み過ぎた朝には、ジェジュンのもやしスープが最高~」
「胃にしみるねぇ~ズズズ…」
スープをすする3人を置いて、ジェジュンはジュンスを起こしに行った。
入れ替わりで厨房に下りてきたアジュマが、じろりと3人を睨んだ。
「ジュンスや—!起きて!」
「う~ん…むにゃむにゃ…」
「今日はジュンスが好きなホットサンドだよ!」
「えっ!マジ!やったー!」
「顔洗って歯磨いて降りといで!」
たっぷりのバターで焼き上げたホットサンドのいい匂いが充満し、ジェジュンがサンドとサラダと冷たいジャガイモのスープを持ってくる。
寝ぐせ頭のジュンスが嬉しそうに机に座って、ホットサンドを待っている。
「いっただきまぁーす!」
ガブリとかぶりつくと中から溶けたチーズがとろりとして、ジュンスが零さないようにすすっていた。
ジェジュンとジュンスはニコニコと笑い、アジュマはいつものように笑わないが美味しそうにサンドを食べていた。
ジェジュンとジュンスとアジュマの3人、朝日が降り注ぐ中のいつもの朝食風景。
「堅気さんの朝食風景は眩しくて目にしみるわねぇ…」
溶けたオカマの3人は、いつの間にか頬が綻んでいた。
「行ってきまーす!」
「車に気を付けて!」
「お~ジュンスしっかり勉強しろよ~」
ジュンスは解けたオカマたちにも手を振って元気に学校へ走って行った。
アジュマは市場に買い物に出かけ、まだダラダラしているヒチョルたちをほっといて、ジェジュンは店の仕込みを始めた。
「うぃ~っす」
「あ、ジョンファンおはよう」
金髪の髪を立てて、アイドル顔負けの甘い顔立ちのジョンファンはこの店のアルバイトだ。
歳は24でジェジュンと同じだが、彼はこの辺りでは有名なチンピラだった。
威勢はいいがヤクザにもなれない小心者で、市場のおばさんたちからもバカにされていた。
こらえ性が無く、手癖も悪く、どこに行っても勤まらなかったジョンファン。
しかしジェジュンに拾われてからは、真面目に働いている。
「あ~またオカマがこびりついているよ」
「うるせぇな、ジョンファン。お前、ジェジュンに迷惑かけんじゃねーぞ」
すっかりメイクがとれてしまったシンドンはただのおじさんで、その迫力にジョンファンも小さくなる。
「俺は生まれ変わったのー。さ、仕事!仕事!掃除するから出てってくださいねー!」
箒を持ってオカマ3人を店から追い出すと、ジョンファンは大きくあっかんべーをした。
「ジェジュン、あの3人からお金取ったの?いつもただ飯じゃん」
「ヒチョルさんはいつも、店に色々持ってきてくれるから。この前もお客さんに貰った高級マンゴーやアワビもくれたんだよ。お世話になってるんだからいいの」
「え?高級マンゴー?俺、喰ってないけど…」
「ジョンファンの分もあったんだけど、ジュンスが食べちゃったんだよ~アハハ!」
「くそー!あいつめ!もうお菓子買ってやんねーぞ」
ジェジュンの店は本来夜の営業がメインだが、最近はランチ営業もしている。
ランチのメニューは2種類。
定番のチゲ定食と、日替わりランチ。
今日の日替わりは、かつ丼定食。
「ジョンファン、掃除終わったら、もやしとニンニクの下ごしらえしといて」
「はいよ」
ジェジュンの店のメニューに目新しい物はない。
どれも、どこかで食べたことのある懐かしいメニューだ。
しかし、その素朴であり懐かしい、母の味のような温かい食事は、老若男女問わず人気が高い。
観光客はあまり来ず、地元に愛される店だった。
店の裏口が開いて、アジュマが買い物してきたものを持ってきた。
男より力持ちのアジュマは、若い頃柔道の選手で、国体にも出たことがあるとか。
体もレスラーのように大きく、顔はごつく、大きな胸と結んだ髪がなければ男性に見えるだろう。
ヒジュという可愛い名前があるが、その名前を呼ばれるのを嫌うため、アジュマと呼んでいる。
その無愛想と険しい顔つきから仕事をクビになる事が多かったが、ジェジュンはアジュマをとても信頼している。
料理の腕もいいし真面目だし、愛想が無いだけでとてもいい人だとジュンスも懐いている。
2階の居住スペースの一室に寝泊まりし、住み込みで働いている。
「アジュマが買い物に行くと、いつも新鮮でいい物が揃ってるね~さすがだね^^」
ジェジュンがそう褒めると、アジュマが珍しく顔を赤くした。
「ジェジュンが行ったら舐められるからな、アジュマが行ったほうがいいよ。顔怖ぇーもん」
ジョンファンがケラケラ笑うと、アジュマはジロリと睨んだ。
「ジョンファン、またアジュマに背負い投げされるよ」
「やべー」
慌てて逃げ出したジョンファンに、ジェジュンは笑った。
以前、店の売り上げに手を付けようとしたジョンファンを見つけたアジュマが、問答無用で背負い投げしたことがあり、ジョンファンはそれから店に売り上げには手を付けなくなった。
もうクビにしろ、という近所の人の助言を無視し、ジェジュンはジョンファンを雇い続けている。
ジョンファンも真面目になり、最近ではここで働くことを楽しんでいるようだ。
燦燦と朝日が降り注ぐ明るい店、決して豪華ではないが清潔でキチンと整えられた店。
テーブルには季節の小さな花を飾って、いつも美味しい匂いがしている店。
この店はジェジュンが、一生懸命作った店だ。
親のいないジェジュンが、たくさんの人の手を借りて一から作り上げたジェジュンの城。
血と汗と涙が詰まった、自分の分身のような店。
ジェジュンはこの店を愛している。
それは一人息子のジュンス同様に、大切な大切な場所なのだ。
大切な大切な場所
※※※
もうネタばれしてましたが、ジュンスはジェジュンの一人息子。
え?歳が若すぎる?
ジュンスはジェジュンが16歳の時の子供です。
登場人物の紹介を駆け足でやってます。ついて来てねー♡