「若、先日お話した土地の資料です。あと、夕方チャンミンさんがいらっしゃるとのことで」
「分かった。こっちはシウォンお前に任せる」
あの日、ジェジュンを抱いた日から数か月が経っていた。
忙しい毎日の中で、ユノはこれからの事を考えていた。
若頭を降り、一企業人として生きる。
それを父親である組長に言うため、ユノはあらゆる準備をしていた。
チャンミンにその話をした所、理解を示してくれて協力をしてくれることになった。
今日も二人で打ち合わせを終えた後、お気に入りの料理屋で酒を酌み交わしていた。
「あの裁判はもう問題ないでしょう。あと、傷害で訴えられていた件もカタが付きそうです」
「あぁ、ありがとう」
チャンミンの仕事は多岐にわたる。
裁判や、債務整理や、法律上どこまで行けそうだなどの細々した相談。
組員の傷害や薬物などの弁護や、リスクヘッジを踏まえた契約書の作成、新規事業の法律的観点から見たチェックなど。
ほかにも数人の弁護士を抱えているが、チャンミンは特に優秀で、ユノ専属という暗黙の了解がなされている。
「それで?どうするつもりですか?若頭辞めます、それで通ると思いますか?」
「思わねぇ。俺は組の稼ぎ頭だ。簡単に手を放してくれるとは考えられねぇ」
「それで?シウォンを代わりに立てて、今と変わらない事をアピールするつもりですか?しかしそれはいささかお粗末というか、組長を舐めているというか…」
「クソ…言いにくいことをはっきりと…」
「この件は私にも大きく降りかかってくる問題です。アンタの心づもりを良く知らないと、私にも火の粉がかかってきそうだ」
ユノは飲んでいた焼酎のグラスをコトリと置いた。
「企業だって、トップが変わっても変わらず売り上げを伸ばしていけるだろう?それと同じだ。そもそも俺の会社は合法な事しかやってねぇ。だから絶対できるはずだ」
「まぁ…確かにそこは認めます。しかし、それこそ企業と同じで、トップの求心力が企業に大きな影響を及ぼしているとも言えます。果たしてシウォンにそれだけの力があるかどうか…」
「チャンミン、立場が人を作るんだ。シウォンだってその立場に立てば自ずと力がついてくるもんだ」
「…しかし、結局ヤクザはヤクザです。アナタと同じように彼が出来るとは…考えにくい」
「そんなこと言ってたら一生ここから出られないだろっ!協力すんのか?しねーのか?」
チャンミンは不敵にクスリと笑った。
「ちょっと図星をつかれると声を荒げる癖、直した方がいいですよ。一般人になりたいのならね」
「クソっ!」
また痛いところを突かれて、ユノがプっと膨れて酒を煽った。
誰もが恐れる光州の虎、「光栄会」の若頭チョンユンホと言えば、誰もが恐れて道を開けるというのに。
可愛い所がある人なんだよなぁ…。
しかしユノ兄が突然組を抜けたいと言い出した時は驚いた。
冷静かつ冷徹に、まるでコンピューターのように金を稼ぎ出し、裏切りやウソ、契約違反などにはまるで血も涙もないような鉄槌をくらわす。
良くも悪くもヤクザのお手本のようなこの人が、そんなことを言い出すなんて全く理解が出来なかった。
かく言う自分も、この求心力に惹かれてやってきた一人。
お気楽な法律事務所で先輩弁護士の下働きばかりの毎日より、自分の力を発揮できて、その分きちんと報酬を払ってくれるこの人の下は、思いのほか楽しかった。
しかし、ユノ兄が組をやめるというなら、自分がここにいる意味はない。
俺は「光栄会」に惹かれて来たんじゃない、チョンユンホと仕事がしたくて来たんだ。
ユノ兄が本気で組を抜けるなら、自分の身の振りを考えなければならない。
きゅっと酒を煽ると、珍しくユノ兄が酌をしてくれた。
「チャンミン、俺がいなくなってもお前には…」
「無理です。あなたがいないなら辞めます」
「それは困る。お前にはシウォンをこれからも支えて行って欲しい」
「私は組の人間じゃありません。あなたと契約を結んだ。あなたの組と契約した覚えはない」
「それは違うぞ。お前は俺の会社と契約を結んでいる。お前の雇い主は会社だ。代表がシウォンになれば、お前のクライアントはシウォンだ」
「いいえ。私は貴方個人と契約しています。そして契約内容が変わった時には、私はその契約を破棄できるようになっています」
「え?ウソだろ?」
「契約書をよく読まないあなたが悪いんです。とにかく私は私の一存でここにいて、いつでも辞める事が出来るようになっている」
「マジかぁ~…まいったな」
「アンタ、法律家を舐めてますね。私が自分に利がない契約を結ぶわけないでしょう」
ユノは頭を抱えた。
自分が組を出るのも難しいのに、チャンミンも辞めるとなると組はまずます俺を手放さないだろう。
せめてチャンミンは組に残るからと言えば、上手くいきそうなものを…どうするか。
チャンミンに脅しは通用しないし、したくもない。
ここは、自分の真心を伝えるしかない。
ユノは机に頭をこすりつけるように頭を下げた。
「チャンミン、頼む。俺が辞めてもお前は会社に残ってくれ」
チャンミンは「光栄会」の若頭が頭を下げている様子を、顔色一つ変えずに見つめていた。
「ソコなんですよ、何故あなたはそこまでして組を抜けたがるか。私はずっと疑問に思っていました。もしかして女でも出来ましたか?」
「女じゃねぇ」
「じゃ、なんなんです?」
「男だ」
「は?」
チャンミンはユノからすべてを聞き、はぁ~っとため息をつきながら首を横に振った。
「全くアナタという人はいつも私を驚かせる。相手が男だという事にも驚きましたが、相手があのキムジェジュンとは。彼はアジアの宝石と言われる国内外でもトップスターですよ?」
「アイツはトップスターじゃねぇ。俺の元恋人だ」
「ハッ!まさか!」とチャンミンはバカにしたように笑った。
全く動じないユノを見て、チャンミンは目を大きく見開いた。
「…まさか、マジですか?いやいやいや、ウソですよね?」
「お前が会社に残ってくれたら、あいつに会わせてやるよ」
「えぇーーーっ!マジ、ですか…あ。ちょっと待って。もしかして光州のあのマンションを建てるとき、あの小さな倉庫を残したのは…」
ユノは焼酎を飲み干すと、小さなショットグラスをくるりと回しながら、何かを思い出すように笑った。
チャンミンはそんなユノを見ながら、ひたすら自分の頭の中のコンピューターをめぐり巡らせていた。
※※※
始まりました、サンキュー♡
いきなりのチャンミン登場ですが、この男が後にキーを握ってきます。
ユノはジェジュンの為に任侠の世界から足を洗う覚悟です。
その為にはチャンミンの力が必須なのです。