ジェジュンが出演したCMがテレビで流れた。
CMはドラマ仕立てになっており、小さな男の子が主役だった。
たおやかな音楽に乗せて、可愛らしい男の子が少年になり、大人への階段を上ってゆく。
台詞は一切なく、映像と効果音と音楽のみ。
やがて少年は、子供と大人の狭間、危うい魅力を持った青年へと成長する。
その青年が、ジェジュンだった。
おそらく田舎を出て都会へ一人でやってきた。
殺風景な安アパートだが、今日からここが彼の城だ。
引っ越しが済んで、窓辺に腰かけ、ふと夕暮れの街へ視線を落とす。
映像では、ずっと後ろ姿しか映らず、彼は持っていたペットボトルを開けて、一口、口に含む。
カットが変わり、夕焼けのオレンジ色に照らされた、ジェジュンの横顔がアップになる。
夕暮れの涼しそうな柔らかい風が、彼の癖の無い髪を少しだけ揺らしている。
これからこの町で暮らしていく。
新しい環境へ向かう希望と不安が入り混じった、絶妙な表情をジェジュンが上手く表現している。
潤んだ大きな瞳に、夕焼けが写りこみ、瑞々しい若さと、若者ならではの憂いが前面に押し出される。
美しい。
それ以外の言葉が無いほど、ジェジュンは綺麗だった。
余計なもので飾り立てる必要なんかない。
むしろ何もなく、芸能の世界に浸かっていない無垢な姿が新しく感じ、透明感を増幅させている。
切れ長の大きな目が、言葉より雄弁に心情を語り、とても印象的なのだ。
彼がそこに立つだけで、それはドラマになる。
ジェジュンが写ったのはその一瞬だったが、それで十分、彼の美しさを引き出していた。
それどころか、その一瞬の美しさにひきこまれた視聴者は、もっともっとと彼を欲するだろう。
CMが流れてすぐ、世間はジェジュンに飛びついた。
あのCMの人、ちょーイケメンなんですけどーと、女子高生が騒ぎ出した。
あの可愛い子はいったい誰なのっ?と二丁目界隈も騒ぎ出した。
ジェジュンを特集する雑誌も現れ、ジェジュンが写ったポスターは、彼を求めるファンにより盗まれて、一晩で街から姿を消し、それがニュースとしてワイドショーなどで取り上げられた。
ドラマ仕立てになっていることから続編を望む声が上がり、話題性の高さから、CM効果はいかほどかと計算する学者まで現れた。
あれよあれよと言う間に、一躍ジェジュンは時の人になった。
「チャンミン、今日は何食べたい?昨日鍋したから肉が残ってて、どうすっかなぁ~」
「肉、いいですね!肉、食いたいです」
「分かったよ、肉だったら何でもいいんだな、お前は」
ジェジュンは相変わらずだった。
事務所から、忙しくなると告げられるものの、その生活はいたって普通で何も変わらなかった。
チャンミンがキッチンへ向かい、ジェジュンの手伝いをする。
それもいつもの光景。
やっと出張から帰り、仕事にめどをつけたユノがジェジュン家に訪れる(大量の土産持参は必須)
まるで家族のように迎えられ、我が家のようにソファで寛ぐユノに、もう違和感はない。
「ジェジュン、リハビリ行ってんのか?」
「う~ん、この前は時間が無くて飛ばしちゃったんだよね…先生に怒られそうで怖いなぁ」
「それはちゃんと行けよ。自分のためだぞ」
「うん分かってる。ありがと。ユノは?何食べたい?」
「俺も肉」
「……聞いた俺がバカだったよ」
ユノは仕事を調整し、時間を作っては、ジェジュン家に入り浸っていた。
とはいえ、ユノも仕事が忙しい身だから、どうしても時間が作れない時は、ユチョンやヒチョルに連絡を取り、ジェジュンの近況を聞きだしていた。
全く過保護な事で。
ユチョンもヒチョルもそう言いながら、ジェジュンには内緒で、心配するユノに色々と協力してくれていた。
いつの間にか、ヒチョルとユチョンは、ユノとは昔から知っている親友のような関係になっていた。
「今日は?ジュンちゃん来るの?」
「来るって言ってましたよ?遅いなぁ」
ジュンスは早々と推薦で大学を決め、大学に入ってもサッカーを続けるらしい。
今は地元のサッカーチームで練習を続けている。
ジュンスもユノと同様、この家のご飯に誘われて、時々やってくる。
「そう言えばジュンちゃんサッカー続けるんだろ?プロになったりするのかな?チャンミン何か聞いてる?」
「出来ればそうしたいみたいですが、甘い世界じゃないですからね。いろいろ考えてるみたいですよ」
「ユノは?なんか聞いてない?」
「あぁ、単身でブラジルへ行く事も考えてたみたいだが、大学に行けと勧めたんだ。学校からも進学を勧められてたしな。プロで食っていけるのは、ほんの一握りの選手だけだからな」
「厳しい世界だねぇ。いつも、うきゃんうきゃん言ってるだけじゃなかったんだね」
「ジェジュン兄~それ、なにげにひどいっすね」
ジュンスはユチョンに懐いていて、何かと個人的に相談したりしているようだ。
「ジュンスの場合、そんなに体格にも恵まれてるわけじゃないし、スカウトの目にも止まりにくいしね。まぁ大学からプロへってこともあるから。まだ諦めるには、早いっすよ」
「そっか…。でも大学に行くなら、また応援に行けるね」
「ダメですよ。ジェジュン兄が応援なんかに行ったら、大騒ぎになるでしょう?」
「え?何で?」
「は?CMまで出た人が何言ってんですか?そんなことしたら迷惑がかかるでしょう?」
「え?応援に行っちゃいけないの?」
「はぁ?自分が有名人になったって自覚あります?」
「…あぁ~それでか。今日スーパーでネギ選んでたら、女子高生みたいのが数人寄ってきて写真撮ってくださーいって言われて撮ったっけ。そういう事か」
「え?まさかジェジュン兄、ネギ持ったまま写真撮ったの?」
「だって、すっげー勢いで、速攻で撮って逃げられたんだもん」
「ブハッ!ハッハッハ!!だっせ~!その写真今頃SNSで出回ってんじゃね?」
ユチョンが笑いながら、携帯を弄りだした。
「こんばんは~。おじゃましまっす!」
ドカドカと上り込んできたジュンスは、チャンミンとハイタッチし、ユノにお尻をはたかれていた。
「ジュンちゃんいらっしゃい、手洗っておいで」
「は~い」
まるでオンマと子供だなとユノが思っていると、ユチョンが携帯を持って爆笑していた。
「ユチョン!なになに?どうしたの?」
手を洗ったジュンスが、ユチョンの隣りに飛び込むように座る。
「おぉジュンスや。これ見てよ。プッ!」
「あ!アハハ!なにこれ!」
うきゃんうきゃんと大騒ぎの二人にチャンミンが、どれどれと携帯を覗き込む。
「あっ!あっはっは!ジェジュン兄―これはだめです~あっはっは」
ジェジュンと聞いて、ユノも大きな体でダッシュし、ユチョンの携帯を覗き込んだ。
「…ぶぶっ!確かにこれはだめだろ~」
やっと自分の事で笑っているんだと気付いたジェジュンが、なんなんだよと、難しい顔をしてやってきた。
ユチョンがおもむろにジェジュンに携帯を見せると、そこには誰かのSNSの投稿写真があった。
スーパーの野菜売り場で、顔は隠してあるが女子高生らしき数人の真ん中に、ジェジュンが立っていた。
片手にスーパーの籠、片手にネギを持ち、困った顔で佇んでいた。
その情けなく引きつった笑顔は、CMで見せる瑞々しいイケメン青年の欠片もなく、ただただ困った顔のノラ猫のようだった。
「あー!何だよ、これぇー」
ジェジュンの言葉に、また一斉に笑いが起こり、ユチョンもチャンミンも手を叩いて笑い、ジュンスはゲラゲラ笑い過ぎて椅子から落ちていた。
笑い過ぎだ!と、プリプリ怒るジェジュンと、それを見てまた笑う兄弟たち。
いつもジェジュンには弟たちがくっついていて、なかなか二人きりになれない。
でも、弟たちと笑いながら楽しそうにしているジェジュンを見るのも、ユノは好きだった。
とても幸せな空間だと、ユノは思った。
※※※
なかなか二人っきりになれないと、ぼやくユノですが。
そんな事言ってる場合じゃないゾ。
次回、ユノとのバトル勃発。その相手とは…?