「今回このCMに抜擢された期待の新人、キムジェジュンさんです!!」
気が付いたら、紹介が始まっていた。
ジェジュンは弾かれたように立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「まったくこの世界は初めてで、ご迷惑かけるかもしれませんが精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」
拍手と共に、和やかな空気に包まれた。
だが、一瞬にしてその空気が張りつめたものになった。
監督の紹介になると、スタッフが長々と過去の偉業を連ねた紹介とともに、監督の名前を呼び拍手を求めた。
拍手の中、監督は小さく手を挙げた。
「今回、何の因果か素人と仕事をすることになっちまいましたが…みんな、よろしく」
ん?素人って俺の事だよね?
アレ?いきなりのアウェイなのかな?
思わずヒチョルの顔を見ると、ヒチョルがジェジュンのキョトンとした顔を見て、プッと噴き出した。
ピリッと張りつめた堅い空気に、スタッフが慌てて他のスタッフ紹介を始めた。
打ち合わせが始まり、助監督さんがコンテを手に説明を始めた。
ジェジュンはここでシンドンが言ってくれるかと期待していたが、シンドンは口を閉ざしたままだった。
休憩に入り、ざわざわとする中で、ジェジュンはシンドンに詰め寄った。
「シンドンさん…この走るシーン…僕、出来ません」
「…ジェジュン君、それなんだが、少しぐらいなら出来ない?ちょっと駆け寄るだけだから…」
「出来ないです…最初にお話ししたはずです…そういうシーンはないからって…」
「監督が急に変わったんだよ。あの監督はとても有名な方だ。これから活動するにあたっても、一緒に仕事することは必ず君のプラスになる。ずぶの素人が監督に意見なんて、出来るわけないだろう?」
「そんな……」
二人ですったもんだやっていると、後ろから低い声が聞こえてきた。
「素人の君が…俺の演出にケチつけてるのか?」
ざわついた会議室が一気に水を打ったように、しーーーーんと静まり返った。
「いえ、そういう事ではな」
「最近の新人は随分と偉いんだなぁーーー!」
言いかけた言葉を、監督が大げさに遮る。
「あの…そうではなくて…実は…」
「おいっ!助監督!新人が俺の演出が気に入らないそうだ!話聞いとけ!!」
監督はそう言い捨て、そのまま出て行ってしまった。
とたんにざわつきを取り戻す会議室で、シンドンが青い顔をして監督を追いかけた。
はぁーと天井を仰ぐと、助監督がやってきて、厳しい声で言った。
「何やってるんだっ!君もさっさと追いかけて謝罪してこい!!」
ジェジュンが歩いてシンドンの後を追うと、
「さっさと走れ!」
と怒号が飛んできた。
…だからぁ…走れないんだっての…。
ジェジュンはそのまま歩いてシンドンの姿を追った。
「シッ…シンドンさぁ~ん」
やっと追いついたジェジュンは、歩いていたのにもかかわらず、かなり息が上がっていた。
「ジェジュン君…」
はぁはぁと荒い息を吐きながら、ジェジュンが膝から崩れ落ちた。
「おっおい!大丈夫か?」
「だか…らぁ…俺…ハァ…走れ…ないっ…て…」
途切れ途切れに答えるジェジュンの背中を摩ってやる。
ジェジュンは壁に凭れたまま、息を整えていた。
「そう…言ってたね、走れないって。ごめんね。僕がだらしないばっかりに」
「…ってか…監督が…怒ってたのはぁ…、ハァハァ…そんな事じゃない…と思う…」
「え?」
シンドンが驚いた顔をすると、ジェジュンは座り直し、やっと整った息で話しはじめた。
「監督が急に変わったんでしょう?その事で何か気に入らないんじゃないかな…。だって全くの新しい飲料水って事で、わざわざ新人発掘までしたんですよね?だけどあの絵コンテ、あまりにありきたりで、どこかで見たようなCMだった…。スポンサーの意図を無視してる」
「何か気に入らないことがあって、でも言えないからそれを俺のせいにして辞めたがってる…?そんな感じ」
シンドンは驚いていた。
まったくの素人のジェジュンの方が、現状を冷静に把握している。
確かに、監督は不自然に怒っていた。
誰かのせいにするなら…素人のジェジュンはなんのしがらみもなくて、使いやすい。
「さっ…行きましょうか」
立ち上がったジェジュンに、シンドンが何処に?と尋ねる。
「俺は辞めれば済むけど、シンドンさんはそうはいかないでしょ?クビになっちゃったら、田舎のお母さんが悲しむよ。だから…謝罪、行きましょう」
「僕がちゃんと話すよ。分かってもらわないと…」
そう言いながら、監督がいるという部屋をノックする。
「監督、すみません、キムジェジュンと、マネージャーのシンドンです」
がちゃりと音がしてドアが開いた。
「この度は、大変申し訳なく…って、ヒチョル君?」
「あぁ、どーもー」
ヒチョルが携帯を片手にニコニコと笑っていた。
「あれ?ヒチョル、何でここに?監督の部屋じゃないの、ここ」
「監督の部屋だけど?」
「え?何でヒチョルが?ってか、監督は?」
「あぁ、怒って帰ってったぞ」
「ええーー!せっかく謝罪に来たのに?」
「って、違うだろ。まったく相変わらずお前は天然だな、ジェジュンっ!」
「何で帰って…?え?ヒチョル君、監督に何か言った?」
「言った」
ヒチョルは悪びれる様子もなくそう言った。
「ええーー!ヒチョリ~何言ったんだよぉ!怒って帰るって…何言ったんだよぉ~~」
「お前がさっき思ってた事だよ。図星みたいだったぞ」
「はぁ~~。さすがヒチョル…やっちゃったね…」
がっくりと落ち込んでいると、ヒチョルがまぁまぁとジェジュンとシンドンの肩を叩いた。
「まぁまぁじゃねーよ…俺はいいけど、シンドンさんが…」
「ヒチョルさん…確かに僕はあなたに今回ジェジュン君の事をお願いしましたけど、監督と直接話すのは…やめて欲しかったです。はぁ…まずは、どこにお詫びに行けばいいのやら…」
シンドンさんは大きなため息をついて携帯を手にした。
「まぁまぁ…とにかく、行こうか?」
「え?どこに?」
キョトンとするジェジュンに、ヒチョルがニコニコと笑っていた。
※※※
ヒチョルっていったい何者?ってか天然に見えて、結構洞察力に優れたジェジュンです。
物語を上手く導いてくれるヒチョル。いつも助かってます。
ジェジュンのMステ出演が流れました。NHKも難しいかもしれませんね。迷惑かけたし。
ただ、ジェジュンの捨て身の警告のおかげか、テレビ業界の番組の作り方などに動きがあったようです。
私たちも危機感を持つのは当然だし、もし自分が罹ったら、もし自分が濃厚接触者になったら、という事もシュミレーションしておかなければいけないですね(感染は確実に増えています。ワタシの街にもチラホラ聞こえてきます)
恐らく自宅謹慎中であるジェジュンに、ユノが電話をかけたら何というでしょう。
「お前の言いたかった事、分かってる人にはちゃんと伝わっている。だから、しっかり食って寝ろ」
でしょうか。
落ち込んでも仕方がないので、新しいお話でも考えようと思います^^