数分後、オーディションが終わり控室に戻ったジェジュンは、ぼーっとしていた。
「何だよ、なんか言われたのか?」
「ああ~シンドンさんに謝らなきゃ」
ジェジュンはそう言って、大きなため息をついた。
「なんで?謝るんだ?ヘタ打ったか?」
「ん~、うまくいかなかったと思う」
「何したんだ?」
「審査する人は10人ぐらいいたんだけど~あたりまえだけどスーツ着た大人の」
「そりゃそーだろ」
ジェジュンが首をかしげながら続ける。
「立って名前言ったら、そのまま回ってって。そんで少し歩いて、目つぶって、上向いて、振り返ってって…」
「それで?」
「終わりだよ」
「はっ?それだけ?」
「うん…他の人はいろんなこと聞かれてたのに…俺は、何も……」
「ははっ!なんだそれ!!」
「やっぱそんなうまくいかないよねぇ。俺一番おっさんだったし」
「別に何か取られるわけでもねぇし、いいじゃん。」
「あ、そっか。まぁーまた仕事探すよ。いいところあったら紹介して」
「俺はモデルになるけどな」
「あっ!そうだった!なんだよ~自分だけ高給バイトかよ~」
そろそろ帰ろうかと控室を出たところで、シンドンさんに出会った。
すみませんと謝ろうとしたジェジュンを、シンドンが力いっぱい抱きしめた。
「えっ?えっ?何?」
「ありがとうございます!ジェジュンさん!」
「いや…全然だめだったんで…」
「合格でした!もう2次3次のオーディションは必要ないって!」
「えっ?どういう…」
「だから!ジェジュンさんに決まったんです!!」
「……はぁ~~??」
どうやらスポンサーは、一目見てジェジュンを気に入り、満場一致でジェジュンに決定したらしい。
目を白黒させるジェジュンを置いて、ヒチョルはユノに報告の電話を入れた。
小躍りする勢いでジェジュンを何度も抱きしめるシンドンと、ただ茫然と信じられないといった顔をするジェジュンを見ていると、ヒチョルは笑いがこみあげてきた。
「えぇ~~?ジェジュン兄に決まったの?」
「何だよ、その意外って感じは!」
ユチョンがヘラヘラと、まさか受かるなんて思ってなかったからと悪びれず笑っている。
「ま、俺もなんで俺が選ばれたのか、いまだにわかんね~んだけど。シンドンさんが喜んでくれたからよかった」
「でもさ、モデルなんてできんの?ジェジュン兄」
「そおなんだよなぁ~俺に出来るのかなぁ…。素人を使うって最初からわかってるから大丈夫ってシンドンさんは言ったけどさぁ~」
「ジェジュン兄は、びっくりするぐらい、どん臭いですからね!」
チャンミンの辛辣な言葉に、あううっと胸を押さえてジェジュンが崩れ落ちる。
「まったく、うちの弟達は、優しくて優しくて、涙がでるわ!」
「よージェジュン、合格したって?」
見ればユノが手にフルーツをたくさん持って部屋に入ってきていた。
「あ、ユノ!そーなの、俺、合格したの♪」
ニコニコ笑いながら、ピースをするジェジュンの頭を、ユノがくしゃりと撫でた。
チャンミンの眉がピクリと動くのを、ユチョンだけが見ていた。
「ジェジュンがモデルなんてなぁ~想像がつかないな」
「そーっすよねぇ、ユノ兄!俺も全然想像つかない」
「俺だって想像つかないけどさ~合格しちゃったんだもん、ご、う、か、く♡」
ニヤニヤと笑っているジェジュンに、チャンミンが読んでいた本を置いて言った。
「まったく、浮かれるのは構いませんけど、迷惑かけないようにやってくださいよ!ジェジュン兄は、自分が想っているよりずっとドン臭いですから!」
「またドン臭いっていったぁ~チャミ~。あ、ヒョンが遠く言っちゃいそうで怖いのか?そうなのか?ん?」
「バカ言ってないで、フルーツ早く洗ってくださいっ!!」
「もーチャミ怖いんだから~」
ブチブチ言いながら、ジェジュンがキッチンに向かった。
「何だ?チャンミン、ご機嫌斜めだな」
「そんな事ありませんっ!!」
ユチョンが、受験生だから~とユノに耳打ちしている。
そんなんじゃない!!
けど、なんかイライラするっ!!
ユノがキッチンでフルーツを洗うジェジュンに近寄り、話しかける。
「それで?撮影はいつなんだ?」
「一週間後」
「身体は?大丈夫なのか?リハビリは?」
「行ってるよ、ちゃんと。運動とかはできないけど。普通の生活は大丈夫そう」
「でも慣れない撮影で緊張したりとかして…大丈夫なのか?」
「病院の先生には言ったよ。激しい動きは駄目だけど、撮影はいいでしょうって」
「シンドンさんにも言ってるのか?激しい動きがないようにちゃんと言わなきゃ駄目だぞ」
「分かってる~って、ユチョンそれまだ洗ってねぇ~チャンミンまだ食うな~」
「心配だな~俺から言うか?」
「ちょっとやめてよ、子供じゃないんだからぁーもぉー」
ぷうと頬を膨らませるジェジュンはひどく幼く見えて、末っ子のチャンミンですらジェジュンが心配になった。
ユノが帰ると言い、いつものようにジェジュンが玄関まで送りに行く。
「俺、明日からしばらく出張なんだ。あ~心配だな…くれぐれも無理すんなよ」
そっと頬にのばされた手が、ピタピタとジェジュンの柔らかい頬を撫でる。
「…ん。大丈夫。何処に行くの?」
少し頬を赤くしたジェジュンが、恥ずかしそうに俯き、頬を撫でる手を取った。。
「釜山だ。…なんかあったらすぐ言えよ」
「…ん。大丈夫。メールするね。ユノも体に気をつけて」
はにかむようなジェジュンの頬をむにっとつまみ、ユノは笑顔を残して帰って行った。
ジェジュンは、頬に手を当てたまま、ユノがいなくなった玄関にしばらく佇んでいた。
チャンミンがその後ろ姿を見ていた。
打ち合わせを兼ねた、衣装合わせ当日。
ジェジュンは緊張した面持ちで、指定された場所に向かっていた。
横にはヒチョルがついて、ねみーねみーとあくびばかりしていた。
昨日バイトで遅くなったらしい。
「おはようございます」
シンドンに頭を下げ、それからそこにいるすべての人に頭を下げて席に着いた。
早速打ち合わせが始まり、ジェジュンにも数枚の紙が渡された。
それは、絵コンテといって、CMのジェジュンの動きや、カット割りなどが細かに描かれていた。
それを見て、ジェジュンがン…?と顔をしかめた。
その絵コンテには、森の中で佇むジェジュンが、木漏れ日を全身に受けるシーンが描かれており。
そのあと、何かに呼ばれるように、ジェジュンが森の中をさまよい歩くシーン。
そして何かを見つけ、急いで走り寄ると、一筋の光とともに、全身を水滴が纏う(CG)。
水に滴るジェジュンが、カメラ目線を送るとともに、商品のカット。
また森に佇むジェジュンが、商品を飲んでカメラ目線で一言。
そんな絵コンテだった。
気になったのは、森をさまよい走り寄るシーン。
ジェジュンは現在リハビリを順調に行っているとはいえ、走ったり大きな動きは制限されている。
…その事…ちゃんと伝えたのに……。
思わずシンドンの顔を見ると、シンドンが分かっているという顔をした。
とはいえ、まるっきりの新人がここで発言するなんて事はばかられる。
何とかシンドンに言って貰いたいと、ジェジュンはシンドンをもう一度見つめた。
打ち合わせが始まり、監督がみんなにあいさつした。
年の頃なら50前後で、サングラスをかけハンチングを被った強面の監督。
何でも有名なCMディレクターで、賞をいくつもとっており、この前はあるアーティストのMVの監督もしたらしい。
とにかくこの監督がこの中で一番偉く、だれも監督には逆らえない、そんな雰囲気だけはジェジュンも理解した。
とはいえ、これはマズイなぁ…走ったり出来そうもないし…そうなったらこの話も無くなるのかな…。
そしたらシンドンさん困るだろうな…責任取れ!なんて言われちゃうのかも…
そんな事を考えていると、思わずため息が漏れた。
※※※
モデルの現場では不穏な空気が流れています。
チャンミンがじわじわとジェジュンへの気持ちを募らせていきます。