退院が決まる前、ジェジュンにモデルの話をもちかけてきた人が、見舞いを兼ねてやってきた。
ちょうどそこにいたヒチョルが、ジェジュンと話しているその人を品定めするように上から下まで眺めていた。
「…あの…こちらは…」
困ったように話すのは、シンドンさんといって、モデル会社のスカウトを担当している。
大柄で人のよさそうなシンドンさんは、少しメタボ気味で、本当にモデル会社の人間かというほど、ダサい。
「あ、彼は僕の先輩でヒチョルって言います。僕の事心配みたいで…すみません」
「いえ、当然の事です。中にはいかがわしい物もありますから。あ、うちは健全ですよ!」
そんな風に和やかな空気の中、シンドンさんが熱く語った。
「今日来させてもらったのはね、もうね、君しかいないと思ったんだよ!こんどうちのクライアントの広告があるんだけど、そのモデルをね、是非やって貰いたいと思って!」
「広告…ですか?」
「あぁ。YJカンパニーっていう会社なんだけど…。主に水とか化粧品とかサプリとか、他にも幅広く扱っている会社だよ」
YJカンパニー?知らないなぁ?
頭を捻る俺に対して、ヒチョルが小さく頷いた。
「ヒチョル知ってるの?」
「あぁ結構でかい会社だぞ。CMとかもやってる。~~天然水~♪とか」
ヒチョルがCMの歌を歌う。
「え?それってそこの会社なの?ほぇ~」
口を開けた俺を見て、シンドンさんがクスクス笑う。
「えぇですから怪しい話ではありません。今度新しい清涼飲料水を出すという事で、そのイメージキャラクターにと考えています」
「へぇ、新商品のイメージキャラクター?すげえ話じゃん。でもそんなら有名な芸能人使うんじゃね?」
「いえ、先方は全く新しい清涼飲料水という謳い文句で発表するらしくて。既存のモデルや芸能人ではなく、まったくこの業界に足を入れていない人間を探していたんです。1か月前から全社員を導入して全国で探しまわっていたんです」
「だったら、まだ本決まりじゃないってことか」
「オーディションは勿論あります。その前に書類審査も。だから今日はジェジュンさんの写真を頂きたいと…」
「ちょっと…ちょっと待って!」
今まで茫然と聞いていたジェジュンが、やっと話に入ってきた。
「広告って…チラシとかじゃないの?」
「いえCMもありますし、新聞や雑誌は勿論、キャンペーンにも使われるでしょうし、そうなればポスターがいたるところに張られるでしょうから、全国に顔が知れ渡りますよ」
「CM?CMってコマーシャルのこと?テレビってこと?そっそんなの…無理だよ!!」
顔を真っ赤にしてうろたえるジェジュンを、シンドンとヒチョルがキョトンとした顔で見ていた。
「何お前、スーパーの広告みたいな事を想像してたとか?」
ヒチョルが意地悪い顔で言った。
「だっだって、俺なんか素人だしっモデルとかやった事ないのにっ」
「それは大丈夫です。こちらも素人を使う事を想定してやっていますから。何も気負わずに来ていただけたら…」
「そっそれでも無理無理っ!!」
顔をベッドに伏せてしまったジェジュンに、シンドンが困った顔をする。
ヒチョルがシンドンに目くばせをして、一旦部屋を出るように言う。
「ジェジュン、まだ決まったわけでもねーのに、おおげさだな。まぁ俺が詳しい話聞いてきてやるから…お前はちょっと休んでろ」
「ヒョン…」
涙目のジェジュンがコクリと頷いた。
病室を出たヒチョルはシンドンを連れて談話室に入った。
ため息をつくシンドンに、ヒチョルがニヤリと笑った。
「あんたはホントにあいつを連れて行きたいんだな。しっかし本当にあいつが合格すると?」
「私は会社での成績は悪いですが、私がこれと認めた人は必ず売れるんです。それは断言できます」
それから数人の芸能人の名前を上げたが、それは全部ヒチョルが知っているモデルや役者だった。
「そんな有名な人を、あんたがスカウトしたと?」
「えぇ。まだ数人ですけど。ヒットは打てないけどホームランバッターだから、私は会社に残れているんです」
「ふうん」
「他の社員はまだ世に出ていない俳優やモデルの卵を探しています。ですが私は、それもやった事ない、まったくの無の状態である人間を探していました。ジェジュンさんを一目見たとき、私は雷に打たれたようでした。絶対にジェジュンさんがこのモデルにぴったりだとクライアントは言うでしょう。彼の持つ透明感に感動するでしょう。それが私には見えます!!」
何かを考えていたヒチョルは、ゆっくりと口を開いた。
「だけどさ、さっきの見ただろ?あいつはどっちかって言うと、人見知りで目立つのが苦手で、自分が他人にどう見られてるかなんてこれっぽっちも考えた事も無いバカだ。そんな奴がオーディションとかできると思う?」
「きっと出来ます。役者や歌手のオーディションじゃない。彼の持つ繊細で優しくて、透き通るような透明感を見てもらうだけですから…」
ヒチョルが大きく頷いた。
「分かった。あんたに協力してやるよ。あいつは俺の言う事はよく聞くからな」
「ほっ本当ですか?」
「ただし条件がある」
「何でしょう?」
「俺もその会社に入れてくれ」
「え?モデルとしてですか?」
「そう」
「モデル、やりたいんですか?」
「やりたくない奴なんているの?」
フッとシンドンが笑みをこぼす。
「あなたはこの世界に向いている」
「だろ?俺だってしょっちゅうスカウト来ているのよ。ただ今までは興味無かっただけで」
「何故今回は興味が?」
「珍しくあいつがやるって言ったから。俺、あいつの保護者だから」
少しおどけたように笑うヒチョルは、シンドンの目から見ても魅力的だった。
今回のようなコンセプトにはヒチョルは向かない。
だが彼は、自分の魅せ方をよく知っている。
彼のような人間はきっとモデルとして有能だろう。
シンドンは少し考え、何度か頷いて分かりましたと伝えた。
「きっとあなたはこの世界でも、いやどの世界でもそつなくこなすんでしょうね。私やジェジュンさんとは違って……」
「あぁ、それが俺だ。だからあいつが気になる。構いたくて仕方ねえってやつ」
「なるほど。良く分かりました。で、私はどうすれば…」
ヒチョルは、シンドンの耳元で、ひそひそと何かを伝えた。
ガラリとドアを開けてヒチョルが病室に入ってきた。
ジェジュンはベッドに入り、目だけを布団から出していた。
「ジェジュン…お前もビックリしただろうが、シンドンさんは本気だ。彼だって遊びで来てるわけじゃない、仕事で来てるんだ。もう一度彼の話を聞いてやらないか?ん?」
優しい声がジェジュンの頭の上から響く。
「…うん…そうだね…俺、自分の事ばっかりで取り乱して…ごめんなさい」
「いい子だ。入って貰うぞ?いいか?」
「うん」
ジェジュンはベッドに座りなおした。
「ジェジュンさん…突然大きな話で驚きましたね…」
「いえ、こちらこそ子供みたいに取り乱したりして…ごめんなさい…」
ジェジュンは、恥ずかしそうに顔を赤くして、シンドンに向き合った。
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思ったより大きな話になりそうです。
オリンピックも延期になり、コロナヤバいです。
各国が国民の為、助成金などを打ち出しています。
お肉券は…どうなの?頼むよ日本。