前回、
神さまは色んなものの中にあって、天啓を伝えている…
というような話をしました。
わたしの体験談を書きますので、
「あ、そういうことね」と理解していただければと思います。
ある日、
とある利用者さまから何度も、「遅い」と言われました。
自分の就業時間外だし、
それでも自分のことをせずに手伝いに行って一言。
他の利用者さまの手伝いをしてからの一言。
何度も睨みつけられながら言われて、
わたしは正直、めちゃくちゃ腹が立ちました。
自分の事もやらずに手伝いに行って、なぜ、そんなに親の仇みたいに睨まれるんだ。
遅いと言うけれど、じゃぁ、他の利用者の手引きを途中で辞めて来いということか。
大体、遅いとか言うけど、やってる事は余計な事ばかりではないか。その手伝いが遅くて、なぜ、そこまで睨まれるのだ。
等々…
自分中心に見ても、
業務全体を俯瞰的に見ても、
自分に非があるとは思えず、
ムカムカとしながら入浴介助をしていました。
自己の修行と思いながら仕事もしているので、
浴槽を磨きながら祈っていると、
ふっと言葉が浮かびます。
「逆に来ても純に受けて」
これは、わたしの修行する宗派の教えの一部です。
どんな不都合、理不尽、嫌なこと、が来ても、
素直に受け止めて、前向きに受け止めていく。
続きもありますが、
簡単に言えば、上の意味になります。
ムカつくなとか、
アイツは嫌いだとか、
そういう心に囚われている間は、
なかなか神さまからの言葉は届きません。
しかし、
「ムカつくんです、神さま。こんなことでムカつく自分は嫌なんです」
と相談のような愚痴のような、そんなことでも
相手を神さまとして話していくことで、
不意に言葉は降りてきます。
そうして、わたしは、
『ムカつくこと(逆)が来たんだ。
コレを素直に、前向きに受けとって、自分自身の心癖を知り、磨いていける。
ありがたい。』
と気持ちを変える事が出来ました。
今でも、その利用者さまとは関わりたくない、好きじゃないと言う気持ちはありますが、
にも関わらず、
経典の一句を身に刻んでくれたのだと感謝もしているのです。
不思議ですが、心に波風は立ちません。
そんなものだと受け入れてしまえば、(言い方はアレかもしれませんが)どーでも良くなるのです。
わたしの体験談を読んで、
そう思えるのは特別だよ。ムカつくもんはムカつくんだよ。
という方は多いと思います。
わたしも、昔からこう考える事が出来た訳でもないし、
言葉が落ちてくる事もなかったです。
何週間もイライラしたり、メソメソしていました。
それでも、
この記事を最後まで読んでいる貴方は、
変わりたい、
と思っているのではないでしょうか?
神さまと繋がりたいと思っているのではないでしょうか?
二分化された道の、次元を越える側を進みたいと思っているのではないでしょうか?
耳をすませ、
道を探り、
内なる道の声に従って、
時に導いてくれる人の声を素直に受けて、
進んでみてください。
必ず、わたしくらいにはなれます。
ここまで40年です。
でも、たった3年で飛び越えて行った人もいます。
人の身で生きていくには、
誘惑も、苦痛も、快楽も、憂も多いです。
でも、
わたしくらいでも、多くの小さな小石に躓かなくなります。
そうなると、もっともっと神さまは近くなります。
とても、幸せです。
怪しいんじゃねーのと、思っていますか?
いいんですよ、それで。
実感のないモノを語られて、素晴らしいと思える人間はいません。
しかし、片目でこちらを伺ってしまうくらいには、
貴方は気にしていらっしゃるのですよ。
わたしの悟りと、
貴方の悟りは違います。
貴方の悟りの片鱗が見えた時、
この記事の感覚も理解していただけるのかなと思います。
この身を持って生きている間に、
何を得ていくのか、
意識していく事から始めてみてください。
