比べる対象が有るということ | ばんざいむの自分大好きブログ

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良いことの後は、
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昨夜、オウム真理教の特番をやってましたね。

途中からしか見てないのですが、
やはりカルトに必要な

「唯一正しい宗教なので、
救済計画をやり遂げるべし」

というような言葉が出てきましたね。

※これに関しては僕の過去記事 
こちらをクリック↓

を参照してください。


さて僕の場合は祖父母が熱心な
「生長の家」信者だったので、
僕も少なからず影響を受けて育ちました。

ただ、この「生長の家」は
出るも入るも自由でしたし、

他の宗教の良い所も教えてくれてました。

例えば「維摩経のこの教えはすばらしい」とか
「聖書のこの教えはいわば、このように活きる」とか、

今はどうか知りませんが、
当時はとにかく緩やかで、

その上に僕の適当でいい加減な性格も手伝ってか、
それほど熱心には活動しませんでしたが、

それでもやはり強い信仰心を持ってました。

なにせ、「生命の実相」という本には
全てに感謝できたら、病気が治ったとか、
境遇が一変したといった感じの
奇跡的な話などが多数書いてあり、

なので僕は
「もし癌などになっても生長の家があるから、
絶対大丈夫だな」
と思い込んでさえいました。


ただ、のちにわかるのですが、
美輪明宏さんが

「比べる対象が多いほど良い」

と言われたり、
高橋信次氏や園頭広周氏が

「徹底的に疑ってかかりなさい。
納得できるまで調べなさい」


と言われてるように、
比べる対象がないと、

このように妄信してしまうものだ
とつくづく思ったのでした。

※斉藤一人さんは
「信じなくて良いからね」
とさえ、言われています(笑)

先ほど述べたように、
「生長の家」では

「これでしか救われない」とか
「他の宗教は邪宗」みたいな事は
ほとんど言われてませんでしたが
(単に僕がそう思い込んでただけかも?)

それでさえも、
「生長の家が最も正しいんだ」
みたいな選民意識を持ったのですから、

JWのように
「唯一無二の神の経路」みたいに言われて、
その教義が
「他の宗教は邪宗」と言ったら、

誰だってそれを信じますし、

ましてや比べてみようとすら
思うはずがないと思います。



だからこのアメブロにおられる元JWの方々は、

人間的解決法で言えば
「運が良かった方たち」かもしれませんし、

神的解決法で言えば
「実力があるから、気づかされた」
のかもしれません。

この続きは、また書きます。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。