2015/1/10




「この病気は治ることはありません」

「でも、注射を打っていれば死ぬことはありません」

治らない。

でも、死ぬわけじゃない。

まだこの言葉を完全に受け入れられ無いのが正直な気持ち。




あれからちょうど1ヶ月。

1ヶ月前の今頃は、人生を変える時間を過ごしてた。

笑いながら吐いて、床を這ってトイレに行って、水を飲んで…

意識は途切れ途切れになりながら。




あの時どうしていたら今がなかったのかな?

インフルエンザじゃない、感染性胃腸炎だと言った医師の診察が違っていたら…

職場で倒れていた時に同僚が、医療関係のスタッフが、いつもと違うと気づいてくれていたら…

今はまだ、そんなことばっかりが思い浮かぶ。

何をしても変わらないことなんてわかってるんだけどね、

ただ、うまく付き合っていこう、頑張ろうなんてことを心の底から考えられる状態じゃない。

頑張ろうって思ったり、もういいやって思ったり。

その繰り返し。




注射を打つようになってまだ3週くらいだと思う。

慣れてくる頃なのかな?

でも、入院中や昨年末に比べたら、打つ瞬間にためらう事、手が止まる回数が増えた。

体調の問題もあるけれど、心の問題の方が大きくなってると思う。

今、注射を打つ時の気持ちは、きっと来年打つ時とは全く違う気持ちになっているんだと思う、

そう思いたい。




もともと性格はそれほど前向きじゃない。

むしろ「ポジティブの何が良くて、ネガティブの何が悪いの?」っていう考え方。

そんな考え方で、これからの人生について悩んでたところ。

仕事も3月には辞めて、地図にダーツを落として次に住むところを決めようと思ってた。

次の仕事はまぁ、今の資格を使ってどうにかなるでしょってね。

ただ、人生の目的とか、夢とかそういうのは完全に見失ってた。




仕事をしていて楽しいと思った事は、この3年ほとんどなかった。

理由はわかってる。

自分がその環境に甘んじて受け入れることで、自分を保とうとしていたから。

やりたい事ができると思って入った会社だったけど、結局やりたいことはほとんどできなかった。

チャンスは何度ももらっていたけれど、時間が経つにつれて自分の中から出てくる情熱は徐々になくなっていった。

いつも首根っこを抑えられてたから。

そういう話をすればするほどやる気がなくなった。

やりたい事がない。

そう感じることが増えて、夢がなくなった。



それでも諦めは悪かった。

このままじゃいけないと思って、自分から動かなきゃいけないと思ってできることを始めた。

それが、4月から始めた、とあるスポーツの救護。

必要とされることが嬉しかった。

それでも物足りない感じはあった。

もっともっと自分を満たしたい思いだけはくすぶってた。




モヤモヤとした考えをもったまま、12月10日になった。

病気になった。

たった1週間で、1ヶ月で人生が変わるなんて経験はそうそうないと思う。

それがいつになるかなんて、誰もわからないし、誰も意識してない。

偶然も必然もある。

当たり前のことだと思うけど、良いことも悪いことも無意識の生活の中で訪れるんじゃないかと思う。



これから先も、死を意識した生活なんてしない。

ふとした時にはあるかもしれないけど。




今日は一つの区切りにするにはいい日なのかな。

気持ちは上下左右に大きく振れるけれど。

どんな怪我、病気になった人も、死の受容じゃないけれど似たような経過を辿っていくんだと思う。





今日を何かの区切りにしたい。

でも、何をどうしたらいいのかわからない。

そんなことを今日も繰り返して、明日も同じように繰り返して、少しずつ波が小さく、長くなっていく。

きっとそうなるんだと思ってる。