はーい、こんにちは!!わらびーちゃんママからハムンダー女将にアセンションした「さとやん!!」です(*^_^*)
人生振り返りブログ、26歳お見合いで結婚し、最初の驚きだったのが「親戚」だったんですねー。
田舎の長男さんだったので、親戚縁者とのお付き合いが濃く、それが当時のわたしにはプレッシャーでした。
しかし、最初の2年ほどは仕事の関係で横浜、東京に住んでいたのでそのプレッシャーも一時的なものとして
過ぎていきました。
そして、1年が過ぎたころ長男「将人」が誕生しました!!!ヽ(^o^)丿![]()
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東京での生活は、今から思うと本当に狭いアパートで、食卓テーブルも置けないキッチンに
カウンターのようなものを置いて食事をしていました。
まるで、新幹線のビュッフェみたいでした。
少ししてから、ちょっとだけ広いマンションを購入し引っ越しをしました。
ママ友もたくさんできて、サラリーマンの夫と3人の生活は、本当にしあわせで、むしろこの「しあわせ」が
いつまでも続きますように!!どうか壊れませんように!!って、心の中でいつも願っていました。
この絵にかいたような「しあわせ」の裏で、
なぜかこの幸せが、何かによって壊されるんじゃないかという不安も
常に持っていたのを思い出します。

子どもが小さいころは、子育てごっこみたいな感覚で、自分が親であることを自覚することもなく
どんな子どもに育てようとか、どんな子になって欲しいとかもなく、
日々ただただ毎日が無難に過ぎていく時を何を考えることなく、過ごしていたように思います。
そして2年ほど経った頃、夫は転職を決め関西に戻るとこになりました。
両親とのこと、兄弟とのこと、親戚とのこと、いろいろあったけれど、
自分たちに子どもができ、自分が生まれた土地に帰ることは
帰巣本能なのかこれまで持っていた緊張感がほぐれ、安心感が拡がりはじめました。
東京にいたころは、見栄もあり言葉も周りに合わせて標準語にしようと無理をしていたところもありました。
だから関西に帰り関西弁に囲まれたときは、水を得た魚のようにjとっても開放的に感じられました。(^o^)
今の自分がもし東京に住んだとしたら、そんなことなにも気にせず、めちゃめちゃ関西弁振りまきちらし
逆にそれがまた自分のステータスだって、強みにしていくだろうなぁって思います。
やっぱり「おばはん」になったら、強いよなぁ~(*^_^*)
今日も読んでくださり、ありがとうございます!!!
愛と光∞さとやん(*^_^*)