はーい、こんにちは!!わらびーちゃんママから、ハムンダー女将にアセンションした
さとやんですヽ(^。^)ノ
前回は、体と心の関係について、書いてみました。
そして、体と言えば、わたしは生まれたときから左の首に、数センチの
割と大きめのアザが、あります。
この、アザとわたしの関係について今日は、書いていこうと思います。
小さいころは、もちろんアザがあろうが、なかろうが、何も気にならなかったのですが、
幼稚園に入ったころ、母親に連れられ、月に一度、大学病院に治療に通いました。
母は、おそらく、女の子だから大きくなるうちに治しておこうと思ったのだと思います。
当時の医療技術は、どうだったかというと、煙が上がったドライアイスで火傷をさせて
皮膚が入れ替わることで、きれいにしていくという方法で、先生は鹿の皮のような
手袋をして、ドライアイスをつかみ、それをわたしの首に数秒ずつアイロンのように
焼いていきました。
今の自分だと、とてもそんなことに耐えられないけれど、小さなわたしは、
ぐっと我慢をして、泣かなかったんですよね!!
そして、いつも先生や看護婦さんに褒めてもらい、帰りには
ソフトクリームとたこ焼きを買ってもらいました。
1週間ほどして、また絆創膏を剥がしに病院に行きました。
それで、きれいになったかというと、少しもよくなりませんでした。
小学校の中学年頃だったかな??男の子が、
「あれ?だれ?ああーー、首にアザがあるから、◎◎ちゃんや!!」って
いじめようとしたんですね。でも、当時のわたしは、やんちゃで強かったから
無視していたら、「あれーーー、泣かへんなあ・・・????」って、期待外れな様子でした。
それでも、やっぱり女子大生になったころには、気になりはじめ
大きな病院に診てもらいに行きました。その頃には、技術も進んでいて
レーザーで焼くという治療方法だったのですが、それをしたからと言って
きれいになるかどうかは、やってみないとわからない、ということで、少し
焼いてもらいました。もちろん痛みもあるし、結局はきれいにもなりませんでした。
ここで、また母親とのひと悶着があるんですよね。
京都の日赤病院で手術を受けることになっていて、手帳に手術の日を
「手術」と書いていたんです。それをまた、母がわたしの机の引き出しから出して
チェックして、「ちょっと!!・・・おとうちゃんには、黙ってたるで、白状せーー!!」って
詰め寄られました!!
これって、どうよ!!「あのなーーー!!!、」もう、言葉がない状況でした・・・
堕胎手術だと、思い込んでいました。
こんな母親を、選んできたのは自分なんだけど、前にも書いたけれど
母とわたしの前世での関係は、夫婦だったみたいです。
母は、浮気ばかりしていた夫だったようです。でもその頃のわたしは、
そんなことも知らなかったので、ただただ、あきれる・・・何とも言えない、
不信感が募るばかりでした。
そして、結婚して30台の半ばころ、またこのアザの謎が、
解明されていくんです。深いんです。わたしにとっての、このアザというものが。
まだ、続きます(*^_^*)
今日も、読んでくれてありがとうございます。
愛と光と感謝∞さとやん(*^_^*)