ふと時々思う事がよくある。

 というか、なる度に思う。どうして下痢はいつも急に来るのだと。

 

 

 

 普通のうんちの場合、なんとなく「あぁうんちしたいな。そろそろトイレ行くか」みたいな予告とかあるんですけど下痢ってそうじゃない。マジで急に来る。

 私はそれが本当に納得いかない。普通のうんちくんはちゃんと腸と相談して「うんちそろそろ出しませんか?」って脳に報告してくれるのに、下痢くんと来たらどうして君は報連相が出来ないのだ。

 

 

 

 大前提を言うと私は社会人だ。うんこちんこまんこと小学生レベルの下ネタでゲラゲラ笑う精神年齢一桁の奴だが、こう見えてもちゃんと社会人だ。

 朝は7時に起きて、時々寝坊で死にかけて、それでもちゃんと出社して、自分のデスクのPCの電源を点けてサンダーバードを開くよりも先にサイゼリヤのHPを見て愛媛県にサイゼリヤ出店情報が出ていないか調べ、そこから仕事に入る。そんな社会人だ。

 社会人なら報連相が出来て当然だ。細かい事でも報連相が無ければ、そこから重大なミスにつながる事がある。今の会社の上司も社長も、ちゃんと報連相が出来る人達だからこそ、私も安心して報連相する事が出来るのだ。前の会社のクソ上司共とは大違いなのだ。報告の段階で怒鳴り散らかすような人達とは全く違う。

 

 

 

 それなのに、私の中に溜まっている下痢くんはどうしてそれが出来ないのだ。君はいつだって「下痢やで~~wwww」って言いながら腸を苛めてくる。

 おかしいではないか。ほんの10分前までは平気だったのに、なんの予兆も無く急激にゴロゴロと腹痛が起こり始める。あ、これ下痢だヤバいと自覚するまでものの数秒だ。痛み出したら最後、高知の桂浜に打ち付ける大波のように腹痛の波が来る。下痢を出すまで腸をしばく。

 ほんの少し、ほんの少しでいいから予兆が欲しい。うんちくんみたいに「そろそろ下痢の兆しくるで」って言ってくれるだけでいいんだ。脳に信号を送ってくれるだけでいい。全速力で一気に肛門までなだれ込まなくていいんだよ、遅刻ギリギリの鼻水垂れ流した汗臭いクソガキじゃあるまいしさ。

 

 

 

 しかし1つ思う。仕事中は割といつでもトイレに行ける環境下だからこそまだ大丈夫なのだが、これがもしトイレに行ける環境下でなかったらどうなるのだろうか。

 例えば都会の電車の中。例えば通勤中だとしよう。満員電車の中で急激に「下痢やで~~~~wwww」が来てしまったら?

 それは耐えがたい苦痛。出してはいけない状況下、痛む腹。少しでも腹に刺激が加わってしまえばきっとダムが崩壊する。ブリリ途中下車をしてしまえば会社に間に合わなくなる。そんな死と隣り合わせの状況に陥ってしまった時、果たして私は下痢を耐えきる事が出来るのだろうか。否、自信がない。きっと同じ悲劇に見舞われ、電車の中にぶちまけてしまった人もいる事だろう。

 

 

 

 

 私はそんな想像をし、1人涙を流す。

 悲劇は起こしたくない。だからこそ、私は鏡に映された自分のケツを見ながら今日も語り掛ける。

 

 

 「下痢は早めに報告しろ、マジで」