こんにちは☀


気が向いたので簡単に私の過ごしてきた環境について お話しようと思います。


フラバするかもなので分けて書いていきます。

(長いです。)


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嘘だと思われるかもしれないですが

私は生後10ヶ月から記憶があります。


記憶がある。と言っても

最初の頃は断片的で ○○があったとか

△△で××だった とかそんなもん


どんどん鮮明な記憶になってゆき

1番最初の鮮明に思い出せる記憶は


私が1才半頃。。。



私には1才下に妹がいます。

妹は生まれつき心臓と背骨に病気があり(難病)

普通に暮らすことはできてるけど

3ヶ月1回大学病院に行き500錠をゆうに超える

薬を貰ってます。





1才半頃の私は 産まれて半年くらいの妹の

オムツを替えています。

お姉ちゃん気分で自分でやりたかったから

替えていたのではなく

お母さんが泣く妹に対して


「うるさい」


と怒鳴っていて私に向けて


「姉なら泣き止ませろ、こっちは忙しいんだよ!!お前みたいに暇じゃねぇーんだよ!!!」 と。



何を言ってきていたのか完璧には理解出来なかったけど お母さんが怒ってて 妹が泣いてる。


妹を泣き止ませたらいいんだ!

そう思ったから。


1才半の私に赤ちゃんの泣き止ませ方

なんて分からなく

どうしたらいいのか悩んだ。



お母さんによく


「自分がされて嫌な事は人にはしない」


そう言われてたので



1才半の足りない頭で考えた結果


[自分がされて嬉しい事をしたらいいんだ!]


その結論に至った。



(オムツがスッキリする事は嬉しい)


そう思い おばあちゃんが自分の

オムツを替えてくれてた時の事を思い出し

見よう見まねで 妹のオムツを替えた。



(お腹いっぱいだと嬉しい)


そうとも思い 作り方も お湯の出し方も分からない

もちろん書いてあることも読めない

そんな状態で ミルクも作って隣で一緒に飲んだ

(自分が飲んで美味しければ完成って事にしてた)



そうして妹は泣きやみすやすやと眠りについた


私も眠たくなったので一緒に寝ていたら

お母さんの怒鳴り声で起きた。



(褒めてもらえるかな?)


怒鳴り声で起きたのにも関わらず

妹の前にお母さんが居たので

私が頑張ったのを褒めてもらえる!と

期待していました。



でも 言われた言葉は



「オムツ漏れてんじゃん!!!こんな履かせ方意味わかんない。まじ何もやんな、お前。」


でした。


当時1才半の私。

やはりその言葉を完璧には理解出来ませんでした。


でも [怒鳴ってる] [私に言ってる] 

[何もやるな](否定の言葉と理解してた)

この3つで (ダメだったんだな)と思いました。



この記憶はここで終わっていて

「お姉ちゃんなのに お母さんを怒らせてしまった。お母さんが怒ってるのは自分のせい。私はダメ」

その感情だけが残っていました。



次の鮮明な記憶は4才頃。


私は妹と一緒のタイミングで幼稚園に入園するため 1年遅れで(年中から)入園しました。


初めての場所。同い年の人。たくさんの知らない遊具に 初めて見たお菓子。


全部が初体験で毎日が楽しく早く幼稚園に行きたい!そんな子でした。



年中から入った事もあり 年少から入った子たちの中で仲のいい友だちが作られていて あんまりグイグイいけなかった私は いつも1人で遊んでいました。


その中で初めて「一緒に遊ぼう!」と声を

かけてくれた女の子が居ました。(以下Sちゃん)


Sちゃんは毎日一人でいる私に声をかけてくれ

一緒に泥だんごを作ったり クレヨンでお絵描きしたり 楽しかった記憶でいっぱいにくれました。


ある日 妹が手術の為入院する事になりました。

まだ3才だった為付き添い入院に。


お父さんは何処かをフラフラしていて

ろくに家にも帰ってこないため

お母さんが付き添うことになり

私はおばあちゃん家に預けられ

そこから幼稚園に通っていました。


その日も退園の予定時刻におじいちゃんが

お迎えに来てくれました。(午後3時半)


Sちゃんと夢中で遊んでた私は

「もう少し遊びたい」と言うと

保育士さんに「ここから先は延長料金かかるんだよ」と言われました。


よく理解は出来なかったけど (お金がかかる)それは理解しました。


お母さんはお金にうるさい。怒られたくない。


私は諦めて帰ろう。と思いました


するとおじいちゃんが

「延長料金はいくらだい?」

「1時間300円です」

「それじゃあ 1時間延長してもらおうかね」


そういうと300円を払ってくれました。


私が「お金は大事だよ!」と言うと

「たった300円でその笑顔が買えるんだ、安いもんだな〜」

と言っていました。


(300円は高い?でもおじいちゃんが笑ってる。多分大丈夫なんだ!)と思い Sちゃんとの遊びを再開しました。Sちゃんは元々延長保育予定だったので 居ました。




たっぷり遊んだ後 おじいちゃんの車に揺られ

おばあちゃん家に着きました。


自分の家じゃあんまり経験したことの無い

湯船におばあちゃんと浸かり

たくさんの美味しい物が並んだ夜ご飯を食べ

おばあちゃんに今日楽しかったんだ!と

話をしている時でした


おばあちゃんの携帯に電話が。

お母さんからでした。



妹の手術が無事に終わった。

経過も順調。 1週間で退院出来る。

その電話でした。


最後に 私に代わってと 言ったらしく

おばあちゃんから 携帯を受け取り


「もしもーし!」と お母さんが居なく寂しくて

泣きそうなのを堪えて あえて明るく言ったら



「保育士さんから連絡来て知ったけど

今日延長保育したんだって???」



(あっ…。やっぱりダメだったのかな…

でもおじいちゃんいいって言ってた……)


「う、うん。おじいちゃんがお金払ってくれて Sちゃんといっぱい遊んだの!楽しかったんだ〜!」



「おじいちゃん時間通りに迎えに行ってくれてるのに 何してんの!?

あんたがワガママ言っておじいちゃん困ってたでしょ!!!

なんで人に迷惑かける事しか出来ないの!!!!

300円も払わせておいて 何が楽しかっただよ!!!!!」



(やっぱり怒ってる。300円は高かったんだ…)

「でも…おじいちゃんが……いいって言ってくれて…」




ここら辺で寂しい、悲しい感情と

今日楽しかった思い出が蘇ってきて号泣。


バレたくなくて 必死に隠してたけど

えずきながら 話してたから多分バレてた




「そりゃ 遊びたいって駄々こねて 時間過ぎたら払うしかないから いいって言うでしょ!?

ホントに何考えてんの!!!」



(ごめんなさい、ごめんなさい…)


「うん… 大人になったら300円おじいちゃんにあげる。」



「お前にはムリだから。 もういいおばあちゃんに携帯返して!!!」



「うん、またね。お迎え待ってるね…」


おばあちゃんに携帯を返し

電話が終わる。


おばあちゃんが私が泣いてるから

「どうしたの?」と声をかけてくれた


心配させたくなくて 私は

「ママの声聞いたら会いたくなっちゃった。エヘヘ」


と笑ってる誤魔化した。


この記憶はここまで。




この頃と同時期


妹と姉妹喧嘩をしてる時の記憶


私の方が妹より弱かった。

正しくは弱かったと言うよりは

私が我慢すれば妹は泣かない。そう思って

好きな絵本も ぬいぐるみも ぬり絵も

全部渡してた。


ある日どうしても 離したくなかった

ネコのぬいぐるみを欲しいと言われ

いつも通り渡したら ぶわっと涙がでてきた。


「やっぱり返して…」 と言うと

「もう私のだもん!」と。


どうしても返して欲しくて

涙ポロポロ流しながら お母さんに

「妹にぬいぐるみ取られちゃった…」

と言うと「お姉ちゃんに返そうね〜」と言って

妹からとって私に渡してくれた。


そのあと妹には聞こえない所で

「なんでも泣けば解決するってもんじゃないからな!!!

お前が泣いてる顔見ると腹が立つ!!!!

もう二度と見せんな」と言われた


(弱い私がわるい。泣いた私が悪い。私のせいでまたお母さんが怒ってしまった。)


そればかり考えていた。




次の鮮明な記憶は少し大きくなり

7才頃の記憶。


妹の手術が終わった為病院に家族が呼ばれ

妹に会いに行った所です。



手術は無事に成功し 妹の経過も良好。


妹は当時6才頃だった為小児科に入院していました。

そこの病院の小児科は面会に入っていいのは

11才以上と決められていて 7才頃だった私は

入れなかったのです。



妹の無事を一刻も早く確認したい家族は

みんなぞろぞろと小児科のトビラを通ってゆきます


(この日だけ居た)お父さん、お母さん、、おじいちゃん、、、

最後におばあちゃん。


唯一おばあちゃんだけが 振り返って

「私は一緒に残ろうかい?」と聞いてくれました


でも私は遠慮した。

(おばあちゃんだって妹が気になるはず)

(おばあちゃんに我慢させたくない、私が我慢すれば済む話)


おばあちゃんは申し訳なさそうに

トビラを通って行った。



一人ぼっちで待合室の長椅子で待ってる私。

自分の家から来たためおもちゃは持っていない。

おばあちゃん家にはたくさんあるけど

自分の家にはない。


長椅子で周りには誰も居ない。

もちろん携帯も持っていない為 ずっと座っていた


この時の心の中は

(ウロウロしたり泣いたら誰かに迷惑かける。

私がずっと座っていたら誰にも迷惑かけないはず)


でした。



結局その場で家族が戻ってくるまで7時間居ました。

その間私の様子を見に来てくれたのは

おじいちゃんとおばあちゃんだけでした。


その数日後 妹は無事退院し おばあちゃん家に遊びに行きました。


おばあちゃんとおじいちゃんは妹の退院祝いにと レジのおもちゃを 妹にプレゼントしてくれました。


私には「お姉ちゃんだから要らないよね?我慢できるよね?」と。

これは悪く言われてるようには感じず本心で

「お姉ちゃんだから大丈夫!」そう答えられました




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長くなってきたので次回続き書きます。

思い出して書いてるだけで 涙がでてくる。


悲しい。よく頑張ってた小さい私。