どうも、はむばねです。
本日は、ついに定時ダッシュに成功したよ!
……と思ったけど、よく考えたら6時半は定時ダッシュじゃなかったわ。
まぁでも、明るいうちに帰ったという点では同じですよね!
一時期は4ページに渡っていたタスクリストも、ようやく2ページにまで戻りそうです。

さてさて、そんなこんなでネタがないですね。
というわけで、特に何の脈絡もない話をしよう。

少なくとも厨二病患者にとって、「変わってる」という評価は一種のステータスだと思うんですね。
自分は特別な存在だと思いたがるのが、厨二病患者の特徴ですから。
#余談ですが、「こんな考え方を持ってるのは自分だけだろう」とかいう思考はまず間違いなく厨二病の症状で、大抵の場合は他の人も考えているか、もしくは考えた上で切り捨ててるような考え方なので、自覚のない方はこれを機に自覚された方が良いでしょう。
20台後半になってもバリバリ現役厨二病患者である私も、当然例には漏れません。
「キャラ立ってるね」とか言われると、(まだキャラ立つ程のことしてなくね……?)とは思いつつも、どこか嬉しい気持ちにもなるのです。
例えば、小学校や中学校で、全員に一人ずつ意見を聞いていくような先生はいなかったでしょうか?
そして一人目が意見を言った後、他の人は「~さんと同じ意見です」で延々続いていくような場面はなかったでしょうか?
そんな時でも私は、意地でも「~さんと同じ意見です」とは言いたくなかった。
仮に意見自体は同じだとしても、どうにかこうにか言い換えて自分なりの発言にしようとしていました。
時には思っていないことでさえ、別の観点での意見を言うこともありました。
だからこそ、問いたいことがあるわけです。
一般の方(ここで言う一般とは、厨二病を患っていない、の意)にとって、「変わってる」「人と違う」という評価は嫌なものなの?
「~さんと同じです」というのは、(自分の本当の意見如何はともかくとして)他人と同じであることを嬉々として受け入れた上での発言なの?
それとも、本当は嫌だけどめんどいからそう言ってるだけなの?
これは、私が十年来抱き続けてきた疑問である。