どうも、はむばねです。
本日は結局、「3時間くらい寝て、午前4時くらいから活動する」といういわば折衷案のような形を選択。
イェス、おかげで割と良い感じに眠いぜ!
ただ、基本的に睡眠時間がほぼパフォーマンスに直結するのが私。
今日の感じだと作業は捗らねーなってことで、今日は本読んだりゲーム読んだりダラダラ過ごすことにしました。
今日は、クリーニング行く必要もないですしね。
やってること自体はいつもと同じですが、「やることはあるけど結局ダラダラしてしまった」と「断固たる意思を持ってダラダラした」には大きな違いがあると思うのです。
そして、こういう休日の過ごし方をするとニートへの憧れが加速するよね!
なんていうか、この自由な感じがいいですよね。
好きな時に好きなことして、お腹が減ったら近所に食べに行くもよし、隣のコンビニに行くもよし、それすらめんどければ袋麺でも食べればいい。
特に、「コンビニに行くためだけに外出する」っていうのは一人暮らし8年目にして未だにちょっとテンション上がります(昔はあんまやらなかったし)。
仕事帰りとかに寄ってもなんとも思わないのですが、ジャージとかのラフい格好で、ちょっと出て食べたいもん買って帰ってくる。
その帰り際に、「あぁ、一人暮らししてんなぁ」って実感するのです。
ニートをするなら、是非とも実家ではなく一人暮らしでやりたいものである。
実家では、こうはいきませんからね(そもそも徒歩圏内にコンビニもないしな!)
最近は「仕事を辞めてニートになりたい」と思うこともほとんどなくなりましたが、こういう時は「ニートになるために仕事を辞めたい」と思ったりします。
同じようでいて、主目的が「仕事を辞めること」なのか「ニートになること」なのかで結構違う。
まぁたぶんニートなんてしばらくやってれば飽きると思うので(プロニートの精神力には脱帽である)、実際には2週間くらいニートをやりたいです。
ぶっちゃけそれくらいなら頑張れば調整出来る可能性もあるのですが、仮に2週間休めたとしてもその間ずっとニート生活をするというのも現実には厳しいでしょうね。
そんだけ休みだと、結局友達と遊んだりするだろうし(そんだけの休みなら一般の休みも包括してるはずなので)、それこそ実家に帰るかってなるでしょうし。
そういうんじゃなくて、私はもっと完全に人としてダメな感じのニート生活を送りたいんだ。
斯くの如く、ニートとは擬似的に体験することさえ難しいものである。
本日は結局、「3時間くらい寝て、午前4時くらいから活動する」といういわば折衷案のような形を選択。
イェス、おかげで割と良い感じに眠いぜ!
ただ、基本的に睡眠時間がほぼパフォーマンスに直結するのが私。
今日の感じだと作業は捗らねーなってことで、今日は本読んだりゲーム読んだりダラダラ過ごすことにしました。
今日は、クリーニング行く必要もないですしね。
やってること自体はいつもと同じですが、「やることはあるけど結局ダラダラしてしまった」と「断固たる意思を持ってダラダラした」には大きな違いがあると思うのです。
そして、こういう休日の過ごし方をするとニートへの憧れが加速するよね!
なんていうか、この自由な感じがいいですよね。
好きな時に好きなことして、お腹が減ったら近所に食べに行くもよし、隣のコンビニに行くもよし、それすらめんどければ袋麺でも食べればいい。
特に、「コンビニに行くためだけに外出する」っていうのは一人暮らし8年目にして未だにちょっとテンション上がります(昔はあんまやらなかったし)。
仕事帰りとかに寄ってもなんとも思わないのですが、ジャージとかのラフい格好で、ちょっと出て食べたいもん買って帰ってくる。
その帰り際に、「あぁ、一人暮らししてんなぁ」って実感するのです。
ニートをするなら、是非とも実家ではなく一人暮らしでやりたいものである。
実家では、こうはいきませんからね(そもそも徒歩圏内にコンビニもないしな!)
最近は「仕事を辞めてニートになりたい」と思うこともほとんどなくなりましたが、こういう時は「ニートになるために仕事を辞めたい」と思ったりします。
同じようでいて、主目的が「仕事を辞めること」なのか「ニートになること」なのかで結構違う。
まぁたぶんニートなんてしばらくやってれば飽きると思うので(プロニートの精神力には脱帽である)、実際には2週間くらいニートをやりたいです。
ぶっちゃけそれくらいなら頑張れば調整出来る可能性もあるのですが、仮に2週間休めたとしてもその間ずっとニート生活をするというのも現実には厳しいでしょうね。
そんだけ休みだと、結局友達と遊んだりするだろうし(そんだけの休みなら一般の休みも包括してるはずなので)、それこそ実家に帰るかってなるでしょうし。
そういうんじゃなくて、私はもっと完全に人としてダメな感じのニート生活を送りたいんだ。
斯くの如く、ニートとは擬似的に体験することさえ難しいものである。