「とまぁ、これが僕とメイアの思い出です」
話終わったカイルが周りを見るとみんなは呆れた顔をしてカイルの方を見ていた。カイルにはわけがわからない。
「何なんですか? 人の思い出聞いたんだから、何か反応してくださいよ」
リカルドが周りから押されてカイルの目の前にやってきた。何かとても気まずそうな顔をしている。
「な、何かありましたか?」
普段から豪快なリカルドがそんな表情をしていることはほとんどない。見ているカイルも心配になってきた。
「その約束したのってさ、何歳の時だ」
「9歳の時ですけど」
「お前今何歳だっけ?」
「何言ってんですか? 19歳ですけど」
約束した後、次の祭りになる前にはカイルは王都に出てきていた。その時からずっと修業をして力をつけて、やっと今年開かれた武術大会で優勝できたのだ。何も間違ってないと確信するカイルに対して、リカルドが気の毒そうに言う。
「お前、その間一度も帰ってないだろう。普通、そんな口約束忘れちまってるぜ」
その一言にカイルの顔が一気に青くなった。
「そ、そんなことないですよ」
「何か約束の証とか、許嫁だとかそんなのがあると思ってたんだが……」
そう言って黙るリカルド。誰もが口を閉じて気の毒そうにカイルのことを見ている。カイルは周りの反応についていけない。
「約束ってみんな覚えてません……か?」
藁にもすがる思いでそう問いかけるカイルに対し、皆が口々に「その年の頃はそんな約束を星の数ほどしたっけ?」「男は馬鹿だからなぁ。女の方はさっさと現実を見てるぜ」「覚えてても十年前じゃなぁ?」なんて口々に言っている。見るからに落ち込んでいるカイルを見かねてか、リカルドがいやに元気な声を出して、肩を叩いてくる。
「ま、まぁ勇者になったんだ。一度帰ってみりゃあいいじゃねぇか。待っててくれたら万々歳だし、無理だったらこっちに戻ってくればいい。若い勇者はモテモテだぞ」
そんな言葉がカイルの心を慰めることはない。
次の日の朝、帰る準備を整えて挨拶をするカイル。
「ありがとうございました。それじゃあ、帰ります」
「おう、気をつけてな。何、女なんて一杯いるんだ」
「うぐっ」
リカルドの何げない一言に胸を抑えるカイル。昨晩の傷はまだ癒えていないようだ。
「じゃ、じゃあな」
余計なひと言を言ったリカルドはさっさと家に引っ込んでいった。残されたカイルは一人村への馬車を待ちながら考える。カイルはずっと約束を信じて頑張ってきた。だけどもしもメイアがすでに他の誰かと結婚していたとしたら……。そう考えただけでカイルは泣いてしまいそうだった。
やってきた馬車に乗り込み、村までの数日の旅路の中、カイルの決めたことは、こっそりとメイアの家を見に行って、もしもメイアが誰かと暮らしているようならその足で王都に帰ろう、というひどく後ろ向きなものだった。
カイルは馬車が村に着く少し前で降ろしてもらっていた。御者には奇妙な顔をされたが、久々に会う幼馴染を驚かすのだと言ったら納得してくれたようだった。馬車が見えなくなってから、カイルは森の中に入って行った。カイルとメイアの家は隣同士で、街道からはかなり離れた位置にあるので、森側から回り込んで様子をうかがうつもりだ。
「メイア、元気かなぁ」
散々不安な想像をしていたカイルだが、いざ会えるとなるとやはり嬉しいものだ。家に近づくにつれてカイルの頭の中には、きっとメイアも自分のことを待ってくれてるだろうという何の根拠もない自信に満ち溢れてきていた。家が見えるところまでカイルがやってきたところで、ちょうどメイアの家から人が出てきたのがわかった。十年ぶりのはずだが、カイルには不思議と確信があった。メイアだ。
「おーい、メイ……」
カイルは思わず声をかけようとして、途中でとめた。メイアに続いて男が出てきたからだ。それも親しそうにメイアと会話をしている。先程までとは打って変わって死にそうな表情で、カイルは踵を翻して森の中に消えていこうとした。しかし、やはり動揺していたのだろう。落ちていた木の枝を踏んでしまい、大きな音が出た。
「誰だっ!」
メイアに続いて出てきた男が弓を構えながら音の鳴った方角を警戒している。こうなってしまえばカイルに許されているのは、大事にならないうちにメイアの前に出て行って、帰ってきたことを伝えるだけだ。
「あー、驚かせてすまない。俺だ、カイルだ」
「カイル?そんな奴はこの村にはいないぞ」
「十年前までは住んでたんだ、メイアは覚えてるだろ?」
そういってメイアの方を向いたカイルは驚きで目を見開いた。カイルの視線の先ではメイアがぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら泣いていた。
「カ、カイルなの? 本当にあの?」
「ああ」
「私と結婚の約束をした?」
メイアが約束を覚えていてくれたことでカイルの顔に一瞬笑みが浮かんだ。だが、覚えてくれていたとしても、おそらくメイアはこの男と付き合っているのだろう。
「収穫祭での約束のことなら覚えてるよ」
だが今更そんな約束がなんの役に立つというのだろうか。若干自嘲気味に笑ったカイルに向かって、メイアがかけてきた。十年ぶりの幼馴染の再会だ。抱擁ぐらい許されるだろうと思って近づいたカイルに対して、メイアは拳を振りぬいた。
「何で一度も連絡してこないのよっ!」
無防備なまま一撃を食らったカイルはそのまま意識を失ったのだった。
「ん、ここは……?」
「カイルの家だよ」
カイルが目覚めると見覚えのあるベッドに寝転んでおり、横にはさっきの男が立っていた。メイアの姿を探したが見つからなかった。きょろきょろしているカイルがを訝しそうに見ていたが、納得がいったのか男が口を開いた。
「ああ、姉ちゃんなら今は飯作ってるよ。起きたら手料理ふるまってやるんだってさ」
その言葉にカイルの記憶の中のメイアの手料理の腕前がよみがえってくる。十年前は悲惨なものだったが、流石に成長していると信じるしかない。
「大丈夫なのか……? ってそれよりも姉ちゃん?」
「なに、俺のこと覚えてないの?」
少しむっとしながら男が聞いてくる。そう言われてよく見てみると、カイルの記憶に一人の少年の姿が浮かんできた。
「お前、ラインか。メイアの弟の」
「なんだ、ちゃんと覚えてんじゃん」
確かにいた。メイアの後ろをずっとついてくるだけだったやつが。
「そうか、大きくなったなぁ」
「まぁ十年になるからね」
そういって笑うラインの顔は確かにカイルの記憶にある顔と同じだった。そこでカイルは気付いた。
「もしかしてラインとメイアってまだ一緒に住んでるのか?」
「ん? そうだよ」
「じゃ、じゃあ、メイアはまだ結婚してないのか?」
カイルがそう聞いた瞬間、ラインはむっとした顔をした。結婚していたならどちらかが家を出ているはずだ。だったらまだ結婚していないんじゃないか。そう思ってカイルの顔に喜色が浮かんでくる。
その瞬間、ラインに殴られた。
「いてっ、何するんだよ」
「お前との約束があるからって姉ちゃんはまだ結婚してないんだよっ!」
ラインのいったことの意味を理解した瞬間、カイルは思わず泣いてしまった。やっとの思いで勇者になり、約束が果たせると思ったところに散々無理だと吹き込まれて不安になっていた。ところが、ちゃんとメイアは待っていてくれたと知って、感極まっていた。
「こら、ライン。何カイル泣かしてるのよ」
そういって、シチューの入った器をもってメイアが入ってきた。
「違うよ、こいつが勝手に泣いたんだ」
「いいから、もう出て行ってなさい」
メイアにそう言われて、ふてくされながらラインが出ていった。今小屋の中にはメイアとカイルの二人きりだ。
「メイア」
「ラインがごめんなさいね。あの子もあなたに会えてうれしいのよ。」
「メイア」
「何? どうかした?」
「結婚しよう」
カイルがそう言った瞬間、メイアの目から涙がこぼれた。
「うれしい、ありがとう」
「こっちこそ、ずっと待たしてしまってごめん」
「いいわ。待たされた分はさっき殴っちゃったしね」
そういって舌を出しながら笑うメイアをカイルは抱きしめた。10年ぶりに会うというのに、その間お互いが同じ約束を支えに生きてきたことが伝わってくる。お互いに泣きながら抱きしめ合っていた。
しばらくして落ち着いてから、カイルはメイアに伝えていないことがあったことを思い出した。
「そうだ、メイア」
「何?」
「僕、ちゃんと勇者になったんだよ」
「……え?」
「ほら、これが勇者の証」
喜んでくれると思って伝えた瞬間に、メイアの顔が強張った。
「メイア? どうした?」
「ごめんなさい」
急に泣きだしたメイアが謝ってくる。カイルにはどうしていいかわからない。
「どういうこと、メイア? 僕、何かした?」
「ううん、違うの」
そういってメイアはカイルから2、3歩離れた所に立った。
「ごめんね、私、魔王になっちゃった」
そういって涙を流し続けるメイアを抱きしめることもできず、ただ見つめることしかできなかった。