「カイル、カイルー」
「なぁに? メイア」
「吟遊詩人のおじさんがお話をしてくれるってさ。聞きに行こうよ」
「うん、わかった」
 その日は村は収穫祭で、作物の豊作を祝って村中で飲めや歌えの大騒ぎだった。吟遊詩人は夜の酒場が仕事場だったけど、祭りの日だけは昼間に子供たちのために無料で話をしてくれた。まだ子供で酒場に入ることのできないカイルやメイアは毎年祭りの日に話が聞けることを楽しみにしていた。
「ねぇ、おじさん。今日は何の話をしてくれるの?」
「私は勇者様の話がいいな。勇者様とお姫様の恋のお話」
「そんなのつまんないよ、俺は勇者と魔王の話がいいな。カッコいい戦いの話」
 広場はすでに集まった子供たちでいっぱいだった。子供たちはみんな口々に自分の利きたい話を主張していた
「ほらほら、みんな喧嘩しない。喧嘩するなら今日は終わりだ。帰った帰った」
「ああっ、ごめんなさい。もう喧嘩しないから」
「そうだよっ。仲良くするから話を聞かせてよ」
 吟遊詩人は、いつものように喧嘩する子供たちをいつものようにおさめた。吟遊詩人にとっても、この祭りの日は特別だった。酒場で酔っ払いの親父を相手にするのではなく、純真な子供たち相手に話をすることの方が好きだったのだ。
「さぁて、今日は何の話をするかなー」
 考える吟遊詩人の耳には、子供たちが小声で、「勇者様とお姫様よ」「いーや、勇者と魔王だよ」と話しているのが聞こえる。どうしたものかと吟遊詩人が考えていると、遅れて広場にやってくる子供が二人いた。カイルとメイアだ。
「よし、じゃあ最後に来た君たち二人。君たちに決めてもらおうか、何の話がいい?」
「メイア、勇者様とお姫様の話よねっ!」
「勇者と魔王の話に決まってるだろっ。なぁ、カイル!」
 息を切らせてやってきた途端に話しかけられて、カイルとメイアは驚いた。にこやかに笑う吟遊詩人に、自分の希望を伝えてくる子供たち。
「わ、私はカイルに任せるっ」
「えぇっ。メイア、ずるいよ」
 メイアにまる投げされて驚くカイルに詰め寄る他の子供たち。そんな子供たちをなだめながら笑ってる吟遊詩人。
「じゃあ、君の名前は?」
「カ、カイル」
「よし、じゃあカイル君。君の聞きたい話は何だい。他の誰でもない、君の聞きたい話だよ?」
「え、えーっと……」
 考え込むカイルに周りの視線が集中する。吟遊詩人も黙って見ている。
「何でもいいんだよね?」
「ああ、いいよ」
 吟遊詩人のその言葉を聞いて、カイルの中で答えが定まったようだ。カイルは目をキラキラさせて大きな声で言い放った。
「じゃあ、僕は勇者とお姫様と魔王の恋と戦いの話が聞きたいな」
「ほぉ」
カイルの言った言葉に、考え込む吟遊詩人。
「だ、だめかな?」
「もちろんいいよ。さぁ、それじゃあ始めよう。今から始めるのは勇者とお姫様と魔王の恋と戦いのお話だ。長いから頑張って聞くんだよ?」
「うん」
 そうして吟遊詩人の語った話は、お姫様のことが好きな勇者と勇者のことが好きなお姫様とお姫様のことが好きな魔王の話でした。

「昔々、あるところに他の人から魔王と呼ばれる人がいました。魔王様は他の人からとても恐れられていました。ある日、魔王様はお姫様と出会いました。そして、恋をしました」
「ねぇおじさん。魔王様は悪い人だったの?」
 語り始めたとたんに、子供から質問の声が飛ぶ。吟遊詩人はそれに嫌な顔をせず、丁寧に話していく。
「魔王様はね、人の心を操ることができたんだ。だからその力を使ってずっと悪いことをしていたんだよ」
「じゃあ悪い人だね。勇者様の方がいいに決まってるよ」
「でもね、魔王様はずっと一人だったんだ。誰もが自分の思い通りになるから、自分とちゃんと話をしてくれる人を見つけられなかったんだよ」
「でも、お姫様は大丈夫だったんでしょ?」
 遠くに座ってる女の子から声が飛ぶ。
「そうだね、お姫様は魔王様の力に操られることなく対等に魔王様と話ができたから。そんなお姫様のことを魔王様が好きになるのも自然な流れだったのかもね」
「でもお姫様は勇者様のことが好きだったんだよね?」
「お姫様は魔王様のことが嫌いだったの?」
 二つの質問が同時に飛んでくる。吟遊詩人はどちらにもちゃんと答えていく。
「お姫様と勇者様は幼馴染だったから、魔王様よりもずっと長い間一緒に過ごしてきたからね。魔王様がお姫様に出会ったのが遅かったのかもね。でも、別に嫌いだったわけじゃないよ。お姫様は魔王様のことを友達だと思ってたんだって」
「どうして? さらわれたのに?」
 また別の子供が声を上げる。
「話をしてみてわかったんじゃないかな? 魔王様はただ、人との付き合い方がわからなかっただけなんだって」
 子供たちは首をひねっている。人との付き合い方、と言われてもイメージできないのだろう。
「魔王様はね、お姫様のことが好きになったけど、どうしていいかわからなかったんだ。今まで人としゃべったこと自体がほとんどなかったからね。だから、魔王様は何でもしたよ。食べ物を送ったり、高価な宝石を送ったり、きれいな景色を見せてあげたり。だけど、お姫様が一番望むことはわからなかった」
「一番望むこと?」
 メイアが聞いた。
「お姫様はね、勇者様に会いたかったんだ。魔王様が何を送ってもお礼はいってくれるけど笑うことはなくて、夜になるとただ勇者様に会いたいってずっと泣いてたんだよ」
「お姫様かわいそー」
「勇者様は何をしてたの?」
 別の男の子がじれたように声を出す。勇者が話に出てこないのが不満だったのかもしれない。
「勇者様はお姫様を探して旅をしていたよ。魔王様の居所を探して世界中を。だけど、勇者様は最後までお姫様の居場所を見つけられなかった」
 吟遊詩人がそういうと、一斉に疑問の声が上がった。
「ええっ、それじゃあお姫様どうなるの?」
「勇者、役立たずじゃないか」
 予想通りのその反応に気をよくしながら吟遊詩人は続きを話した。
「大丈夫。魔王様がお姫様を勇者様のところへ連れて行ってくれたから。魔王様はお姫様に笑って欲しかったんだ。そしてそのために魔王様にできることはもうそれしかなかったから」
 子供たちにとっては、自分でさらってきたのに自分で届ける魔王の行動が良くわからなかったようで、しきりに首をひねっている。
「魔王様はこう言ったんだよ。お姫様、私はあなたの笑顔が見たかった。だがどうやら私の力じゃあなたを笑顔にすることは出来ないらしい。だから、あなたを勇者のもとに返してあげる。今までごめんね、ってさ」
「それでお姫様は笑ってくれたの?」
「お姫様はこう返したんだ。魔王様、今までたくさんの贈り物ありがとうございました。ただ私はやっぱり勇者様のことが好きなんです。私を勇者様のもとに返してくださってありがとう、ってね。お姫様は笑ってくれたけど、それは勇者のための笑顔だった」
今度は一番近くに座っていた男の子から声が上がった。
「魔王様はそれで幸せだったの?」
「それはわからない。魔王様はお姫様に幸せに笑ってほしかったから、自分のことはどうでもよかったんだよ」
「魔王様かわいそー」
 そう声をあげたのは、最初に魔王の話なんか聞きたくないといっていた子供だ。吟遊詩人は、自分の話を真剣に聞いてくれている子供たちのために話を続ける。
「でもね、お姫様はそんな魔王様を助けてくれたんだよ。友達になりましょうって言ってね」
「友達なの?」
「そうだよ。お姫様は、勇者様のことが好きだけど、魔王様のことはずっとお友達だからいつでも話をしましょう。そう言ってあげたんだ」
「お姫様やさしー」
「そうして魔王様は勇者様にお姫様を帰してあげて、いつまでもお姫様と友達として楽しく過ごしましたとさ」

「さぁ、これで勇者様とお姫様と魔王の物語はおしまい。楽しかったかな」
「うん、楽しかったー。私も将来お姫様になれるかなぁ」
「さぁ、どうだろう。でもきっと誰かのお姫様にはなれるはずだよ」
「そっか、じゃあそれでいいや」
 メイアは横にいるカイルを見て笑う。カイルは良くわかってないようだけど、自分の番だと思ったのか勢いよく話しだした。
「じゃあ俺は勇者になるよ」
「どうしてだい?」
「だって、魔王じゃお姫様と友達で終わりじゃないか。俺は勇者になってお姫様と結婚するんだ」
 このころの子供が誰もが抱く夢。それを見て吟遊詩人の顔が緩む。その横でメイアが当然のように発言した。
「じゃあカイルが勇者になったら、私がお姫さまね」
「えっ?」
「なによ? いやなの?」
カイルの反応にメイアはむくれ顔だ。そんなメイアにカイルはあわてて言い返す。
「そんなことない。とっても嬉しいよ」
「じゃあ約束ね」
「カイルが勇者になったら私がお姫様になって、カイルと結婚するの」
「うんっ!」
そう約束して、カイルとメイアは指きりをしたのだった。