舞踏会の翌日から、秋乃姫はさっそく彗を探し始めました。
 名前はわかりません。
 手がかりもありません。
 一応探してみましたが、彗と思しき人物が残していった物品もありませんでした。
 しかし、そんなことは端から承知です。
 それに、彗が残していった物品があったからといってどうだというのでしょう。
 仮に物品……例えばガラスの靴なんかが残っていたところで、それは多少的を絞る基準にはなれど大した手がかりとはならなかったでしょう。
 秋乃姫が人間を判別する基準が、靴のサイズだけだというのならばあるいは多分に意味を持った落し物になったかもしれませんが。
 とにもかくにも、しかし秋乃姫は彗の顔だけはしっかりと脳裏に焼き付けていました。
 思い出そうと思えば、いつでも鮮明に思い出すことができます。
 そこで秋乃姫はただちに宮廷画家を呼び出し、秋乃姫の言う通りの似顔絵を書かせたのです。
 結果、かなり本物の彗に近い似顔絵が出来上がりました。
 秋乃姫は、それを国中に配ります。
 念のため、弓姫に頼んで隣国にまで配ってもらった程の徹底振りでした。
 さらに国家権力まで乱用しまくり、それで一般人の一人や二人が見つからないわけはありません。
 彗と思しき人物の居所が判明するのに、そう時間はかかりませんでした。



「なぁ。この似顔絵さぁ、なんかすーやんに似てない?」
 国から配布された似顔絵と彗とを見比べ、継カプタインは首を傾げました。
「ん……まぁ似てる気もするけど、俺ってこともないだろ」
 しかし、誰であろう彗自身がそれを否定します。
 自分が姫に探される程の人間だとは、露ほども思っていないのです。
 もしもこれに”この者極悪人につき”などの注意書きが書いてあれば、彗も「舞踏会のときのことか……?」と思ったかもしれません。
 しかし、その似顔絵には”秋乃姫の婿候補”と書かれていたのです。
 それが自分なはずがない、と彗は確信を持っていました。
「あぁ、他人の空似というやつだろう」
「ん~、やっぱそうやんね~」
 義朱麗にも言われ、ようやく継カプタインも納得したようでした。
 しかし継カプタインから似顔絵を受け取った義朱麗は、人知れずそれをグシャリと握りつぶします。
(婿候補だと……いい度胸だ、来るなら来てみるがいい)
 そして、そんな義朱麗の心を読んだわけでもないのでしょうが。
 家の扉がノックされたのは、その時でした。
「ん……? はーい」
「いやいい、私が出よう」
 出ようとした彗を押しとどめ、義朱麗が扉に向かいます。
「いや、でも……」
 しかし、彗は納得のいかない表情でした。
 常ならば、こういう雑用系統は真っ先に彗に回ってくるはずなのです。
「いいから。君は、台所で夕食の準備でもしていてくれ。ここは私とおカプタイン様で出る」
「え、ワイも?」
 継カプタインは若干驚いた様子でしたが、特に異論を唱えることもありませんでした。
「ん、じゃあそういうことらしいから。すーやんは引っ込んどき」
「……わかった」
 まだどこか納得のいかない表情ながらも、彗はキッチンの方に引っ込んでおくことにしました。
 元より、彗には二人の命令を断る権限など与えられていないのです。
 彗が奥に行ったのを確認して、義朱麗は扉を開けました。
「随分とお待たせしてしまったね」
 そして、扉の向こうにいた人物を確認して言います。
「それで、何の御用なのかな? 一国の姫君ともあろうお方が、こんなところに」
 周りの制止を振り切り自ら足を運んでいた秋乃姫は、威圧するような義朱麗の視線にも一切ひるみません。
「ここに、彗というお方がいるはずです。その方をお迎えに上がりました」
「ほぅ。それは何かの間違いではあらせられませんか、姫? ウチにはそのような名の者はおりませんが」
 慇懃無礼に、義朱麗はキッパリと拒絶しました。
 しかし、もちろん秋乃姫も引き下がりません。
「調べはついています。何の理由があるのかは知りませんが、邪魔立てをするようなら国家反逆罪とみなしますよ」
 あからさまに、しかもかなり豪快な職権乱用です。
 しかし、秋乃姫の後ろには護衛の兵士数十人が控えています。
 実際、秋乃姫の号令があればすぐさま義朱麗に襲い掛かるでしょう。
 今日の秋乃姫は、それほどまでに本気なのです。
 その本気を感じ取ってなお、しかし義朱麗は不敵に笑います。
「ほぅ? だが、私もここは譲れないのでね。来るというのならば、命の保障はしかねるよ?」
「お、なんや荒事? そういうことかいな」
 鎌を構えた義朱麗に、継カプタインも銃を抜きました。
 状況は一切読めていませんが、彼は暴れられればそれでいいのです。
 そんな二人を前にして、秋乃姫はやはり強い瞳を保ったまま。
 そして、号令は下されました。



「ん? なんか騒がしいな……」
 彗は一瞬玄関の方を振り返りましたが、すぐに料理に興味を戻しました。
 自分を巡る戦いを、完全に他人事として認識しています。
「す~いさんっ!」
 魔法使い円花が現れたのは、その時でした。
 舞踏会の一件以来、彼女は時々こうしてこっそり食事をいただきに来ていたのです。
「おぅ、そろそろ来る気がしてたからちゃんと用意しといたぜ」
「わ、ホントですか。さすが彗さん!」
 そうして、外の騒乱も関係なく。
 二人の世界だけは、平和なのでした。
 めでたしめでたし。



 お わ り