「ねぇ、秋乃ちゃん」
「はい、なんですか?」
「あの時の事、怒ってる?」
「……? どの時のことですか?」
 的を得ない弓の質問に、秋乃は首をかしげた。
「すーちゃんを斬ろうとしたこと」
「……あぁ」
 それだけの補足で、秋乃は理解する。
 弓が言わんとしていること。
 弓が、スイとなった彗に刃を向けた時のこと。
 秋乃がその前に立ちはだかった時のこと。
「怒るなんでとんでもありませんよ。私は私の、辻樹先輩は辻樹先輩の正しいと思ったことをしただけじゃないですか」
「そうだね。でも、じゃあ今はどう思う? ボクと秋乃ちゃん、あの時はどっちが正しかったんだろう」
「……さぁ、どうでしょう。未だによくわかりません」
 少し考えてから、秋乃はそう答える。
 そして、続けた。
「でもまたあの時と同じ場面になったら、たぶん私は同じ行動をとりますよ」
「その結果、またすーちゃんに刺されるかもしれないのに?」
「はい」
「今度は死ぬかもしれないよ」
「そうですね」
「すーちゃんは、それを望んでいないのに?」
「昇神先輩が望んでいなくてもです」
「それは、見ようによってはエゴってやつにもとられんじゃ?」
「人間が生きること自体エゴですよ」
「深いね」
「深いのです」
 元より、答えがわかったような問答なのだろう。
 やりとりは、台本をなぞるように淡々と続いた。
「そこまでするのは、やっぱりすーちゃんのことが好きだから?」
「……そうですね」
「でも、すーちゃんは……」
「やですね、さすがにそのくらい知ってますよ。最初から、知ってます」
 秋乃は苦笑いを浮かべる。
 弓とて、まさか本当に秋乃が知らないと思ってそんなことを言ったわけではないだろう。
 彗の想い人が、誰なのか。
 その相手が想うのが、誰なのか。
「それでも、また秋乃ちゃんはすーちゃんを後ろにして立つの?」
「残念がなら、恋は障害があるからって消えてくれないのです。逆に、それを燃料に燃え上がってしまうんですよ?」
 悪戯っぽく、どこか大人びた笑みを秋乃は浮かべる。
「……そこでそういう風に笑えるのは、すごいね」
「これで、色々と経験してきましたから」
「そうだね。前よりも、もっと素敵になったと思うよ」
「それはどうも」
 スカートの端を摘み、ペコリと一礼。
 わざわざ芝居がかった仕草だった。
「ボクはね、すーちゃんが好きなんだよ」
「……それは」
「あぁ、別に変な意味じゃなくて」
 弓の口元に苦笑いが浮かぶ。
「すーちゃんが好かれるとボクも嬉しいんだ。特にね、素敵な人に好かれるってことは、それだけすーちゃんも素敵な人なんだって認められてるような気がして」
 苦笑いを、穏やかな笑みに変化させ。
 弓は、宝物を自慢するように誇らしげに言う。
「だからね。秋乃ちゃんみたいな子がすーちゃんを好きになってくれて、ボクも嬉しいんだよ」
 そんな弓の笑みが、少し。
 ほんのほんの少し、それこそ彗でもなければわかないほど僅かに変化した。
「最初は本当に、それだけだったんだけどねぇ……」
「……? 何か言いました?」
 小さな呟きは、小さすぎて秋乃の耳には届かない。
 些細な表情の変化は、誰にも気付かれることなくもう元に戻っていた。
「ん、なんでも。個人的には、秋乃ちゃんには幸せになってほしいな」
「む。それは、私に協力していただけるということですか?」
「んー、それはどうだろう。ボクは、同じくらい円花ちゃんにも幸せになってもらいたいと思ってるからなぁ」
「なんて日和見主義な。そんなんじゃ彼女に愛想尽かされちゃいますよ?」
「そんなのいないから、大丈夫」
「あぁ、そうなんですか……でも辻樹先輩、バレンタインの時もチョコとかいっぱいもらってましたよね? 誰かと付き合ったりしないんですか?」
「そうだねぇ、今のところ」
「はぁ。好きな人がいるから、とかですか?」
「さぁ、どうだろう」
「え、あれ? 本当にそうなんですか? 誰だか、教えてくださいよ」
「そうだねぇ。秋乃ちゃんが、すーちゃんの事を諦めることでもあったら教えてあげてもいいかなぁ」
「ズルイですよ、それじゃ一生教えてもらえないじゃないですか」
「はは、一生か。それは残念」
「? 残念なのは、教えてもらえない私の方ですよ」
「あぁ、そうだったっけ。間違い間違い」
「???」
 そんな風に。
 なぜだか妙に朗らかに笑う弓に、秋乃は疑問符をたくさん浮かべるのだった。