外には木枯らしが吹いていても、暖房の効いた教室内は暖かい。
 そしてそれゆえに、一部の元気印を除いて多くの生徒は昼休み中も教室内で過ごすことを選択している。
 比較的元気印な秋乃も、元気印とは最も遠い存在である真も、今日は共に皆と同じくその選択を採っていた。
「はぁ~……結局死之神先輩も戻ってきて、全部元通りかぁ~」
 真の机に突っ伏しながら、秋乃は長めの溜め息を吐く。
 自らの机の上を占拠されていることに特に文句も言わず、真はいつも通り表情を動かさない。
「井上秋乃さんも、その方が良かったんでしょ?」
「ま、それはそうなんだけどねぇ……」
 円花が向こうに戻っていた期間、彗は傍目から見ても明らかに意気消沈していた。
 本人は明るく振舞っているつもりなだけに、見ている方が辛かったほどである。
 それが、円花が戻った途端に元通り。
 それだけ彗の感情を左右させる存在に多少嫉妬すると同時に、しかしやはり元気な彗の姿を見られる方が嬉しい。
 それに秋乃個人としても、円花が戻って来たことを素直に嬉しく思っているのだ。
 ともあれ。
「強力なライバル復帰……っていうか、現状ライバルにさえなりきれてない感があるもんなぁ……」
 ダランと体の力を抜き、だらけた様子で秋乃はもう一度溜め息。
 それに何を返すでもなく、真はただただ無表情である。
「……なんかさぁ」
 秋乃の声の調子が、少しだけ変わった。
 わずかな変化だが、それを見逃すほど真は鈍いわけでも秋乃との付き合いが短いわけでもない。
「なんか……」
 机に突っ伏し、顔は真と反対側。
 真からはその表情を見ることはできない。
「もう、諦めちゃおっかなー……」
 なんでもない調子で、そう呟く。
 本当に、ただ世間話をしているような口調。
 ただ、ほんの少し疲れのような色が混ざっていた。
「べっつに、昇神先輩じゃないとダメな理由もないし。それ以前に、叶わない恋ってなんか不毛な気がするしねー」
 それは果たして、本当に真に向けられた言葉だったのか。
 形の上ではそうだが、秋乃がその内に何を意図しているのかはわからない。
「案外、他の人と付き合ってみたらすぐ忘れられたりするもんなのかもね。ほら私、昇神先輩の時も恋に落ちたの一瞬だったわけだし? 他の人好きになるのだって、すぐかも。ねぇ?」
「うん。そういうこともあるかもしれない」
 問われて、真は長考もせずそう答えた。
 その答えを望んでいるんだろう? とでも言うように、淀みない。
「だよね~」
 真の相槌に、秋乃は間延びした返事を返す。その声には、明らかに張りがなかった。
 ただ、そう声を発してみただけのような調子。
「……ね、襟木君」
 机に伏せたまま、秋乃が顔を上げる。
 真と目が合った。
「私たち、付き合っちゃおうか?」
 少しだけ悪戯っぽく、笑う。
 教室内は、多くの生徒で騒がしい。
 その騒がしさにかき消されているのか、この密やかなやりとりに気付く者は誰もいない。
 誰もが二人のことを気にとめることもなく、各々の休息に身を預けていた。
 真と秋乃は、二人目を合わせたまま。
 片や微笑で、片や無表情で。
 対照的な表情の二人に共通するのは、その間に流れる沈黙。
 教室内は相変わらず騒がしい。
「……嫌?」
 表情は変わらずそのままで、秋乃は小さく首を傾げた。
 狙ってのことなのかはわからないが、可愛らしい仕草である。
 しかしそれでも、少なくとも表面上、真は揺らがない。
 こちらはこちらで、その下で何を思っているのかは一切推し量ることはできなかった。
 もっとも、こちらはいつものことではあるのだが。
 そうして長い沈黙の後、ようやく真は小さく口を開いた。
「……僕は」
「なーんちゃって!」
 真が言いかけたのとほぼ同時、秋乃はガバッと勢いよく体を起こした。
「やっぱり諦めるとか、私らしくないよね! ていうか、もうずっと前に諦めることなんて諦めてるし!」
 先ほどよりもどこかスッキリとした様子で、秋乃は大きく伸びをする。
 と、その途中でまだ秋乃から視線を外していない真に気付く。
「ビックリした?」
 そして、今度こそは明らかに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「うん。少しだけ驚いた」
「なんて、襟木君が驚くわけ……あれ? ホントに?」
 驚いた様子など微塵も感じられなかった真に、むしろ秋乃の方が目を丸くした。
「うん」
「なんだ、あんまり何も反応してくれないから。でも襟木君を驚かせることができるなんて、私の演技と魅力もなかなかのもん?」
 はは、と自分で言ってやや恥ずかしそうに秋乃が笑う。
 そこで、ふと。
「……あれ? でもじゃあさっきさ、何か言いかけてたよね? あれって、何て言おうとしてたの?」
 素直な疑問から。
「もしかして、オーケイだったりした? それとも私、フラれてた?」
 再び、小悪魔な笑みに戻った秋乃に。
「……さぁ。どうだろう」
 真は、短く答えた。
「あは、何それ」
 秋乃はおかしそうに笑う。
 そして、再び伸びをしながら席を立った。
「さーて、それじゃ昇神先輩のところにでも遊びに行こうかな。襟木君も行く?」
「僕はいい。いってらっしゃい」
 無表情に、真は手を左右に振る。
 規則正しすぎて、メトロノームのようだった。
「オッケイ。それじゃ、いってきます」
 真に笑みを送ってから、秋乃はクルリと背を向けた。
 そんな背中には、届かないような声で。
「うん。その方が井上秋乃さんらしいと思う」
 小さく漏らしたその唇は、ほんの少しだけ笑みを形作っていた。