家を出発した彗くんは、順調に鬼が島へと向かっていました。
しかし、彗くんには一つ不安があります。
それは、鬼を相手にするにあたり彗くん一人で戦えるのだろうかということでした。
もちろん鬼退治を決意するくらいに彗くんは腕っ節に自信がありましたが、鬼は大層強いと聞きます。
けれども、彗くんの不安はそう大きいものでもありませんでした。
なぜならば、彗くんには予感があったのです。
「なんかこの辺で、仲間に出会えそうな気がする」
具体的に言うと、彗くんは犬っぽい何かと出会える予感が猛烈にしていたのです。
彗くんは、目を皿のようにして犬を探します。
仲間になる犬はどこにいるのだろう、どんな犬なのだろう、血統書はついているのだろうか。
彗くんは、まだ見ぬ仲間・犬について想像を膨らませます。
「あの……」
そして、想像と犬探しに集中するあまり彗くんはその声に気付きませんでした。
「あの」
今度は先ほどよりも少し大きな声で、呼びかけがありました。
しかし彗くんには聞こえません。
なぜならば彗くんの耳は今、どんな犬の情報をも聞き逃すまいという方向に集中しているのです。
犬の鳴き声以外のものなど、聞こえるはずもないのです。
「え、そうなんですか……? えと、じゃあ……ワン!」
苦し紛れの犬の鳴き真似に、しかし今度彗くんは猛烈な反応を見せました。
尋常ではない速さで振り返り、犬はどこだ、犬はどこだと辺りを見回します。
しかし、どこにも犬は見当たりませんでした。
そこにいるのは、死神見習いくらいのものです。
「あの……」
振り返った彗くんにホッとした表情で、死神見習いは再度呼びかけを試みます。
しかし未だ犬探しモードに入っている彗くんにはやはりその声は届きませんでした。
「えー……? ワ、ワン! ワンワン!」
必死に犬の鳴き真似をすると、今度こそ彗くんの目はそちらに向きました。
再びホッとした表情になる死神見習いとは対照的に、彗くんはあからさまに失意の表情です。
「なんだ、人間かよ……」
彗くんのあまりの落胆ぶりに心を痛めつつも、ようやく彗くんの感心が自分に向いたチャンスです。
ここぞとばかりに、死神見習いは彗くんに話しかけます。
「あの、私とってもお腹がすいてるんです!」
「そうか、それはよかったな」
死神見習いの言葉は音声としてはようやく届くようになりましたが、しかしその意味までは彗くんの頭に到達しませんでした。
たとえ今死神見習いが「あなたを殺させてください」と言ったところで、彗くんの返事は同じだったことでしょう。
「それじゃあな」
死神見習いからはさっさと興味をなくし、彗くんは歩いていこうとします。
「ま、待ってください~」
ここで去られるわけにもいかない死神見習いは、最後の力を振り絞って彗くんの足にすがりつきます。
「……ん?」
そこで彗くんは、ようやく犬探しモードから現世に舞い戻ってきました。
自分の足にすがりついている死神見習いに目を向け、ぎょっとした表情になります。
なにせ、彗くんの認識からすれば何の脈絡もなく唐突に自分の足を死神見習いが掴んでいたのですから。
しかしあからさまに力尽きかけている死神見習いに、彗くんも心配そうな表情になりました。
「おい、どうした? 持病の癪かなんか?」
「いや、だからお腹がすいてしまって……何か食べるものとか持っていませんか?」
「食べるもの……?」
彗くんは、チラリと自分の腰の袋に目をやります。
そこには、カプタインさんがコンビニで買ってきてくれたきび団子が入っているのです。
明らかに「持っていますよ」という表情の彗くんに、死神見習いの目が輝きます。
しかし、返す彗くんの表情は困ったようなものでした。
「いやでも、これは犬にあげるようのものだしな……」
「お願いしますよ~。あなたの犬にでも何でもなりますから~」
生きるか死ぬかの瀬戸際で、死神見習いも必死です。
鬼畜系の主人公ならば喜んで食いつく場面ですが、しかし彗くんはあいにくエロゲではなく昔話の主人公でした。
そこで、彗くんは天啓のように思い出します。
「そうだ! きび団子は無理だが、バナナチップスならある! それでいいか?」
「はい、文句があるはずもありません!」
パッと輝く笑みを浮かべた死神見習いに、彗くんはバナナチップスの袋を手渡しました。
まったく世の中何が役に立つかわかったもんじゃない、と彗くんはしみじみ思います。
そして彗くんは、まだバナナチップスを食べている死神見習いを横目に立ち上がります。
「それじゃあな。今度からは行き倒れる前になんか食えよ」
「あ、待ってください!」
歩き始めた彗君を、死神見習いが呼び止めます。
犬探しモードに入っていない彗くんは、今度はちゃんと振り返りました。
「まだ何かあるのか?」
「あの……お急ぎなんですか?」
「あぁ、まぁ。一緒に旅してくれる犬探さなきゃならないし」
「なーんだ、それだったらもう大丈夫ですよ」
死神見習いは、安心したように微笑みます。
「? この辺に使えそうな犬でもいるのか?」
「はい」
にっこりと笑って、空腹を満たした死神見習いは立ち上がりました。
「さっきも言ったじゃないですか。私が犬になります」
「……そんなもん有言実行しなくていい」
「いえ、有言実行こそが死神への第一歩です。というわけで私は、一生犬としてあなたの傍にいます!」
「待て、一生ってなんだ。最悪鬼退治まででいい」
「そういうわけにはいきませんよ。というわけで、よろしくお願いしますね!」
「待て待て待て待て」
「いえ待ちません! さぁ行きましょう、いざ鬼が島!」
すっかり元気になった死神見習いは、彗くんを先導するように道を歩き始めます。
こうして彗くんは、その一生を死神見習いと共に過ごすことになったのでした。
つづく(のだろう)