机越しに向かい合う、彗と円花。
「うん、なんていうかごめん」
 珍しく弱った様子で、彗が謝罪の言葉を述べる。
「つーん」
 そしてこちらも珍しく、不機嫌そうな調子で円花が顔を背ける。
 口で「つーん」と言うほどに不機嫌だった。
「だから、悪かったって」
 重ね重ねの彗の謝罪にも、円花は取り付く島もない様子である。
「何もそんなに怒らなくても……」
「むっ!」
 ポツリと漏れた彗の呟きに、円花は鋭い視線を向ける。
 これも、大変に珍しい光景である。
「あのですね、彗さん! 私は深く傷ついているのです!」
「うん、わかってるよ。だから悪かったってばさ」
「そりゃ確かに、確かにですよ? 私らしからぬことだったとは思います、えぇ。でも、ちょっと試してみたかったりするときもあるわけですよ。いいじゃないですか。悪いですか?」
「いや、悪くないな、うん。まったく悪くはないぞ」
 円花の機嫌を伺うように、彗はうんうんと大げさなほどに頷いた。
 しかし円花には届いているのかいないのか、変わらず熱くまくし立てる。
「それをですね、彗さん。たまに、私がたまたま、出来心ですね、グロスを塗ったのに対してですよ?」
 そこで一呼吸。
 何かを思い出したのか、拳を握ってワナワナと震わせる。
「「唇になんか付いてるぞ」って何なんですか! しかもその後「今日油ものなんてしたっけかな?」って小さく言いましたよね! 私のオシャレは油ですか!」
「いや、ついポロッと出たっていうか……」
「ポロッと本音が出たわけですか! 私は所詮グロスよりも油が似合う女ですものね!」
「まぁそれはそうかもしれない」
 言ってから、ハッと彗は自分の口を押さえた。
 しかし、時既に遅し。
「…………………………」
 円花は、見たこともないような鋭い目で彗を見ていた。
「彗さんの気持ちはよくわかりました」
「オーケイ、まぁとりあえず一旦落ち着こうか」
「私はとても落ち着いています」
 実際、円花の口調も表情も端から見る分には落ち着いているように見える。
 ただし、その目は完全に据わっていたが。
「よし、今日の晩御飯はハンバーグにしようか」
「そうですか。嬉しいです」
 ニコリと円花は笑う。
 が、しかしその場には冷たい空気が吹き荒れていた。
 常ならば、円花の喜びで春の息吹が感じられるような場面のはずである。
(ハンバーグでもつられないとは……コイツ、マジで怒ってるのか)
 いよいよもって円花の本気を感じ取り、彗は腕を組んで「むむむ」と唸り始めた。
 しかし、解決策など思い浮かばない。
 それでも、頭からプスプス煙を吹きそうな勢いで彗は考える。
「……はぁ」
 やがて、円花が小さく息を吐いた。
「それじゃあ彗さん、チャンスをあげます」
「お、マジか」
 彗の表情にパッと明るみが差す。
 今日は珍しい光景のオンパレードだ。
 そんな彗に、円花はどこか意地悪げな笑みを浮かべる。
「私の機嫌が直るくらいの、甘ーいセリフで私をとろけさせてください。そしたら許してあげます」
「……マジか」
 対照的に、彗の表情は固まった。
「マジですよ」
 ニッコリ笑う円花だが、やはり目は笑っていない。
「…………わかった」
 苦虫を噛み潰すような表情ながら、彗は頷く。
 逡巡は数瞬。
 彗は、一つ咳払いしてグッと身を乗り出した。
 円花の頬に手を当てる。
「似合わない顔すんなって。お前は、笑ってる方がいいよ」
 微笑……のつもりなのかもしれないが、実のところその笑みはあからさまに不自然だった。
 頬がひくついている。
 羞恥のためか、顔のかなりの部分が赤く染まっていた。
 贔屓目に見ても、バッチリ決まったとは言いがたい場面だろう。
 それでも、秋乃あたりならば悶絶ものなのだろうが。
「………………」
 円花は、無表情に近い表情でじっと彗の顔を見つめていた。
「………………」
 彗にとっては重い沈黙であろうが、しかし彗も目は逸らさない。
「………………」
「………………」
 至近距離にて無言で見詰め合うその様は、まるでにらめっこのようにも見える。
「……ぷはっ」
 沈黙を破ったのは、円花の笑い声だった。
「あはは、彗さん、変な顔になっちゃってますよ」
「……うるさいな。こういうのは俺の領域じゃないんだよ」
 ケタケタ笑う円花に、彗が憮然と応えた。
 そんな彗を見て、また円花が笑う。
「あ、はは……うん、まぁとろけなかったですけど。面白かったので、まぁいいです。許してあげますよ」
 クスクス笑いながら、言葉通り円花の表情にもう怒りは見られなかった。
「結果オーライだが、なんか悔しいな……」
 一方の彗に、今度は不機嫌さが増す。
「……なんか悔しいので」
 まだ円花の頬に添えられていた手は、そのままに。
「こういうことをしてみる」
 グイと、さらに顔を近づけた。
 吐息のかかる距離で、二人の視線が交わる。
「これなら、とろけてくれるんじゃないか?」
「……さぁ、どうでしょう」
 真っ直ぐ彗の視線を受けて、円花はイタズラっぽく笑う。
「ここから先もしてくれるなら、とろけちゃうかもしれませんね」
 言外に、「できるんですか?」と込めて。
 受けた彗も、不敵に笑う。
「それじゃ、試してみるか」
「どうぞ?」
 互いに、挑発するような笑み。
 どちからともなく距離は縮まる。
 直前、そっと円花が目を閉


(省略されたわけではありません。わっふるわっふると書き込んでも続きは読めません)