メッセンジャー 、さよならしてからも繋いだまんま。

切ったほうがいいのかとも思ったけど、繋がりがなくなる気がしてできなかった。

彼も、いきなり切られたら気分悪いだろうしね。

それにしても最近メッセにサインインしてこないなー。

誰かと一緒にいるから?とか思うと気になる。

ごちゃごちゃ考えてても仕方ないんだけど。



なぜ抱き締めるの

なぜキスしてるの

なぜ

愛してはくれないの


・・・


キスの途中目をあけたならば

ホントの君がみえそうで


まだ触れていたいの

まだキスしたいの

まだ

過去形じゃ愛せないの

 

乱反射/倖田來未




切ないね。

「前に進む」って、何だろう??

恋愛に関しての話だけど、世間で言われてる「前に進む」って言葉、好きじゃない。

前に進む=うまくいかない恋愛をやめて、他に行く

ってニュアンスだよね?

でも、それって「前に進む」って言わないんじゃないかなと思う。

うまくいかなくても、それでも大好きで想い続けて、そうして何も変わっていないようでも人間は前に進んでるんじゃないかと。

前、元彼に言われた。

俺ら、本当はもう終わってたんだよね。過去見てちゃダメだと思う。お互い、前に進まなきゃね。

って。

彼にとっては過去だったとしても、私にとって彼との恋愛は現在進行形で、前に進んでた。

彼一人の思いを、さも私も同じかのように言われたことにショックだった。

何より、私はあなたが好きだったから、前に進んでたよ。


私は前に進むから、好きなまま頑張るから、もう一度振り向いてください。

アリストパネスは言ったそうだ。「(前略)…だって人間どもはエロスの力にまったく気付いていないように私には思われるんだもの、…(中略)…

まず第一に諸君は人間の本性とその本性の経歴とを学ばなければならない。すなわち、昔のわれわれの本性は今日のと同一のものではなくて、別種のものであった。

第一に、人間の性は三つで、現在のように二つ、すなわち男性と女性だけではなくて、また第三のものとして他にこれら両性の結合したものがあった、しかしその名前は今日残っているが、それ自身は消滅してしまった。何故なら男女(おめ)はその当時は男女両性の結合結合せるものとして形の上でも名前の上でも一つであった。しかるにそれは今日では汚辱を帯びた名前以外の何ものでもない。

第二に、それぞれの人間の姿は完全なものとしては球状で、背と脇腹とがその周囲にあり、四本の手と、その手に同数の脚とを持ち、丸い首の上に二つの顔があり、それらの顔はどこからどこまで同様である。…(中略)…しかしその性が三つで、そのような性質だったのは次の理由によってである、すなわち男性はもともと太陽の、女性は大地の、両性に与かるものは月の、それぞれ子供であった…(中略)…

そしてそれらは生みの親に似ていたので、それら自身もそれらの進行も球状だった。だからその強さも力も恐るべきもので、大志を有し、神々に反逆した、…(中略)…そこでゼウスはようやくのことでお考えつきになって、…(中略)…人間どもを真二つにお切りになった、…(中略)…

ところでその本性が真二つに切られて以来、それぞれ半分は自分の半分に憧憬れて一緒になろうとした。そして手で抱き合い、たがいに絡み合って、体を一つにしようと欲して、飢やその他の無為のために---というのは互いを離れては何一つする気にならなかったので---死んでいった。…(中略)…こうして彼らは滅びていった。

しかしゼウスはこれを憐れまれて、他の手段を案出なさる、つまり彼らの隠し所を前の方へお移しになる…(中略)…それは次の目的のためである、すなわち、その抱擁において、あるいはもし男が女に出逢うなら、種を下ろし、子孫が生まれてくるためであり、あるいはもしまた男が男に出会うなら、その時でもともかくその会合から満足が生まれ、その間に落ちつきを得て、仕事に向かい、その他の生活のことをも顧みるためである。…(中略)…

だからわれわれはそれぞれ人間の割符である、平目魚のように、切られて一つから二つになっているんだから。したがってそれぞれは常に自分の割符を探すのである。

ところで、男たちのうちでその当時男女(おめ)と呼ばれていた結合物の断片であるものは、皆女好きで、姦夫の多くはこの種族から出ている、他方それの女の方は皆男好きで、また姦婦たちはこの種族から出る。しかし女たちのうちで女の断片であるものは、皆男たちにはまったく心を向けないで、むしろ女たちへ向かうものであって、芸妓たちもこの種族から出る。しかし男性の断片であるものは、皆男性の後を追い、少年である間は、男性の切身であるから、大人の男を愛し、大人の男と一緒に寝て、抱擁されるのを喜ぶ、…(中略)…

だから完全なるものへの欲望と追求に対する名称が恋なのである。…(中略)…だから、もしわれわれが神々に対して几帳面でないなら、またも再び引き裂かれることになりはしないか、そして鼻にそって鋸で挽き裂かれ、合符のようになって、ちょうど墓石に横顔を浮き彫りされている者のような様子で歩き廻ることになりはしないか、という恐怖がある。…(後略)…」



Platonis Opera, recognovit brevique adnotatione critica instruxit Ioannes Burnet, Oxonii

「饗宴」山本光雄編『プラトン全集3』(1973)角川書店より抜粋、p.178-185。





きっと元彼は、自分の半分なんだって感じる。

だから、今は離れていてお、いつかはまた一緒に入れるんじゃないかって思う。
勝手で独りよがりが考えだけど、今はそういう思いが自分を支えてる。

たいせつなひと



手を振れば それで完了!
分かり合える友達のよう
何かを求めて そこに立ち
いつしか僕ら、繋がっていた

互いに寄りそいながらも
それぞれが不安を抱え 決められたペース、
“あたりまえ”というサイクルに迷う度、思うよ・・・

さみしくて。くやしくて、
この場所で叫んでいた

風はそのまま 明日へ向かう
ココロが揺れて 進めなくても
“まだできるはず”
胸、ふるえるから
これからも一緒に、
ずっと一緒に・・・

巡りめぐる日々の中
そっと日射(ひかり)に誘われて
落ち葉がたまる散歩道
いっぽいっぽ 踏みしめてゆく
“キミとすれ違っていたら咲かない花もあったろう”
胸をくすぐる想い出と風を 大きく吸い込み駆け出してゆく

会いたくて 会いたくて
同じゆめを感じたくて・・・

キミと出会えた。それが素晴らしい
信じあえる。それが嬉しい
かけがえのない そんなすべてと
僕らは小さく 強く生きてく

風はそのまま 明日へ向かう
ココロが揺れて 進めなくても
“まだできるはず”
胸、ふるえるから
いずれどこかで追いつけるだろう!

キミと出会えた。それが素晴らしい
信じあえる。それが嬉しい
かけがえのない そんなすべてを
これからも一緒に、ずっと一緒に・・・

上手いコトバ見当たらないけど
たったひとつ忘れないでいて

“たいせつなひと”

伝えたいこと
『きっと・・・いつもキミを信じてる』

Wave your hand!
It's okay.
We are here on the earth.
The trust we share makes me happy.
We are living intesnsely.



作詞:岡平健治 市川喜康 / 作曲:岡平健治 / 唄:19





私にこの歌を教えてくれた人。

自分の分身みたいで本当に愛しかった。

だけど、どんなに近く感じていても、やっぱり他人だったんだね、さよならしちゃった。

連絡をとらなくなって、半年近く。

やっぱり大好き!!

また、一緒にいれる日が来るといいなぁ。