途中CAPE PATTONという街を抜ける。ここから眺める景色は最高で、端から端まで水平線が弧を描いているのがわかる。地球が丸いと解るのだ。日本の東海岸にいる場合は「この海の先にはアメリカ大陸が…」となるのだろうが今は「この海の先に南極大陸が…」である。
Maits Restでは、ちょっとしたフォレストウォークを行った。何百年の歳月を超えたシダが倒木更新という世代交代を行っていた。倒れた木の上から新しいシダの芽が出て来ているのである。湿気のある熱帯雨林では当たり前の工程なのだろう。
ただ、雨が降っていないのか、シダは枯れ気味で観光としてはイマイチであった。
それから数時間後、ようやくTweleve Apostles(12使徒)のある海岸にたどり着いた。
ボクの中では、ここだけで十分である。というかメインであった。
他はどうでもいい、というわけでもないがイマイチ、パッとしないし迫力にかける。
ここへ来る前に、迫力ある景色を堪能してきてしまったからかもしれない。
このTweleve Apostles(以下TA)はもともと、「母ぶた・小ぶた」という名前だったらしいが、この地域の人たちがどうしても観光の目玉として扱いたいがために、もっと素敵な名前にしようということでTAに変わったのだ。
当時は12岩あった奇岩も、現在では風化のため8岩まで減少している。
今も尚、年に2~3cmは腐食しているようで、後50年ぐらいのうちに全部倒壊するのではないかと、専門家は見ているらしい。
自然の摂理だから仕方がない。もしかすると人間がこの世に誕生する前には、もっと壮大な景観美があったかもしれないのだから。
今ある自然の作り出す創造的な芸術に感謝しつつ、堪能できればそれでいいのではないだろうか。
波打ち際を見ていると、日本海の荒波と似ている。その岸壁に激しく叩きつける波は、かなりの高さで波しぶきをあげている。
よくみると、すでに抉られており、傍から見ていると崩れ落ちるのも時間の問題のようにさえ見えてくる。
こうしている間にも、波が少しずつ削っているのかと思うと、やるせない気持ちになってくる。



Maits Restでは、ちょっとしたフォレストウォークを行った。何百年の歳月を超えたシダが倒木更新という世代交代を行っていた。倒れた木の上から新しいシダの芽が出て来ているのである。湿気のある熱帯雨林では当たり前の工程なのだろう。
ただ、雨が降っていないのか、シダは枯れ気味で観光としてはイマイチであった。
それから数時間後、ようやくTweleve Apostles(12使徒)のある海岸にたどり着いた。
ボクの中では、ここだけで十分である。というかメインであった。
他はどうでもいい、というわけでもないがイマイチ、パッとしないし迫力にかける。
ここへ来る前に、迫力ある景色を堪能してきてしまったからかもしれない。
このTweleve Apostles(以下TA)はもともと、「母ぶた・小ぶた」という名前だったらしいが、この地域の人たちがどうしても観光の目玉として扱いたいがために、もっと素敵な名前にしようということでTAに変わったのだ。
当時は12岩あった奇岩も、現在では風化のため8岩まで減少している。
今も尚、年に2~3cmは腐食しているようで、後50年ぐらいのうちに全部倒壊するのではないかと、専門家は見ているらしい。
自然の摂理だから仕方がない。もしかすると人間がこの世に誕生する前には、もっと壮大な景観美があったかもしれないのだから。
今ある自然の作り出す創造的な芸術に感謝しつつ、堪能できればそれでいいのではないだろうか。
波打ち際を見ていると、日本海の荒波と似ている。その岸壁に激しく叩きつける波は、かなりの高さで波しぶきをあげている。
よくみると、すでに抉られており、傍から見ていると崩れ落ちるのも時間の問題のようにさえ見えてくる。
こうしている間にも、波が少しずつ削っているのかと思うと、やるせない気持ちになってくる。


