約1時間後、ようやく市内循環バス($39/約2700円)の乗り、市内観光へ繰り出したが、ハーバーブリッジを渡った所で降りてしまった。何故か急に「橋を渡ろう」と思ったのだ。バスに乗れば数分で渡る所を、ゆっくり歩きながら景色を眺めながら歩きたい。
そう考えたらしい。(^^;
渡った所が「ロックス」と呼ばれるオーストラリアの原点の街。移民者が初めてこの大陸に到着したのがココであり、岩がゴロゴロしてた当時の場所だったことから、その名が付いたのだそうだ。
ロックスを通り抜け、サーキュラー・キーst.を通り抜け、オペラハウス前のバス停まで町並みを散策しながら歩いて行く。
容赦なく日差しは照りつけ、身体から水分を奪っていくが清々しい。
充実感で満たされているのだろう。
次のバス停でバスを待っていると、小学校の課外授業か沢山の子どもたちが列を成していた。やっぱり騒がしい。どこの国でも同じなんだなぁと思いつつ、彼らは次々とお迎えのバスに乗って行った。
騒がしさから開放され、バス停に一人残されたボク。
そんな、ボクにちびっ子たちは窓から大きく手を振ってくれた。
満面の笑みと一緒に。カワイイもんだ。(´▽`)
もちろん、ボクも振り替えした\(^o^)/
3つ目ぐらいのバス停だろうか「セントメアリーズ大聖堂前」で下車。
外観の立派な出で立ちにあっけにとられながら、四方八方からSDへ収めていく。
時には小走りに、時には車道の真ん中に仁王立ちして。
三脚を持ち、アングルを考えて撮影している人たちより怪しいかもしれない。
そんなことは一切お構いなく満足の行くまで撮り続け、ようやく大きな扉に手がかかった。
静かにゆっくりと閉まる扉。眩しいほどの外光を遮断しきってしまう前に、呆然と立ち尽くしてしまったボクがいる。
瞳に飛び込んで来る、いや全身で受け止めなければならないほどの、見事なまでのステンドグラス。日差しの強弱によって変化するその装いは、まるで万華鏡のようだ。
近付くにつれ、その重厚且つ繊細な配色は鮮やかさを増し、生まれたての子どものような「穏やかで素直な気持ち」が湧き出てくる。
見上げれば、アーチ型の天井が外観からは想像もつかないほど高く、それを支える柱は中世ヨーロッパを彷彿させるようなゴシックなおもむきに、しばし時を忘れてしまう。
自分以外のすべての時が止まり、セピア色に染まる。
まるで、その時代にタイムスリップしたかのよう。
それだけではない。
何故か、心地いいのだ。
神社や寺にある「凛」とした感じではなく、人の温もりにも似たホッとする温かさ。
ここには目に見えない沢山の人の魂が宿り、同じく神に祈りを捧げる人たちとリンクして、計り知れない膨大なエネルギーを醸し出している。と言われても納得してしまうぐらいの不思議な空間。天と地のつなぐ架け橋か、鏡の向こうの世界なのか。
いずれにせよ、体感でしか理解できない重要なものを垣間見た気がした。


