これさえ理解できれば「一切のワクチ予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?阿修羅からです。
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<転載開始>
これさえ理解できれば「一切のワクチ予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/559.html
投稿者 寅蔵 日時 2010 年 4 月 20 日 06:25:24: 8X/teMCB5Xc.E
これさえ理解できれば「一切のワクチ予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?
「本当の免疫」力に似ているが全く異質な「偽の免疫」力をつくる予防接種
病気ーーウイルス発見ーーー即、予防接種(ワクチン) という図式が現代の医療産業の土台となっているようだ。
特に最近では世界的に騒動を起こしたインフルエンザや近々の話題である子宮頚ガンで勧められている「ワクチン接種」であるだろう。
「劇薬指定」という有害物を含んだ「ワクチン」が本当に病気を予防できるのか(免疫ができるのか)?
免疫というと「病気にかからない」と同じ様な意味に使われているとして、
では現代医学の言うところの「予防接種が病気を予防し得る」が本当なのかどうかを考えてみる必要がある。
「病気にかからない」という事は単純に言って良いことである。
だから「予防接種は良いこと、必要なんだ」という話しはとても受け入れやすい。
では、その「予防接種」は安全なのかどうか?
と調べてみれば、「ワクチンは劇薬」なのだ。
決して安全な物ではない。身体にとっては有害であり異物なのだ。
それでも、「病気を予防する」「病気を予防できる」という大義名分があるため、その有害性の方は陰に隠れがちである。
有害なのに病気を予防できる?
ここが問題のポイントだ。
なぜ有害物質を体内に入れると病気にかからなくなるのだろうか?
それは一面では事実なのだ。
ただそれは「短期的事実」であって、「長期的事実」では無いのだ。
病気を予防できるのに永遠性はないということである。
病気を予防できるとしても長期性は無い。
これは予防接種(ワクチン)の本質であるとして、ではなぜ「短期的であっても病気にかからなくなる」という事はどういう事なのか?
これが判らないとこれからもずっと予防接種というものは無くならないだろう。
なぜなら「短期的でも予防できる」というメリットが有害というデメリットを抑えてしまうからだ。
そのためにはどうしても病気というものの正体を知らなければ説明できない。
それを理解できれば本当の予防とは何か?予防接種の短期的効果の裏にある偽の免疫が判るというものだ。
そこでまず人類がまず感染症で一番目に上げるとすれば天然痘だろう。人類が医学史上で最高度の勝利を唱っている「種痘予防効果」についてその真相を知ればよい。あとのいかなる感染症も同質なものだから個別に詳細な研究なども不必要なくらいだ。
WHOが「天然痘撲滅宣言」を「種痘の予防効果である」としており、世界中がそれを信じて来たわけで誰もそれに異論を唱えることは無かった。
いや、あったとしてもかき消されてきたのだろうが。
近年になって天然痘ばかりかほとんどの感染症の統計調査をみると、予防接種や治療薬に関係なくそれらは「自然に猛威をふるい、自然に減少していった」という驚くような事実が判った。
つまり、医学上の予防や治療のせいではなく、感染症は自然現象したというものである。
天然痘さえも「医学上の勝利」では無かったというのだ!
しかし、これはまた別の事として、医療で人為的に行う予防効果としての予防接種がまったく効果が無いとする前に、「短期的にでも効果がある」とする事で「免疫と予防接種の関係」を考えた方が分かり易いと思う。
その概要を岡田茂吉が昭和11年に書いてあった論文を参照してみる。
もちろん、人体の自然は誰彼が言うからとかいう様な固定されたものではない、たとえばホメオパシーの出版本を読んでみれば同様な事が書いてある。
つまり天然痘を予防接種で予防するという事は真の免疫ではなく、「一時的に病気にかからないようにする」ことで「後々には多種多様な病気を発症させることになる」のである。
ひとつの病気を抑えることで万病を造りだしてしまうのである。
ホメオパシーではこれを分かり易く解いているので、「予防接種トンデモ論」や「予防接種は果たして有効か?」等の本を熟読されるとよい。
予防接種と免疫抗体の意味でこう言うような意味が書いてある。勝手に語句を変えているが簡単にすると以下の様になるだろう。
「現代医学の予防接種が免疫力をつくると称しているのは、体内に『抗体』をつくる事にある。しかしその『抗体』は自然にできたものではない、不自然にわざわざ作り上げたものであるからその不自然抗体自体が自身のもつ免疫システムを混乱させるだけだ。
真の健康体には本来は抗体が無くなるというのである。
予防接種というのは、病気という解放のシステムをかく乱すると供に「抑圧」の方向に体質を作り上げるものだ。
ゆえにいつまでも抑圧された体質は一種の汚れた土壌の様な状態で存続する。
この土壌汚染状態の体質は各種の悪性の症状を伴った病気を作り出すことになる。
したがって抗体即免疫ではなく、一時的抑圧で偽の免疫がその正体だ。偽りの免疫が人間本来の免疫力を抑圧しているのだから、『病気にもかかれないほどの重度の病的体質を作り出す』これが予防接種の本質的な【効果】なのだ」
詳しくは本書を読むとして、結論としては次ぎに紹介する岡田の論と同質なのだ。
それは当たり前のこと、人間の身体の真実は誰それがという主張ではなく、自然現象の解明を進めれば到達点は同じということだから。
しかし、ここでは独自の療法をもって病気の原理と治療を教えていた岡田茂吉の初期の頃の論文を紹介した。
ただ、岡田は宗教家であったために、即宗教迷信とされてしまうだろうが、この「治療法」は抜きにしてみても、その病気の解明論はなかなか現代でも捨てがたいものがあるだろう。
もちろん、すべてを肯定する必要はない、先ずは疑問を念頭において検討する事が一番だろう。
物事の真偽は「先ずは徹底的に否定し尽くして、それでもなお残るものが真実となる」という。
昭和11年(1936年)執筆
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
種痘による免疫の不完全
『明日の医術・新日本医術としての岡田式療病法』昭和11(1936)年5月15日発行
現在、あらゆる疾患の原因を探究する時、それのほとんどが、一種の水膿の溜結である。
さればこれが頸部の周囲及び延髄、又は肩凹(けんおう)部に溜結すれば、風邪、神経衰弱、脳疾患、眼病、耳鼻咽喉病等の原因となり、胸部のそれは、呼吸器病を起し、その他胃腸、肝、腎、胆、中風、神経痛、リョウマチ等、実に、あらゆる疾患の原因となるのであって、医学は、この膿毒を、先天性黴毒と診断するのであるが、これは全く誤である。
吾人の識る所によれば、これは実に、意外な原因から来ているのである。
それは、人間は生来、人により多少の差別はあるが、先天的にある種の毒素を保有して、出生するのである。それが即ち、麻疹、百日咳、疫痢、天然痘等である。しかるに、麻疹や百日咳の毒素は、種痘のごとき確定免疫法は無い為に、病気発生に依って、各々その毒素を自然排泄さるゝのであるが、独り天然痘のみは、種痘によって、毒素の排泄を確実に、停止せらるゝのである。
即ち、停止さるゝのであって、排除されたのでない事を、充分認識しなければならない。この事は未だ医学上、発見されていない事である。
今日までの医学は、種痘によって、天然痘が発生しないから、これによって免疫され得たと安心しているのであるが、ここに大誤謬が伏在する。
この天然痘毒素は、種痘によって、解消したのではなく実は、種痘によって、病気の発生を停止されたまでゝある。
病気発生の停止は、毒素の消滅ではない。
単に、排除作用の停止であるから、排除作用を停止せられたる天然痘毒素の行方は、いかなる方面に、いかなる状態を以て残存し、又、これがいかに活動し、影響しつゝあるかという事である。
医学はこれを知らず、又、知ろうともしないのである。
種痘に因って、発病を停止せられたという事は、実は、発病の力を失った事であって、
発病の力を失ったという事は、毒素排除の勢いが、挫折したという事で、
軟性毒素に変化したのである。
いわば、陽性から陰性化したのである。
そうして、潜行的に、体内各方面に流動し、たまたま弱体部を選んでは、溜結するのである。
この膿結が、あらゆる病原なのであって、進んで結核となり、なお進んで、癌腫ともなるのである。
今日、医学が進んだと言いながら、病患者が益々増加し、又、児童弱体者の驚くべき増加、国民の体格の低下等、学理によっても解せられざる、不可思議な現象は全く、この陰性化した、天然痘毒素の跳躍が主な原因である事である。
故に種痘に依って、天然痘発生を防止した事は、実に第一工作であって、
その恐るべき陰性化した毒素を全く解滅する、第二工作がなければ、意義を成さないのである。
随って、この第二工作が発見された暁、種痘なるものは初めて、人類救済の恩恵者としての価値が有る訳である。
故に、実は世人は、唯一の天然痘を防止したによって、百の病患を与えられた結果になるのであって、まことに恐るべき事なのである。
しかるに、喜ぶべし、我岡田式治療は、この第二工作たる、陰性化毒素の解消を、完全に遂行せられ得るのである。故に、これによって初めて、種痘の真価は発揮されるのであるから、理想的健康たり得るのである。
種痘実施以来、泰西においては、肺結核の激増を来したそうである。我国にあっても、近来肺結核と近眼の激増は、主にこれが原因である。特に、小学生に多いのは、入学するや、頭脳の使用によって、天然痘の陰化膿が、延髄付近に溜結の結果、血液の脳への送流を妨げられ視神経が営養不足を来し、視力薄弱となるからである。
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー
以上かなり古い論説だが、昭和20年代になってから書かれている論説の基礎となっているものなので本質的には何十年経ても変わらないだろう。
極々簡単に説明すると、
人間の病気とは「体内の汚染毒素の浄化作用」である。
その「浄化作用に伴う苦痛症状」を医学は「病気」と称した。
浄化作用は「主」であり、苦痛症状はそれに伴う「従」である。
医学は「従である苦痛症状を緩和停止すれば病気は治る」と勘違いした。
したがって今日までの「苦痛緩和を主体とする対症療法」が医学の本質である。
浄化作用を行うのは人体生命力である。
したがって、人体の生命力を弱めると浄化作用も停止する。
その停止抑圧の主役が多種多様の毒物である。
これを「薬」と称した。
これで言えば予防接種の効果も理解できる。
要は人間の生命力を毒を用いて弱化させるのである。
病気は毒素の浄化作用、その毒素を出さないように「一時的に」抑圧する。
外に出さないで内に押し込める。
あらゆるワクチン効果がそれなのである。
だから無害なものでは効かないはずだ。
効くということは「毒で生命力を弱らせる」という意味だから。
ワクチンが劇薬指定の意味である。
ただし効くというのは本当の免疫ではない。
免疫とは体内の毒素が無くなってしまうことだからだ。
先にある毒素にまた毒素を足して一時的でも抑圧するだけだ。
だから、その抑圧された毒素は依然として残っている。
それが自分の代で精算するか、または子孫にまで残して精算するかの違いがあるだけだ。
産まれながらに先祖伝来の毒素があると自分が産まれてからだけの分の浄化作用ではない。
代々蓄積されて奥底に押し込められていた天然痘毒素の浄化作用はかなりきついわけだ。
それが嫌だからと言ってまた押し込めてしまうのが予防と言われる種痘というものだった。
当然、その抑圧期間が過ぎれば各種の病気としてまた表面に現れる。
自分一代限りでの精算できれば自己責任で良いだろうが、子孫に遺伝相続という形になると産まれてまだ幼い子供でも浄化を引き受けたり、ある程度成長してから浄化される。
「身に覚えがないのに」とか思われる病気(浄化)にこの事が含まれるだろう。
どんな種類のウイルスや細菌が病源とされているが、これは主ではない。
むしろ浄化の援助役とう働きである。
源は体内毒素であるから、真の免疫とはウイルスも細菌も働く必要のない体内環境の確率というわけだろう。
もちろん、心と身体は密接不離の関係だから、精神的な方も重視する必要があるだろうが物質的にみれば血液の汚濁であり、細胞内毒素の有無であろう。
結論として、
いかなる感染症も本来は自身の体内浄化作用という清浄化への道程なのであるから、これを真に予防するのは体内清浄化につきるだろう。
また、いかなる感染症予防のワクチン接種も一時的抑圧でしかない(偽の免疫である)ので、いずれ再発もしくはもっと悪性の多種多様な病気となって浄化される事になる。
まさに「病気にもかかれないほど」弱体化させることが一時逃れの偽免疫力というものである。
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このようにいかなるワクチンであっても、もちろん今後開発されるであろう新型ワクチンであっても、まったく同じ考え方で作られるのであるから、○○病とか言うように区別する必要はない、原理は同じだ。
その都度いちいちワクチンの毒性内容を調べる必要もない。
だいいち、予防接種そのものが本当の免疫学から言うと「ナンセンス」なのだから。
<転載終了>