「無条件の愛」と「無限の愛」
「無条件の愛」は
いかなる条件下でも愛を表現しようとする態度で
どちらかといえば「犠牲者の精神状態」の続きにあると言えます。
みずからが辛くなるなどのような状況でも
相手を愛するといった愛。
この犠牲的精神は受取るより与えるほうが良いという考え方によく似ています。
そしてこの状況は調和を欠いている人間関係のほとんどに見られるのです。
これは、真実を生きているとはいえないようです。
一方「無限の愛」は条件や制限を超えたところに存在します。
あなたが特定の条件下で
ある人を愛さなければならないと意識するとしたら
それは愛していないということです。
単に非常に深い寛容を実践しているに過ぎません。
寛容さは実にすばらしい条件ですし
少なくとも現在の世界ではとても必要とされています。
しかし寛容であらなければならないという感情があるとしたら
そこには不寛容という感情も持ち合わせているのは事実でしょう。
イエスは無条件の愛を教えませんでした。
彼はこう言いました。
「私があなたを愛したようにお互いに愛し合いなさい」
彼が伝えたのは「無限の愛」です。
「排他」は寛容と不寛容の土台ですし
すべての宗教の間に存在するはなはだしい距離の根っこです。
いかなる状況においてもすべて包み込むのが「無限の愛」です。
イエスはこう言いました。
自分の身体に釘を打ち込むものに対して
「私は彼らを許そう。自分のしていることを知らないのだから」
~「アトランティスの叡智」参照。想いを交えて~



