5円玉の脱毛が500円玉サイズになり、後頭部にも一つ二つ5円玉ができた頃、母と初めて病院へ向かいました。とはいえ、何科を受診すればよいのかわからず、とりあえず市内の大きな総合病院へ行き、受付の方に母が状態を話し皮膚科を受診することとなりました。
当時はインターネットが普及しているわけでもなく、家にあった家庭の医学の本の、円形脱毛症のページがしわくちゃに読み込んでありました。両親の不安は私以上だったと思います。その頃は、円形脱毛症はストレスの表れという認識。家庭の医学にもそう書いてありましたし、病院でもやはり最近嫌なことがなかったか、悩みがないか、聞かれます。この時代は心のケアといったような場所はまだあまりなかったんじゃないかな。少なくとも私の住む地域にはなかった。だから、心が病んだとしたら精神病院しかなく、時代的にあまりいいイメージはありませんでした。今は心療内科などがありもっと多面的にこの病気と向き合うことができそうですが。だから、両親が根本的な原因より、まずは症状をどうにかしたかったのも分かります。
初めての皮膚科へ行き、女医さんでちょっとホッとしたのを覚えています。やはり小学5年生、
男まさりでも女の子ですから。先生に型通り学校や家庭での悩み事の質問をされました。詳しくは覚えていませんが、あまり話さなかったと思います。多少のけんかはあっても自分でそれが原因なんて思ってもいないし、人にそのせいだ、と言われるのが嫌で。治療の内容は、ドライアイスを充てる方法。お薬はフロジン液。ドライアイスはすごく痛くほとんど火傷したみたいになって、3,4回通いましたがあまりに火傷がひどいので母が心配して、治療方を代えることになりました。ちなみに、ドライアイスの効果は何もなく。回数も少なかったので。次の治療は紫外線。ドライアイス同様毛根に刺激を与える方法だと思いますが、病院からの説明は特になく、看護婦さんたちが長い手袋など重々しい格好をして処置にかかっていました。シミとかなってしまいますからね。私の方は頭だもんだから顔ごと覆いに突っ込んでいましたが。親はギョッとしたそうです。すぐに治るものだと思っていたので顔がシミだらけになりやしないか、と。私はシミより頭が治ればいいって思ってましたが。その頃病名は円形脱毛症。先生も最初は色々質問したり写真を撮ったりされていたのですが、2回目から処置の合間にちょっと見て行くくらいで不安でたまらない私と母は、なんと言うか、あまり未来が見えないというか、正直に申せば合わない!と感じて。2,3ヶ月通いましたが円形がつながり、落花生のようになり、なんだか眉も抜けてるような気がしてきたころ、病院を代えました。次は、大学病院です。