国家症例検討機関の創設に関する政策提言書

 

【提言の要旨】

本提言は、日本における医療安全と医療の透明性、国民の信頼向上、医療技術の進歩を同時に実現するため、常設の国家症例検討機関(仮称:日本症例検討センター)の創設を提案するものである。

この機関は、全国の医療機関で日常的に行われている症例検討を国家レベルで集約・分析・公開し、原因究明・再発防止・知識共有を通じて、医療の質と信頼性を飛躍的に向上させることを目的とする。

 

【提言の背景】

現在の医療過誤対応は、原因究明よりも責任追及や訴訟リスクの回避に重点が置かれており、結果として医療現場の萎縮や再発防止策の不徹底を招いている。

また、患者・家族と医療者の間にある知識格差や情報の非対称性は、不信と対立の温床となっている。

 

医療機関側の説明が不十分、あるいは理解困難であると受け止められる場合、「真相が隠されているのではないか」という疑念が生じ、医療不信が助長されることがある。

これを回避し、医療者と患者双方の信頼を回復するためには、「誰が悪いか」ではなく「なぜ起きたか」「どうすれば防げたか」に焦点を当てた恒常的な症例検討と、その知見の国民的共有が不可欠である。

 

【政策提案の柱】

1. 国家症例検討機関の創設

厚生労働省の外局または独立行政法人として、専門的・中立的な常設機関を設置する。

 

医師・看護師・医療法学者・疫学者・AI解析専門家等による多職種チームを編成し、科学的・中立的な視点から症例を検討する。

 

2. 症例検討の全国集約体制

全医療機関に対し、実施された症例検討の記録を当機関に報告・通知することを義務化。

 

提出された記録を精査し、再発防止上重要な教訓を含む症例や医療過誤が疑われる症例に限り、個人情報をマスキングした上でウェブ上に公開する。

 

医療情報の公開は、登録医療機関または登録医療者のみに限定しつつも、個人情報の厳格な保護と情報公開のバランスを保つ。

 

3. 国民参加型の症例提示制度

医師・病院・患者・家族のいずれからも症例を提示可能とする申請制度を整備。

 

医療過誤が疑われる症例については、当機関と該当医療機関が共同で症例検討を実施し、申請者(患者・家族)はオブザーバーとして検討過程に参加できる。

 

4. ヒヤリハット(インシデント)情報の集約とAI解析

全国の医療機関で発生したすべてのインシデント(ヒヤリハット事案)を収集・データベース化。

 

AI技術を活用し、事象のパターン分析・リスクの早期検出を行い、政策的・臨床的改善提言に結びつける。

 

5. 誠実な報告を促す制度的保障

虚偽報告や意図的な情報隠蔽に対しては、免許停止等の行政処分を含む厳格な制裁を設ける。

 

一方で、誠実な報告・協力を行った医療者に対しては、法的保護や不利益取り扱いの禁止など制度的な安心の提供を行う。

 

この仕組みは、患者と医療者の間に相互の信頼を醸成する基盤となる。

 

6. 公開性と知識の共有

症例検討の結論や再発防止策は、可能な限り国民・医療者に対して公開し、医療の信頼回復と安全文化の形成に資する。

 

公開された知見は、学会・大学・地域病院・診療所等での教育資料として活用可能とする。

 

【将来構想】

本機関は、将来的にマイナ保険証を基盤とした統合医療情報プラットフォームの中核を担うことを目指す。

 

電子カルテ情報、症例検討記録、臨床研究データ、学術論文などを統合し、匿名化・厳格なセキュリティ保護の下で国家的に分析可能なデータベースを構築。

 

これにより、臨床医学の進歩、個別化医療、予防政策の高度化といった新たな医療モデルの形成に寄与する。

 

【費用対効果と国民的意義】

本制度の構築には初期的な公的投資が必要となるが、以下の点で極めて高い費用対効果が見込まれる。

 

・医療への信頼回復に伴う社会的安定と公共的安心感の醸成

 

・医療訴訟の減少と紛争の早期収束による司法・行政コストの削減

 

・医療事故の再発防止による生命・健康の保全および医療費の抑制

 

・医療者の心理的負担軽減と離職防止による貴重な人材の確保

 

この制度は単なる「医療安全」の枠を超え、命と信頼を支える国家の基盤インフラである。

 

【結語】

国家症例検討機関の創設は、医療に対する信頼の再構築と未来への希望を示す制度である。

高度化・複雑化する現代医療において、個々の現場だけに責任を押しつけるのではなく、社会全体で知見を共有し、制度として学び続ける仕組みが求められている。

 

医療は人間の営みであり、完全な無過誤は存在しない。だからこそ、「責任追及」よりも「知識の蓄積と共有」を重視し、オープンに学ぶ姿勢こそが信頼を生む。

 

国家症例検討機関は、その象徴として、医療者と国民が共に未来の医療を築くための「公の知の器」となるべき制度である。

 

本提言が、より良い医療と社会の実現に向けた確かな一歩となることを心から願う。